第21話 要塞都市デオール
ディアブルグ領主館を中心とする首都から西へ、クノッヘンとの国境にほど近い要塞都市デオールへと剣妖部隊八名は向かった。
部隊全員というわけではないが、完全武装した八名を見回してみれば、なるほど一部隊と言っても差し支えない程度には雰囲気が出ている。ただ、誰もかれも幼さの残る容姿をしていて、兵隊にしては凄みにかけるのはどうしようもなかった。
要塞都市デオールの防壁に近づいたときだった。
「止まれぇっ!! お前達、何者だ! それ以上、防壁に近づくようなら攻撃する!」
防壁の上から大声で警告が発せられる。防壁の上に立つ弓兵が軽く弓の弦を引いて、いつでも矢を射かけられる態勢を取っている。
あちらはディアブルグの正規軍、統一された装備から見ても要塞都市を守る防衛隊だろう。対してこちらは、一応、軍隊の末席に連なるとはいっても正規軍の支給装備ではない自前の粗末なもので、下手をすれば野盗に間違われても仕方ない。
「こちらはディアブルグ辺境伯軍、剣妖部隊です! 国境を侵犯した武装集団の討伐任務を受けて要塞都市デオールにやってきました!」
ヴィータが問いかけに答えると、防壁の上で慌ただしく動き回る兵の姿が見える。
「現在、厳重警戒中だ! 身分を証明するものを示すのに代表者一人だけこちらへ来い!」
「それでは剣妖部隊・隊長の私が行きます。皆はここで待機を」
ヴィータが一人だけ要塞都市の防壁に近づいていき、他の部隊員はその場で待機する。
門前でなにやら揉めている様子のヴィータだが、ようやく話がついたらしく剣妖部隊の元へ戻ってきた。
「どうも厳重警戒中につき、我々でも街の中には入れないようです。防壁内に作られた設備で休憩と補給はできるとのことなので、そこで装備を整えたあと、襲われた国境付近の村について都市防衛隊から話を聞きましょう」
随分と物わかりのいい様子のヴィータだが、いくら厳重警戒中とはいえ、確認の取れた自国の軍部隊を街中に入れようとしないのはおかしな気がする。平時ならともかく既に事が起こっている現状、普通は街の防衛力が上がって喜ぶ人間の方が多いはずだが。
……剣妖部隊、だからなのか?
防壁の中には倉庫や防衛用の設備、作戦室や仮眠室など、様々な機能が詰め込まれている。ただ、敵の侵入を防ぐ壁としてだけではなく、身を守りながら反撃するのに適した構造になっているのだ。
街中に入れないとはいえ、必要な物資や情報はここでも手に入るだろう。ただし、それは適切な協力を得られればの話だ。
「……軍団長は剣妖部隊だけ寄こしてきたのか? もうちょっと危機感を持ってもらいたいものだな。ま、お前さんらに言ったところで意味もないが」
防壁に詰めていた都市防衛隊の隊長は、剣妖部隊を見るなり遠慮のない嫌味を吐いてきた。
「正直、お前達に分けてやる物資ももったいないんだが、正式な命令があるとなれば無視もできん。ちょうど、消費期限が怪しくなってきた食料があるから処分にちょうどいい。それらを持って、早く任務地に行け。所属不明の武装集団に襲われたという村は、ここから南西に二日ほど歩いたところだ」
しっしっ、と手を振って追い払うような態度をとる防衛隊長に、控えめにしていたヴィータもさすがに食い下がる。
「我々はここまで休みなしで来ました。一晩の寝床は用意していただきたいのですが」
「はぁ? 図々しい連中だな。今が厳重警戒中だってわかっているのか? 防壁の詰め所にはたくさんの兵隊が働いているんだ。仮眠室もいっぱいだよ。どこか部屋を使いたいってんなら、食料品を用意してやった倉庫を使え。そこなら誰も文句はいわないだろうよ」
「……ご協力感謝します」
どうにか一部屋だけ確保できたことにヴィータはほっとした様子でいる。こんな待遇でも剣妖部隊としてはいつものことなのか、部隊員に不平不満を口にする者はいない。
食料品を用意したという部屋にやってきて、俺はその部屋の惨状に顔をしかめた。
まず、防壁内に設けられた倉庫だけあって狭い。八人も人が入ったら、歩き回れるような空間はない。足を伸ばさず壁に背を預けて眠るのが精いっぱいだろう。
それから、消費期限が迫っている食料品との話もあったが、中にはあからさまに腐っているだろうものまで混ざっている。腐臭が部屋の中に充満していて、中を覗いた瞬間にアンシッラが鼻を抑えてのけぞったほどである。
こんな劣悪な環境でもやはり剣妖部隊の面々は慣れているのか、食料品の確認を手早く済ませていく。
「なあ、ヴィータ。この傷み始めている奴は今日中に食っちまった方がよさそうだぞ」
「そうですね。傷んでいるもの、日保ちしそうにないものは今晩の食事にしましょう」
淡々と、かなり危うい選定でエズーリオ達が食料品を仕分けていくのを見てアンシッラがたまらず口を出す。
「み、皆さん! 腐っている部分はしっかりと取り除いてくださいね! カビの生えているものはいくらなんでもダメです!! 内部までカビに侵されていることもありますからね!? そんなもの食べたら、作戦行動に支障が出ますから!!」
いつになく真剣な表情で語るアンシッラに、ヴィータもエズーリオも気圧されて、「これは大丈夫だろ?」「いえ、やめておきましょう……」などと、先程よりは食料品の選別に厳しくなった。
「この部屋は空気も淀んでいますし、皆さんで一旦、中の物を外へ出して掃除しましょう! 綺麗にしたら、狭いですけどもっとマシな寝床になりますよ」
ここ一年くらい領主館で働いていたアンシッラは、剣妖部隊の連中と比較して衛生観念がしっかりしている。
生ごみの捨て場のような臭いが漂い、所々に腐った食物の欠片が転がっているこの部屋を見て、まじめに掃除するべきと考えたのは俺とアンシッラだけだったようだ。ヴィータでさえ気にしていなかったのは驚愕である。
剣妖部隊の詰め所は決して不潔ではなかったと思うのだが、別に綺麗でもなかった。野営も多い剣妖部隊ではこの程度の悪環境は当たり前なのかもしれない。慣れたくはないものである。
アンシッラは防壁に詰めていた兵士から苦い顔をされながらも掃除用具を借りてきて、ゴミ捨て場のような狭くて汚い小部屋を清掃した。もしかして、ここは本当にゴミ捨て場だったのではないだろうか?
ともあれ、清掃してみれば石の床や壁は綺麗に汚れが落ちて、日が暮れる前には水に濡らした床も乾いた。
明るいうちに外で食品の調理をアンシッラ主導のもと行い、野営の時よりは幾分ましな食事を準備することもできた。
(……案外、アンシッラは部隊長に向いているのかもしれないな……)
今のところ家事全般に限ったことではあるが、人をまとめて動かす資質に関してはヴィータよりも優れているように感じる。
固い石畳の上に毛布を敷いて、肩を寄せ合いながら食事する剣妖部隊の面々は、表情こそ乏しいがどこか和やかな雰囲気に包まれていた。
その誰もが例外なく、傍らに一振りの刀剣を携えているのが異様ではあるのだが、それを言ったら自分が一番の異様な存在になってしまうか。俺の手には今も吸い付くように妖刀・壇舎利がある。手放すこともできるのだが、気が付けば自分の手のもとにこの妖刀は自然と戻ってくる。
「あぁ~……それにしても、残念でしたねぇ。要塞都市を見て回りたかったですぅ。街に入れたなら、色々と他の物資も手に入ったでしょうに……」
俺の食事の準備をしながら、アンシッラが愚痴をこぼしていた。それに呼応するようにエズーリオが大口を開けながら文句を垂れる。
「確かになー。この晩飯も悪くねぇけど、屋台の食い物とか、油で揚げたようなのをがっつり食いたかったぁ~」
「仕方がないでしょう。寝床と食料を提供してもらっただけでも助かりました。あの様子では最悪、防壁の外へ追い返されていたかもしれません」
何もかもあきらめた表情でヴィータが呟く。こんな境遇でさえ、恵まれているのだと自らに言い聞かせているかのように。大人しく、しっかりして見えるヴィータだが、その心の内は果たして穏やかなものなのか。
「さ……、さっ! ダン様、お待たせしました。お食事をどうぞ~」
気まずい空気を吹き飛ばそうとアンシッラが無駄に元気よく俺に食事を突き出す。
以前よりも固形物の割合が多くなった幼児食をアンシッラが匙で掬い取った。俺は黙々と与えられた食事を口にした。この世界に転生して以来、積極的に生きる気力というやつは湧いてこなかったが、惰性で生きていても腹は減る。
飢餓に苦しんで死のうとするよりは、食べ物がある以上は食欲を素直に受け入れてしまった方が楽だ。あるいはこの剣妖の体は、食事をしなくても死ななかったりするのかもしれないが、そんなことを試そうとしてもアンシッラに無理やり食事をねじ込まれるだけだ。無駄なことを試しはしない。
(……流されている。この世界に、俺は生かされている。俺自身はこんなにも、生に縛り付けてくる世界を憎んでいるのに……)
「…………」
アンシッラが俺に食事を与えている横から、じっと無言で視線を向けてくる剣妖の娘がいた。長い黒髪と暗く淀んだ瞳が特徴的な少女。
「……? どうしました? オクリスさん?」
オクリスは自分の食事は食べ終わっており、アンシッラが俺の口元に運んでいる匙を凝視していた。
「……ひょっとして、お食事足りませんでした? ごめんなさい、これはダン様の分ですから……」
「……違う。私、エズーリオと違う」
アンシッラの言葉にオクリスがわずかに反応する。違う、とはお腹が減っているわけではないということか。
比較に出されたエズーリオが「なんだぁ? なんか言ったかぁ?」とこっちを見ているが、オクリスはそれを完全無視して、アンシッラが持つ匙をずっと見ている。
困惑した表情で固まっているアンシッラに、オクリスが匙を指さして言う。
「私も、それやりたい……」
「えっ……!? それって……」
それとはつまり、俺に食事を与えることか?
なんだって、そんなことに興味を持ったんだ。
「ええと……でもぉ、これは私の大切なお仕事で……」
「ちょっとだけ……」
「ダン様が嫌がったら無理やりはダメですよぉ?」
「うん……」
無表情で放たれるオクリスの圧力に屈して、アンシッラはオクリスに匙を手渡した。
オクリスは俺の食べる幼児食を匙で掬うと、口元へと運んでくる。
差し出される匙に何の違いもない。俺は特に抵抗することもなく、オクリスの差し出した匙を口に含む。
「……あぁ……ダン様が……私以外の人からお食事を……うぅ……私だけだったのにぃ……」
何やらアンシッラが泣きそうな顔で唇を噛みしめているが、俺の知ったことではない。
オクリスは一定の速度で匙を俺の口へと運ぶ。そこに何の表情も読み取ることはできなかった。
本当に何が楽しいのだろうか……。
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