第9話 疑惑の任務
ディアブルグ家の女中アンシッラを筆頭に据えた小隊が、ディアブルグの国境を越えて、隣国クノッヘンに侵入しようとしていた。
わずか三名の剣妖と、どういうわけか赤子一人を連れた奇妙なメンバーだった。
アンシッラは普段の女中姿に軽装の皮鎧を身に着け、腰には針のように細い刺突剣をぶら下げている。そしてその背中には赤ん坊を背負っていた。
彼女の両隣には、金属製の鎧に身を包んだ若い少女が二人。年頃はアンシッラとそう変わらない見た目をしているが、まとう雰囲気には武芸者特有の鋭さがあり、その二人も特徴的な刀剣をそれぞれ持っていた。
一人は三日月型の刀と小盾を装備する剣妖ヴィータ、もう一人は大きな肉切り包丁のようなものを背中に担いだ剣妖エズーリオ。
ディアブルグ辺境伯家が抱える剣妖部隊の主戦力である二人だ。ヴィータに至っては剣妖部隊の隊長の立場にある実力者であった。
だが、どういうわけか。
今回の任務において、先頭に立って小隊を率いるよう命じられたのは、剣妖部隊では落ちこぼれとされているアンシッラだった。
何故、剣妖部隊の隊長であるヴィータが小隊を率いないで、最下級の隊員であるアンシッラが筆頭のまとめ役になったのか、アンシッラ自身も大いに困惑していた。
一番意味がわからないのは、任務に赤ん坊であるディアブルグ家の次男、ダンまでも連れてきたことだ。
これは家宰ワーグからも指示されたことで、アンシッラに口答えは許されなかった。
ダンの世話役はアンシッラであり、そのアンシッラに魔窟遠征の命令が下りたのだから、世話をしながら魔窟も攻略しろという理不尽な命令だった。どちらの命令も最優先で実行せよとのことで、片方の命令が撤回されることもなかったのである。
「な~。腹減ったよぉ。お昼ご飯まだなのかぁ? なぁなぁ、アンシッラ~!」
「ええっ!? まだ、お昼にはかなり早いですよ!? ですよね、ダン様? あれ? もしかして、おっぱい欲しいですか? あいたっ!! 叩かないでください、ダン様!! 急にどうしたんですか~。……はぁ。本当にもう、どうしてこんなことに……」
国境を越えてもいまだに混乱しているアンシッラと、自分の空腹ばかり気にしているエズーリオでは、この命令の意味するところなど理解できようはずもない。
そんな二人を横目に観察しながら、ヴィータは自分の中で一つの答えをまとめつつあった。
今回の無謀な任務、表向きの命令内容である魔核結晶の奪取とは別に、裏の思惑があることにはヴィータも気が付いていた。
おそらく、ディアブルグ家次男、ダンの放逐が目的であろう。しかし、それにしてはやり方が迂遠な気がする。
わざわざ任務中の事故に見せかけて殺害するにしても、偶然を装う意味がわからない。どうせ目撃者などいもしない、隣国の魔窟内でのことだ。
直接、ヴィータとエズーリオに、魔窟に入ってからダンを殺せと命令しておけば、迷わずそれを実行して終わり。それで済むはずだ。
にもかかわらず、こんな回りくどい命令が下されたのは……貴族の世間体というやつだろうか。血縁である子を意図的に殺した、という風聞が立つ可能性を一切も許さない。
元より任務と命令に忠実な剣妖部隊が、汚れ仕事の話を外に漏らすはずもない。それを承知のうえで、あくまでも正規の任務中に起こった不幸な事故とするための方便。
けれど、戦場に赤子を連れて行った事実があるだけで、殺意に対する言い逃れはできないのではないか。
――いや、そのための生け贄がアンシッラなのか。
愚かな女中が任務にディアブルグ辺境伯家の次男を連れ出し、出先で一緒に命を落としてしまうという筋書き。
かなり無理筋にも思えるが、案外と正解かもしれない。
まだ幼い赤子だ。魔獣に殺される以外に、病気で亡くなったとしても、それらしい理由になる。
ヴィータには今回の任務の行きつく先がぼんやりと見えてきていた。
今回の任務では、犠牲が一名出た時点でなら撤退の判断を取ってもいいと言われている。
赤子を抱えた剣格十等級の剣妖が一人と、七等級の剣妖が二人。
誰が生き残って、誰が死ぬか、予想など容易につくというものだ。
アンシッラが死ねば、その背に担がれた赤子も死ぬだろう。
しかし、本当にその結末を迎えていいものか。
回りくどい命令を下した何等かの理由が背景に存在するなら、それを知らぬまま意図を汲み取った風に動くのは危険ではないか?
あの赤子は辺境伯家の次男だ。それを見殺しにしたとあれば、ろくに人権を認められていない剣妖など、どんな罰を与えられても文句は言えない。
噂では鬼子扱いされているらしいので、死んだところで誰も咎めないのかもしれないが、その保証はどこにもなかった。
――安全策を取るしかない。
明確に指示を受けているのは、隣国の魔窟『岩蜥蜴の産卵場』から魔核結晶を奪取してくること。
それから、一人が犠牲になれば撤退していいということ。
他の指示がないのなら、犠牲は一人までに止めて魔核結晶は確保しつつ帰還する、そう解釈するしかない。それが最も命令違反から遠い選択肢。
「……厄介な任務を与えられてしまいましたね」
「ヴィータさん?」
アンシッラが心配そうにヴィータの顔を覗き込む。
ほとんど足手まといのアンシッラと赤子を連れて任務遂行。それに加えて――。
「おお~い、ヴィータぁ! 飯! 昼飯にしようぜ!」
「エズーリオ、食事は魔窟を視認できる距離まで移動してからです。そういうことでしたよね? アンシッラ?」
「ふぇっ!? ええと、は、はい……。そういう予定でしたね」
「えええ~!?」
日頃から腹を空かせて文句ばかり言うエズーリオも、うまいこと操縦してやらないと任務の成功は望めない。こう見えて、剣格七等級のエズーリオは実力で言えば隊長のヴィータと同格。
形式上の小隊リーダーはアンシッラだが、実質的にこの意味不明な編成となった小隊をまとめられるのはヴィータしかいない。
「本当に……厄介です……」
ヴィータは無事に帰還できることを天に祈るしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます