第二話 「運命の分かれ道」

 俺はその場に座り込み、一冊の本を手一杯に広げ中身を堪能しようとしていた。


 「アティード手記」はこれといって有名なものは無い。未来が書かれている本や手帳の総称である。そう、そのためこの世界に存在する「アティード手記」というのは一つではない、複数あるらしい。


 もちろん、というのはおかしいが俺も「アティード手記」を持っているのだ。それは俺が異世界にやって来て俺TUEEEE展開になる代わりなのか、与えられた唯一の祝福。

 正直これが無かったとしてもやっていけそう、って言いたいけど多分転移数秒後に死んでいた。


 「アティード手記、名前の通り未来が書かれた手記のこと。この名前が登場し始めたのは71年に転移災害が初めて起きた頃だと言われているがそうでは無い。


 はるか昔、神話の時代にとある一柱の神がイタズラ心で未来を透視した。しかし、神と言えどもその全てを覚えることが難しかった、そのため文字として記憶に残すことにした。


 時間が過ぎ、神の時代が終わった時に行方が分からなくなった。その行方は現在に至るまで不明である。


 しかし、神は自身を模倣し人を創造した。そのため考えることも同じである。祝福の力を駆使し、一冊の本を作り上げた。これもまたアティード手記である。

 その著者は何を思ったのか、市場で販売を始めた。すると、爆発的な人気を獲得、アティード手記は多くの人に知れ渡った。


 そこから同じようなことをするもの達が増え、現在では無限とも言える数のアティード手記がある。もちろん、その中には偽物も紛れているが本物と見分けることは絶対に出来ない。


 だが何よりも大切なことはそれらの手記を手に入れてもすぐに捨てなければならないということ。例え中を開き、自分にとって良いこと、どんなに不都合なことであっても----


 なぜそうしなければならないのか、それはその手記を元に行動した人達は全員ろくな死に方をしていないからだ。


 とあるものは精神病にかかり、正気を失った。

 とあるものは自身を不死の神と勘違いし火山に入った。

 とあるものは村の住人を全て撲殺し村を焼き払い、行方不明。

 とあるものは生きたまま心臓をくり抜かれた。

 とあるものは時空の狭間に囚われ、永遠のループにハマった。

 とあるものは死んでも死にきれない不死身の体を手に入れた。


 これら全ての人に共通するのはアティード手記の保有とそれを用いたこと。未だに手元に残しているものはすぐさまそれを処分することを勧める。彼らのように、醜い人となりたくなければ……」


 俺はまたしても序盤で読むことを辞めた。序盤と言ってもこの本の先の内容はそれらをより深堀し、実際の事件やなぜそのようなことをするのかという論理を展開していくのだろう。


 俺は目を閉じた。


 現代であればキリギリスが耳につくほど鳴いているのだろうが、この世界ではそうはいかないらしい。

 まるで悟りを開いたかのように静かで、清らかだ。


 「……手遅れ、か」


 そうだな、俺は手遅れなのかもしれない。

 

 いや、手遅れだろうな。もう幾度となくその手記の内容に従い、行動した。ということはろくな最期を迎えないだろうね。俺はどんな死に方かな………流石に永遠に死なないというのは困るから、死ぬ、ということはさせて欲しい。


 その時、無音の世界を破壊する魔の手が差し掛かってきた。

 ガチャという閑静の図書館に音をもたらした。どこの階の扉が開いたのかは不明。


 「---っ!」


 当然だが、その音は俺の耳にも入っている。俺はすぐさま立ち上がり、書物を棚へと戻す。


 (図書館に巡回……そんなことが有り得るのか?)


 蝋燭の炎を今すぐに消したいが、この光が無いとダメだ。物陰に隠れるしかない。


 「暗殺者が入ってきました、手助けしたいところですが私は戦闘については皆無なので」


 「暗殺者?! おいおい警備どうした!」


 俺はポケットから件の手帳を取り出す。早速対処を……あっ

 俺、やっぱり危機が迫るとこの手帳に頼るんだよな。もう何度かこれを繰り返している、やっぱりろくな死に方しないな……。

 まぁ良いか、もうどうせ手遅れなんだしな。


 「……えっ? 何も書いてない?」


 該当するであろうページを開いても何も書かれていない。それが意味するのは記述するまでもない些細なことなのか、はたまた後になって記述されるのか……。前者であることを願うが、後者の可能性が高いというのが俺の中での考えだ。


 暗殺者なんて、ジュラルは何してるんだ?

 つーか、まさか俺狙い、じゃないよな……? いやいや、俺なんて無名だ。この宮の中でも名前を知っているのは両手に収まるくらいだ。


 「ジリジリ」


 「---なんだ?」


 金属を引きずる音……まさか、剣か? しかも、どんどんこっちに近づいて来てる?!

 まずいな、本当に俺狙いなのか……? 

 俺、無名なはずだが?!


 固い地と重い鉛が掠れ、摩擦を生み出す度にちょっとした不快感と恐怖心を煽られる。だが、音を出しているなら位置が分かる。


 「ジリジリ」


 う、嘘だろ……一直線に来てるのか?

 そう思いたいくらい、その音は同じ方向から、そして大きくなっていく。そう、大きくなっているのだ。つまり、もうすぐそこまで来ている。


 俺がいるのは書庫の隅。逃げ場は少ないが、来る方向は限定される。右か左か……。


 俺は口の中に溜まっている唾を飲んだ。ツーっと一雫の汗が額から頬へ、頬から地面へポタッと落ちる。


 「フーっ、はぁ……はぁ……」


 なんだろうか。この図書館で凶悪な連続殺人鬼と二人だけの鬼ごっこが始まったようだ。いや、大丈夫だ。しっかりしろ。


 俺はこう見えて多少の訓練は積んでいる。一方的だがワンジュ皇子と実戦に近い形でやっているんだ。だからといって勝てる見込みがある、という訳では無い。


 凶器を引きずる音が近くなって来た。そろそろだ、動かないと見つかる……。

 俺は足音でバレないようにゆっくりと踵から動かす。一歩、また一歩と確実に前に踏み出す。そのまま右へターン、


 「ジリジリジリジリ」

 

 「---っ!」


 俺の耳がおかしいのか、正常なのか。俺が右へ曲がり逃げようと動いた直後、刃を引きずる音がUターンした。



 つまり、俺と並走したのだ。




 いや、迷うな! 戻るな! そのまま行かないとダメだ!

 俺は一瞬足を止めたが、そのまま足を前へ前へ追いやった。それと同じく、金属と石が擦れる音が俺の隣、本棚の先にいる。

 俺は前だけを見ていたが、暗闇でよく見えない。辞めれば良いものを俺は本棚の隙間を横目で見てしまった。


 「----っ?!」


 「それ」は俺の方をじっと見ていた。暗闇なのに、それとは対象的に蛍光の緑の瞳が俺を正確にじっと見ていた。目だけが浮いているように……。


 俺はすぐさま目を逸らした。ホラー苦手なんだよ!一生のトラウマだわ!

 大丈夫だ、大丈夫!! 死なない、俺狙いじゃない、図書館に何かと秘書があるんだ。そうそれ目的だ。

 そう思って心を落ち着けていると鋼を引く音が止まった。


 「しゃがんで下さい!」


 俺の体内にいる粒子がそう叫んだ。戦闘経験が皆無で信用しないで、そう言った者が言うことなんで誰が信じるのか。だが、その言葉と同様に俺も本能で何かを感じていた。


 それは俺に訪れる「死」の予兆---


 俺は地面に頭を擦り付ける勢いで膝に加わっている力を脱力。真っ暗だが、背丈が小さくなったのは分かる。

 刹那、バキバキと音を立て何かが崩れていく! そして、自身の背中の上を空気を割く勢いで通過したのを感じた。



 崩れたのは本棚、つまり---



 「やばっ!?」


 そんな軽口を叩けるほど余裕では無い。見上げれば無数の本が自由落下してくる。支えを失った本が雨のように降り注いだ。

 すぐさま前方に回避! ドサッと音を立てていくつもの本が落ちる。打ちどころが悪ければ即死だ。


 立ち上がると俺を襲った人物が暗闇から出る。


 そして全容が明らかになる。黒衣を纏って目元だけ布が切れている。やはり、紺碧の瞳。そして音を出している正体も、


 「剣、じゃない……!?」


 握っていたのは暗闇の中でギラギラと輝く大刀、もっといえば青龍偃月刀せいりゅうえんげつとう。あいつはそれをずっと引きずり、たった今振ったんだ。しかも軽々と


 「---」


 有無を言わずにこの狭い書庫の中でブン! とまたしても矛を振るう!

 以前の俺なら避けられたか怪しい……だが、今の俺ならギリギリだか避けれる!


 「っとぉ!」


 その場にしゃがみ込む! だが髪の毛がやや切れた。あと少しでも遅かったら……そう思うと背筋が凍る。

 俺はそのまま立ち上がり、走り出した。ここは三階、そして扉から程遠い場所だ。

 一直線、ただ扉を目指して俺は走る。後ろなんて振り返る余裕がない。


 「左に曲がってください!」


 またしても粒子による助言! 今度は迷うことなくそれに従う。左への通路が見えた直後、それはそこに飛び込んだ!


 刹那の差だった。振り返ると丁度、白銀の刃が通り抜けた。そう、俺はあとミクロでも遅れていたら背中に矛が背中に生えていた。


 「っぃぃぃいい!?」


 連撃は続く。暗黒の世界から身を乗り出したのは「あの人物」。なんと投げたはずの大刀が手に戻っており、それを振りかざしていたのだ。


 真上から死の撃墜が迫る!


 俺はそれをキワキワでバックステップ! だが追撃はまだ終わらない。俺が下がった直後、投げナイフが投擲されていた。それは無慈悲に正確だった。

 弾き返す、そんなことが出来たら良かったが、生憎そんな物は無い。


 俺は歯を食いしばった。


 グサッ


 ナイフの先端が左の鎖骨付近に刺さる。紅の血液が地へ落ち、焼けるような痛みが襲う。そんなもの経験したことなんてあるわけがない! 俺は一瞬、狼狽えたが前を向く。

 

 右手でそのナイフを抜く。ブシュッと返り血で首が濡れる。だが関係ない、俺はこれで武器を手に入れたんだ。


 次にナイフを飛ばしてきたら弾ける可能性がある。だが長々と戦ってはダメだ。そのうち失血死をしてしまう。目指す場所は変わらない。扉だ、そこを出たら俺の勝ちだ。助けを呼び、保護してもらう。


 俺はスタートを切る!


 傷口を抑えながら、ただ一心不乱に光を目指す。

 もちろん、それを逃すほど甘い敵ではない。走り出したのと同時にやつはもう俺と並走している。

 隣をみれば俺を見つめる死の眼。距離を引きはがさないと逃げきれない!


 驚くべきことにやつが手にしていた偃月刀はナイフに早変わりしていた。

 本棚の隙間を拭い、細いナイフが通る!

 その度に俺は弾く、火花が飛び散り一瞬だが暗闇に光が灯る。


 「カンッ!」「ギィンッ!」、刃同士がぶつかる甲高い音が部屋いっぱいに響く!

 たかが稽古を受けて数日の人間が本物の戦闘者の技術を防ぎ切ることは不可能。瞬きひとつの間に三つの攻撃が襲いかかる。俺が防げれるのは一つ、運が良くて二つ。つまり、必ず一つは俺の体を削るのだ。

 

 「ぐっ……くそ!」


 服を着たままプールに飛び込んだ時のように服が皮膚に引っ付く。だが今回は水ではない、全て俺の血液だ。


 並走しながらゴールを目指し攻撃を防ぐ。だが、その代償が俺の血液。

 

 「フンッ!」


 本棚の列が途切れ、通路が現れる。その直後に突きを放つ!

 攻撃を掻い潜り、俺がようやく見つけた攻撃の糸口。しかし、目をそらすことも無く正面から弾き返される。


 バガァン!

 

 やつが横に振るう!

 その音とともに手に持っていた武器が後方に飛んだ。手がヒリヒリする……麻痺しているかのように。

 凄まじいパワーだ。黒衣を身にまとい、筋肉質かどうか体の線が見えないためわからないがそれは人外とも言えた。


 「ぐっ……!」


 そして繋がるように回し蹴りが胸に突き刺さる。骨が悲鳴をあげる。胃酸が喉にまで来る、気持ち悪い、吐きそうだ……。


 受けた力に抵抗することなく俺は宙を舞い、壁に叩きつけられる。まともな受け身も取れず俺は地面に落ちる。


 「げほっ、げほっ……」


 思わず咳き込んだ。この短時間で俺は血でべっしょりだ。あちこちには服が裂かれ、そこから切り傷が顔を出している。

 まずいな……死ぬ、死ぬぞ……本気で……。


 ほんとに……手帳はないのか?!

 俺は血眼になって手記を確認。血が付着した指でページをめくる。

 薄い希望を持って、唯一の生命線を確保するために……


 「……はは、あるじゃねぇかよ」


 やはり、今回の出来事は手帳には記されていない出来事。書いた人が見忘れたか、見れなかった世界線のようだ。


 「禁書庫にヒント……ね」


 「やはり、それは---」


 「とりあえず後だ、禁書庫を案内してくれ!」


 「そ、それは」


 「良いから! 早くしないと書庫の本全部ぶっ壊されるぞ!」


 「……それでも、誓約が」


 「どうでもいい! 早くしろ! そうでないと皇帝が二度と立ち入れなくなる!」


 「---っ! 分かり、ました」


 蒼の粒子が俺の身体から出ていく。空を飛び、一つの光が俺を導く。

 禁書庫にこの危険を回避出来る方法が隠されている。俺は外に出ることではなく、禁書庫への立ち入りを目指す。

 俺の死ぬ確率はグンと下がった……!

 

 

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