Views52
「──大人の姿のシャルロッテはいまの余の前世の姿なんだよ」
大人の姿の魔王が、子供の姿の魔王の前世。
子供の姿の魔王が言い放った一言は、麻衣と朝陽に衝撃を与えるには十分すぎるものだった。
「前世、ですか?」
「大人の魔王様が?」
ふたりは呆然とオウム返しを行っていた。言われたことをそのまま口にするほどに、ふたりにとって魔王の一言を衝撃的なものだったのだ。
「……まぁ、そうなりますよね」
ふたりとは違い、側近であるエリザは魔王の一言を聞いてもあまり思うことはないようだ。が、完全に思うことがないわけではないようで、エリザはいまにも泣きそうなほどに顔を歪ませていた。
顔を歪ませるエリザを見て、魔王は「……秘書」と申し訳なさそうにエリザに声を懸けると、エリザは「……失礼いたしました」と一言言った後、それまでの通りの無表情にと戻っていた。
麻衣と朝陽にとって、いまのふたりのやりとりがどんな意味を持つのかはわからない。
わからないが、相当に根が深い問題があることだけはなんとなくわかっていた。
「……魔王様。前世ってことは」
「あの魔王様は幽霊なんですか?」
麻衣と朝陽は質問しづらい雰囲気の中、どうにか疑問を口にする。
ふたりの疑問を聞き、魔王は一瞬「え?」とあ然とした顔をしたが、すぐに「違う余」と噴き出していた。
「幽霊、ですか。まぁ、あながち間違っているとは言い切れない表現ではありますね」
噴き出す魔王とは対照的に、エリザは口元に手を当てて考え込みながらも、「間違っているとは言い切れない」となんとも微妙な返事をしたのだ。
当の魔王は「違う」と言い切ったのに、秘書であるエリザは間違っているとは言い切れない」と言う。
当人と側近で、微妙に食い違う返事をされ、麻衣と朝陽は余計に困惑を深めてしまった。
ふたりが困惑するのを見て、魔王とエリザはお互いを見やり、揃って口元に手を当てて考え込んでしまった。
その姿はまるで姉妹か親子のように思えるほどにうり二つであった。
魔王たちの仕草を見て、朝陽はふと先日魔王が、大人の姿の魔王が閨で語った内容を思いだしていた。
「本当に親子みたい」
呟くように朝陽は思ったことを口にしていた。その言葉に魔王とエリザは「え?」とあ然としてしまう。
ふたりの反応に朝陽は実際に口にしていたことに気づき、大いに慌て始めた。
「あ、えっと、その、魔王様が、あ、いまの魔王様じゃなくて、大人の姿の魔王様がエリザさんは魔王様の娘さんだって言っていたので、つい」
慌てながらも朝陽は、大人の姿の魔王が口にしていた内容だったと説明した。朝陽の説明を聞き、魔王は「なるほど、あいつがか」と神妙に頷いた。
エリザはというと、「……そうですか」とたっぷりと時間をかけながら頷くと、朝陽と麻衣から隠れるようにして、顔を背けてしまった。
顔を背けているものの、長い耳の先端が赤く染まっているため、エリザがいまなにを思っているのかは手に取るようにふたりにはわかってしまった。
「……むぅ。余だって秘書のお母さんだ余?」
「それはわかっておりますが、ただ、その」
「いい余。エリザの言いたいことはわかっているからさ。まぁ、余とあいつとじゃエリザと関わってきた時間が全然違うもんねぇ。仕方がないよねぇ。余はさみしんぼだけど」
「へ、陛下ぁ」
ふんだと顔を背けてしまう魔王に、珍しくエリザが狼狽えていた。若干目尻に涙が溜まっているのがなんとも愛らしい。
普段、大人の女性、それもバリバリのビジネスウーマン的な雰囲気をかもち出すエリザが、まるで少女のように狼狽える姿はかなりのギャップがあった。
それこそ、エリザとはまだそこまで深い関係ではない麻衣と朝陽から見ても、いまのエリザは非常に愛らしい。それこそつい「キュン」と胸が高鳴ってしまうほどだった。
「ふふふ、冗談だよ。秘書。虐めてごめーんね?」
「……今後は少し手心をお願いしたいです」
「はーい。わかった余。余のかわいい、かわいい娘ちゃん」
ふふふ、と楽しげに笑う魔王と、ついには顔を真っ赤にし始めたエリザ。
ふたりのやりとりは、本当に親子のように見えた。
見た目で言えば、エリザの方が母親で、魔王が娘のように見えるのに、実際はその逆。これはこれでギャップがあるなぁと麻衣と朝陽はそれぞれに思いながら、ずいぶんと話が脱線していることに気付いた。
「あの、魔王様?」
「それで、前世ってどういうことなんですか?」
ふたりからの指摘を受け、魔王は「あぁ、そうだったね」と頬を搔くと、改めるように咳払いをしてから佇まいを直した。
「ふたりが言っていた「幽霊」って言葉だけど、エリザの言う通り、あながち間違いとは言い切れないんだよね」
「でも、さっき魔王様は」
「うん、「違う」って否定したね。だけど、完全に違うってわけでもないんだよね。「幽霊」ではないことは確かだけど、ある意味では「幽霊」のようなものとも言えるんだよね、大人のシャルロッテはさ」
「どういうこと、なんでしょうか?」
「この国だと、「幽霊」ってたしか残留思念? っていう存在のことなんでしょう?」
「え? あ、はい。一般的には」
「そっか。ならあいつは「幽霊」みたいなものだね」
「ってことは、あの魔王様は残留思念ってことなんですか?」
「うん。そういうことだね。正確には残留思念というよりかは、そうだな。意思を持った育成用のAIってところかなぁ?」
「間違っていないよね?」と魔王はエリザに問いかけると、エリザはいまだに顔を赤くしたまま、「……間違ってはいませんね」と頷いたのだ。
「大人の姿の陛下は、先代のシャルロッテ様の意識の残滓であり、その残滓が当代のシャルロッテ様の教育係となっているのですよ」
「教育係」
「……あの魔王様がですか?」
「……おふたりが仰りたいことは重々承知しておりますが、そこはぐっと堪えていただきたいですね。はい」
はぁ、と大きく溜め息を吐くエリザ。エリザが溜め息を吐いた理由は、ふたりの言葉に、あえて続けなかったふたりの言葉にある。
要は「教育係に不向きというか、教育に悪すぎないか」と言いたいのをあえてふたりは言わなかったのだ。
そしてそれを察したエリザは頭を抱えながら溜め息を吐いたということであった。
「正直、余としてもあんな教育係はごめんだ余。だって、あいつまともなことをなぁんも教えてくれないんだ余? 口を開いたと思ったら、大抵は余の悪口ばかりだし」
「あの魔王様が、ですか?」
魔王が、大人の姿の魔王への苦言を呈すると、朝陽は驚いたように目を見開いていた。
朝陽にとって、大人の姿の魔王が誰かの悪口を口にするなんて想像もできなかったのだ。
まぁ、かなりキッツい煽りはするものの、悪口にまでは言わないというのが朝陽の抱く印象だった。
その印象と魔王の言い分は食い違いがあり、それゆえの驚きであった。
「アサヒちゃんがあいつをどう思っているのは知らないけどさ、あいつはそんないい人じゃないよ? きれいな人を見るとすーぐ粉を掛けるし。なによりもあの「変態」を気に入っている時点で終わっている余」
吐き捨てるようにして、大人の姿の魔王をこき下ろす魔王。
その際に出た「変態」というワードに朝陽も麻衣も反応を見せるが、魔王は気付いていないのか、それともあえてスルーしているのかは定かではないが、ふたりの反応を無視するようにして話を続けていく。
「まぁ、あいつが余にまともなことを教えてくれないのも当然なんだけどね」
「当然と言いますと?」
「簡単なことだよ。だって、あいつは余に教えられることを教えきったら、いなくなってしまうもん」
「え?」
「……魔王様がいなく、なる?」
魔王が何気なく口にした一言に、麻衣と朝陽はそれぞれの反応を見せた。
麻衣は純粋に驚いているだけだが、朝陽は呆然と目の前にいる魔王を見つめていた。
朝陽の反応を見て、魔王は「……本当にあいつは罪深いなぁ」と溜め息を吐くと、後頭部をがしがしと掻き毟ってから──。
「正確にはいなくなるというわけじゃないかな? あいつは役目を終えたら、余と統合されるんだよ。統合されると言っても、同化するわけじゃなく、余に吸収される形で統合されることになるんだよ。それがあいつは嫌だから、余にまともなことを教えてくれないんだ。……あいつ自身も辿った道ではあるんだけど、それを自分ではしたくないみたい。気持ちはわかるんだけどさ」
──魔王は複雑そうな表情を浮かべて、ふたりの魔王が辿る未来を麻衣と朝陽にと語ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます