相談

 夜更け、窓を叩く音で目が覚めた。窓の外には、幻光茸にうっすら照らされたユツキの顔が見えた。切迫した表情で玄関の方を指さしている。


 急いで扉を開けて外に出ると、回り込んできた彼は声を潜めた。

「どうしたの、こんな時間に――」


「相談がある」

 わたしは、気圧され無言でうなずいた。


 彼のあとをついて歩き出す。夜の村は静かで、工場の吸入音のほかは、足元で落ち葉がかすれる音だけしかなかった。


 かつて、四季を集めた花畑があった村はずれに差し掛かった。今はただ土塊が横たわっているだけだった。彼は、きょろきょろと周囲をうかがってから話し出した。


「鳥を守るために何かできないか、考えてた」

 ユツキの声はかすれていた。


「このままじゃまずい、手遅れになる。鳥の場所までぼろぼろだ」

「うん、でも、抗議も限界だよ」

 わたしは、あの活動を単なる怒りの捌け口であり、気休めだと思っていた。


「そんなの分かってる」

 吐き捨てるような彼の言葉を意外に思い、目を瞬かせた。ユツキは遠くの工場をじっと睨んだ。わたしも同じ方向を向いた。夜空に巨大で歪な物体が浮かび上がっていた。わたしは尋ねる。「じゃあいったい……」

 ユツキが低い声で言った。


「開発者たちを物理的に遠ざけたい」

「どういうこと?」

「ルタ、協力してくれ」

「え?」

「『霧毒』だ、ルタなら知ってるだろう」


 わたしは絶句した。かろうじて言葉を捻り出す。

「生体術師でも許可なしの制作は禁じられていて――」

 ユツキがわたしの言葉をさえぎり、顔を近づけた。


「なあ。動物に効かず、人間にだけ苦痛を与える『霧毒』をつくれないか?」


 ユツキがわたしの左右の腕を掴んだ。彫りの深い顔がすぐそばにある。こんなときなのに、自分の顔が赤くなるのが分かる。少し遅れてから、彼の言葉が脳に染み込んできた。


「駄目だよ……」

「あいつらの横暴をそのままにするのか?」

「それはよくないけれど」

「なら!」


 弱々しく首を横に振るわたしの腕を、彼が強く握った。大人の男の力だった。

 離れなければと身を捩った。夜露に湿った葉で足元が滑り、わたしは後ろに倒れかけた。とっさに、彼は背中へ手を回した。身体が抱きしめられる。


 びくん、と上半身が前に跳ねる。顔が胸にぶつかった。

 汗の匂いが鼻先に漂う。手がわたしの背中を追いかけてきた。逃れようとしたが、不思議なほど身体に力が入らない。


「殺しはしない。神の鳥の近くから、あいつらを追い払うだけでいいんだ」

「本気なの?」

「お前が頼りなんだ」


 耳の近くでささやかれる言葉が、わたしの脳髄を揺さぶった。見上げると、彼の瞳には強い意志が宿っていた。


「神の鳥は、仇なすものを地獄の痛みで罰する。

 俺たちが、技術で伝説を再現するんだ」


 いつのまにか、わたしは彼の胸に手を置いていた。筋肉の感触が手のひらから伝わってくる。心音が速く刻まれている。


「痛めつけてやるんだ、あんな奴らは。身体に畏怖を刻みつければ、二度とやってこないだろ」

「…………」

 わたしの言葉は拒否のかたちを取れず、ただ湿っぽい吐息になって口から出る。


「お前が必要なんだ、ルタ」


 甘い響きをまとった言葉で、わたしの中の抵抗が崩れ去った。

 彼の胸の中で感じる体温や、わたしに向けられる熱っぽい視線は、ずっと無意識に求めていたものだったのだ。


 分かった、とわたしはあえぐように答えた。



 祖母の納屋をそのまま研究室にした。

 古びた鍬や埃をかぶった収穫籠を取り出し、蒸留器や培養槽といった実験器具を並べた。乾燥した薬草があった棚には、遺伝子配列を記録する紙束を置いた。


 わたしは、時間を気にせず作業するため、寝具を持ち込んだ。数日のうちに、土埃の匂いは培地や薬品の人工的な臭気に上書きされた。

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