異世界転生 紅蓮の双砲士外伝 烏龍堂のダンジョン探索

マヨネ七味

第1話 血染めの依頼編



この話はロランが烏龍堂に通いだすちょっと前の話です。(本編4話後)



平和な日常の一コマ


「はい、お疲れさま〜♪」


ツバキの明るい声が工房に響く。朝の陽光が差し込む作業台で、彼女は粉焼き玉を頬張りながら、昨夜完成したばかりのアーティファクトにエーテル付与の最終調整を施していた。


「社長、それ昨日徹夜で作ってたやつですよね?」ティナが心配そうに覗き込む。「ちゃんと寝てます?」


「大丈夫大丈夫♪」ツバキが軽やかに手を振る。「これくらいなら朝飯前よ。それより、みんなの朝ごはんは?」


「俺はもう食った」ロッシュがハンマーの手入れをしながら答える。「社長こそ、また粉焼き玉だけで済ませるつもりじゃないだろうな?」


「え〜、粉焼き玉も立派な朝食でしょ?」


「甘いものは脳に良いにゃ〜」リリィが尻尾を振りながら擁護する。「でも、ちゃんとしたのも食べるにゃ!」


カルボが呆れたように首を振る。「まったく...店主がこれでは、客に示しがつきませんよ」


この何気ない会話、いつもの朝の風景。アーティファクトショップ「烏龍堂」の穏やかな日常だった。黒髪をゆるく結んだ若い女性店主と、彼女を家族のように慕う4人の仲間たち。


平和で温かい、何でもない朝の一コマ。


「よし、完成!」ツバキが嬉しそうにアーティファクトを掲げる。「今日はこれをギルドに納品してくるわね」


「お疲れさまです、社長」ティナが微笑む。「今日も良い作品ができましたね」


「何か面白い話があったら聞かせてくださいにゃ」リリィが尻尾を振る。


「気をつけて行ってらっしゃい」カルボが頭を下げる。


「みんなも頑張って」ツバキが完成品を丁寧に包装し、小さなリュックに収める。「お昼までには戻るから」


工房を出たツバキは、いつものように軽やかな足取りでフォルティアの街を歩く。石畳の道を進み、冒険者ギルドの重厚な建物が見えてきた。


ギルドに近づくと、いつもとは違う慌ただしい空気を感じた。扉の向こうから聞こえる騒然とした声、急ぎ足で出入りする冒険者たち。


「何かあったのかしら?」


* * *


──数分前、フォルティアギルド──


ギルドの扉が勢いよく開かれ、血まみれの男が転がり込んできた。


「助けて...くれ...仲間が...仲間がまだダンジョンに...!」


Bランク++冒険者「悠久の風」のシーフ、アルク。茶色の革鎧は無残に裂け、左腕の骨が白く露出している。本来なら危険な依頼でも余裕で処理できる実力者が、今や死の淵を彷徨っている。全身の傷口から流れる血がギルドの石床を赤く染め、荒い呼吸が肺の損傷を物語っていた。


ギルド内が騒然となる。冒険者たちが慌てて駆け寄り、受付嬢が治療薬を取りに走る。


「落ち着け。まずは治療だ」ギルド長のマルカスが駆け寄る。「何があった?」


「東の森...新ダンジョン...5階層に...とんでもない魔物が...」アルクの声が震える。血を吐きながら、必死に言葉を紡ぐ。「ルーネが...みんなが...まだ中に...」


その名前を聞いた瞬間、ギルド内がざわめいた。悠久の風は結成5年の経験豊富なBランクパーティ。リーダーのルーネはB+ランクの実力者で、彼らを壊滅状態に追い込む何かが、あのダンジョンにいる。


「詳細を聞かせろ」マルカスが膝を折り、アルクと目線を合わせる。「どんな魔物だった?」


「最初は...普通だった...アルミラージとか...ミノタウロスとか...」アルクが息を整える。「でも、4層から...軍隊みたいな...リザードマンの群れが...」


「群れ?」


「8体...完璧な連携で...俺たちの動きを封じて...」アルクの目に恐怖が宿る。「そして5層...アーリマンが...爆裂魔法を連発して...」


アーリマン。魔界の上位種で、本来なら古代遺跡の最深部にしか現れない高位魔物だ。それが新発見のダンジョンにいるなど、常識では考えられない。


(ちくしょう...こんな時にAランクはみんな遠征中か)


マルカスの焦りが表情に現れた。フォルティア周辺のAランク冒険者は全員、南方大陸の古代遺跡調査に派遣されている。帰還は一ヶ月後の予定だった。


「生存者は何名だ?」


「わからない...ルーネとレフィー、インクは5層で...俺は気絶して...気がついたら1層まで引きずられてて...」


つまり、Bランクパーティの大半が、まだダンジョンの最深部に取り残されている。時間が経てば経つほど、生存の可能性は低くなる。


マルカスが頭を抱えた時──


コン、コン、コン...


軽やかなブーツ音が響く。フォルティアギルドの重い木製扉がゆっくりと開き、昼下がりの日差しが差し込んだ。


「マルカス、今日の分の品持ってきたよ〜ん」


現れたのは、ペロペロキャンディを咥えた黒髪の女性。黒い鎧に深紅の織物、膝下まであるロングブーツ。気軽に手を振る姿は、まるで散歩の途中のようだった。腰には一対の銃が下げられ、背中には小さなリュックサック。


「ツバキじゃねーか!」


マルカスの顔が一瞬で明るくなる。まるで女神が降臨したかのように。


「どうしたの?なんか騒がしいけど」ツバキがキャンディを転がしながら首をかしげる。血の匂いに気づき、表情がわずかに引き締まった。「あら...これは緊急事態ね」


「実は大変なことになってる」マルカスが状況を手短に説明した。「新ダンジョンで異常事態が発生している。Bランクパーティが壊滅状態で、生存者がまだ取り残されてる」


「へぇ...」ツバキが興味深そうに眉を上げる。「5層ダンジョンにアーリマンが?それは確かに異常ね」


その反応の早さに、マルカスは内心驚いた。普通の工房主なら、魔物の名前を聞いても脅威度を理解できないはずだ。


「詳細は不明だが、相当な実力者でないと太刀打ちできない。だが今、使えるAランクは...」


「面白そうね」


ツバキの言葉に、マルカスは驚きを隠せなかった。普通の工房主なら、アーリマンの名前を聞いただけで腰を抜かすはずだ。


(みんなのいい訓練になりそう♪)


ツバキの内心にはわくわくとした期待が広がっていた。これまでの依頼では少し物足りなかったメンバーたちにとって、適度な挑戦になるかもしれない。いつものように、ツバキは過去のことなど振り返らず、今この瞬間の楽しい可能性に心を躍らせていた。


工房で待つ仲間たちの顔が浮かぶ。心配そうなティナ、元気なリリィ、真面目なロッシュとカルボ。


(みんなで一緒に成長できる機会ね)


「素材調達も兼ねて、ちょっと見に行ってみようかしら」


ツバキの声は軽やかで、まるでピクニックでも提案するような調子だった。


「え?でも危険すぎる。君たちは確かに優秀だが、相手がアーリマンとなると...」


「大丈夫よ」


ツバキが微笑む。その表情には、重い決意ではなく、むしろ楽しそうな期待が浮かんでいた。


「うちのメンバーは見た目より頼りになるの。それに、みんなの腕試しにはちょうど良さそうじゃない?」


「でも君たちは工房の...」


「あら、私たち一応冒険者パーティの登録もしてるのよ」ツバキが軽やかに手を振る。「素材確保のためにね。Bランクだから入場条件もクリアしてるし♪」


マルカスが驚いたように目を見開く。「え?烏龍堂がBランク?」


「まあ、普段は工房の仕事が忙しくて、あまり表立って活動してないけど」ツバキが肩をすくめる。「でも、良い素材を集めるためには、時々危険な場所にも行かないといけないからね」


* * *


2日後の早朝、烏龍堂は慌ただしく出発準備を進めていた。


「社長、本当に大丈夫なんですか?」ティナが心配そうに魔法薬を荷物に詰め込む。「B++ランクパーティが全滅しかけたダンジョンなんて...」


「心配しないで」ツバキが装備を点検しながら答える。「私たちには私たちの戦い方があるから」


「でも相手はアーリマンにゃ...」リリィの尻尾が不安そうに揺れる。「あれって爆裂魔法連発してくる化け物でしょ?」


「だからこそ、準備が大切なのよ」


ツバキが立ち上がり、メンバーを見回す。


「ロッシュ、盾の調子は?」


「ばっちりだ。新しい魔法陣を刻んでもらったからな」ロッシュが胸を叩く。「どんな攻撃でも受け止めてみせる」


「カルボは?」


「氷と雷の魔法薬を多めに持参しました」カルボが冷静に答える。「持続戦闘にも対応できます」


「ティナは状態回復の準備ができてる?」


「はい!魔法回復薬と《リジェネ》用の魔法陣も大量に用意しました」ティナが元気よく頷く。


「リリィは荷物運搬の準備よね」


「任せるにゃ!スタンガンも新調したにゃ♪」


ツバキが最後に自分の装備を確認する。腰の双銃、工具ベルトに下げられた小道具の数々。そして足元に置かれた、特別製の魔法陣が刻まれたブーツ。


「よし、準備完了」ツバキが微笑む。「みんな、これは危険な任務よ。無理はしないで、私の指示に従って」


メンバーたちが頷く中、ツバキは内心で期待を膨らませていた。


(アーリマンか...みんなにとって良い経験になりそうね)


腰の双銃に軽く手を触れる。5年間、平和な工房主として穏やかな日々を過ごしてきた。今日もまた、大切な仲間たちと一緒に新しい挑戦に向かえることが嬉しい。


「出発しましょう」


* * *


2日後。フォルティア近郊、馬車の上。


「にゃー、久しぶりの遠出だにゃ♪」


リリィが荷台から身を乗り出し、金色の麦畑を眺める。表向きは「材料調達の旅」だが、真の目的は緊急救難要請への対応だった。


「珍しい素材が取れるって聞いたけど、どんな魔物なんですか?」ティナが興味深そうに尋ねる。


「実際に見てみないとわからないけど」ツバキが手綱を握りながら微笑む。「きっと面白い特性があるわよ」


その瞳には、いつもの明るい期待が宿っている。


馬車は東へ向かう街道を進む。道中、他の冒険者パーティと何組かすれ違ったが、皆同じ方向に向かっていた。新ダンジョンの噂は既に広まっており、一攫千金を狙う者たちが集まり始めている。


「社長、あのダンジョンって本当に新発見なんですか?」カルボが疑問を口にする。


「そうみたいね。一週間前に森で迷子になった子供が偶然発見したって話よ」ツバキが答える。「でも、建造年代は相当古そう。おそらく古代人時代の遺跡じゃないかしら」


「古代人時代...」ティナが目を輝かせる。「だったら貴重な素材がざくざく眠ってるかもしれませんね!」


「でも、それだけ危険な魔物も眠ってるってことにゃ」リリィが現実的な指摘をする。


「そうね。油断は禁物よ」


夕方、東の森の入り口に到着した一行は、既に設営されている臨時キャンプを目にした。20を超えるテントが張られ、様々なパーティが明日の探索に備えている。


「すげー人だな」ロッシュが感嘆の声を上げる。


「でも、みんな1-2層どまりね」ツバキが状況を見回す。「本格的に最深部を目指してるのは数組だけかしら」


キャンプで情報収集をしていると、既に何組かのパーティが3層まで到達し、リザードマンの群れに阻まれて撤退していることがわかった。


「やっぱり4層から一気に難易度が跳ね上がるのね」ツバキが分析する。


翌朝、青く深い森の奥。古い石造りの遺跡がその奥に口を開けていた。


「ここからが本番ね」ツバキが腰の双銃に軽く手を触れる。「みんな、行きましょう」


入り口の石造りのアーチには、古代文字で何かが刻まれている。風化が激しく、判読は困難だが、「試練」や「英知」といった単語が見て取れた。


「なんか...嫌な予感がするにゃ」リリィが尻尾を膨らませる。


「大丈夫」ツバキが振り返って微笑む。「私がついてるもの」


その笑顔には、いつもの明るさと、仲間への深い愛情が込められていた。


一行は遺跡の中へ足を踏み入れた。石造りの通路は意外なほど保存状態が良く、壁面には古代の魔法陣が淡く光っている。空気はひんやりとして、どこか神聖な雰囲気が漂っていた。


「いよいよね」ツバキが明るく呟く。


地下へ続く階段の先から、微かに魔物の気配が漂ってくる。悠久の風が遭遇した悪夢の始まりへと、烏龍堂の面々は期待に胸を躍らせながら歩を進めた。

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