第18話 黒羽さんと映画館のアイスコーヒー
真澄は幸せだった。場所は映画館の中。スクリーンには凶暴なドラゴンや魔法騎士の激しい戦闘シーンが大迫力で映し出されていた。思わず息を飲むほど映像美で真澄も他の客同様に夢中になっていたのだが、盛り上がりがひと段落すると隣を見る。
黒羽の白く美しい顔は暗い中でも目立っていた。彼女の長い髪は暗闇に完全に溶け込んでいる。今日のシフトが終わった黒羽に一緒に映画を観ないかと誘われたとき、真澄は歓喜で心臓が止まるかと思った。いままで偶然で黒羽に会うことはあったが、彼女から真澄を遊びに誘うことなど一度もなかったので驚いたのである。
訳を聞くと黒羽は言った。
「……前から観たい映画があったのですけれど……ひとりで観に行く勇気がなくて……お友達の三日月さんと一緒なら観れるかなと思ったのですが……ご迷惑ですよね……」
肩を落として目を潤ませる黒羽に真澄は首を振って。
「私は大丈夫だよ! 黒羽さんと観たいな、映画!」
「……三日月さん……」
こうしてふたりで映画館に繰り出し隣同士のチケットを購入して座席に座った。
深く腰を下ろし背もたれに頭を預けて映画に集中しようとするのだが、隣に大好きな人がいるということを考えると、どうにも集中力が欠けてしまう。状況を変えようとLサイズのコーヒーをストローですすった途端、苦いはずのコーヒーが甘く感じた。
否、彼女が飲んだのはコーヒーではなくアイスココアだったのである。
先ほど、劇場に入る前に真澄と黒羽はアイスコーヒーとアイスココアを購入した。
どちらも同じ容器に入っていたので特に気にすることもなく受け取って互いの座席のドリンクホルダーに置いたのだが、まさか逆の飲み物を取っていたとは想像さえしていなかった。隣を一瞥すると黒羽も喉が渇いたのかストローで飲み物をすすって――少し顔をしかめた。どうやら真澄の推測は当たりらしい。
黒羽はコーヒーが苦手だと言っていた。苦手なものを飲ませるわけにはいかない。
頭では理解しているが自分が飲んだものを渡すのはどうなのかと考えた。
しかし、映画が始まった以上席を離れて飲み物を買いに行くわけにはいかない。
あえて指摘する必要もないので真澄は黙ってアイスココアを飲み続ける。
甘い空間に甘い飲み物。スクリーンの中とは違って真澄はこの上なく幸せだった。
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