第二十一話 崩壊の騎士団

  「どうやらまだまだ続くようですね」


 「もともとこの辺は大森林だったからな。あの村も森を開拓して作られた。だから本当だったらもっと大きいんだ」


 「なるほど、副団長が復興させた村も同じですか?」


 「いや違う。あれはただの平原に作られた村が廃村になっていたから復興させているだけだ」


 そんな話をしながら着々と森の奥へと入って行く一行。大森林で光が差し込まないものだと思われたが、そんなことは無く青空が見える。


 「副団長、もっと進行を早めて良いのでは?」


 部隊の一人がそう言った。彼らの目的はこの森林地帯を抜けてどのようなものがあるのかを持ち帰ること。そして、ルートの確保。


 「そうだな、駆け足で行くぞ」


 与えられた時間はあまり多くは無い。有効的に使わなければ非効率で勿体ない。そして何より、彼らの舞台には副団長がいる。

 部隊の面子を汚すことにもなるが、副団長のジュラルの顔に泥を塗ることになってしまう。


 「俺たちが出てからどのくらい経過したか分かるか」


 そう言われたヒューズは首にかけていた銀色の小さな時計を出した。

 時刻は午前八時四十二分。


 「だいたい十二分ですね。まだ全然です」


 「よし、ではこまめな休憩も込みで行くぞ」


 ただでさえ重い鎧を装着しているのに関わらず、走っていく。休憩が無かったら死んでしまう。

 無音の森林をガチャガチャと音を出しながら十人が森を抜けて行く。


 右へ左へと駆けながらジュラルは問いを投げる。


 「ヒューズ、お前はどう思う」


 「何がですか」


 「消えた八人だ、存在ごと消されたような感じだった」


 「確かにそうですね。とある家では食事の食べかけや洗濯物が干されたまま、など人だけがくり抜かれたようでした。存在ごと消す、もしくは操られてどこかへ連れていかれたか。どっちかじゃないですかね」


 「全く同じ意見だ、だが―――」


 「隊長ー!!!」


 突然、後方から叫び声のような呼び掛けが聞こえた。すぐさま足を止め、振り返った。

 やや遅れて息を切らしながら一人の仲間が走ってくる。顔が強ばり、青くなっている。まるで怪奇現象にでも遭遇したかのように―――


 「どうした、何かあったか」


 「ふ、二人が!」


 「二人? その二人がどうした」


 「それが―――突如進路を変更して別の方向に走り出しました!!」


 そう言われたジュラルは人数を確認する。一二三四……八、確かに二人消えていた。

 途中で振り返らなかったために気が付かなかった、ということもあるだろう。


 「別れた場所はどこだ! 直ぐに後退するぞ!」


 「お待ちください! 戻ってはいけません!」


 来た道を戻ろうとしたジュラルを静止させたのはヒューズ。彼の行動に誰もが目を丸くした。何を言っているんだと。


 「絶対に戻っては行けません! 前に進むべきです」


 「ヒューズ……何を言ってるんだ………」


 「もう一度言います、前に進むべきです。後退なんてしてはいけません」


 森のように青々とした瞳を真っ直ぐジュラルへ向けた。その目にはなんの迷いもない。


 「な、何言ってんだ! 大事な仲間とはぐれたんだ戻るべきだろう!」


 一人の青年もそう言った。しかし、なおもヒューズの意見は変わらない。ただ一言だけ口にした。


 「前進あるのみ」


 何かに操られているのではないか、そう思うほどに彼の声色は低く真っ直ぐだった。もともと森には神聖な力が宿ると言い伝えられてきた。

 森を甘く見てはならない、軽い気持ちで立ち入ってはいけない。それは遭難するから、というのもあるがそれ以上に神の怒りを買うと言われていた。


 森は神の家であり、魂である。そのような言い伝えがあるほどだった。だが彼らは軽い気持ちで入ったのでは無い。消えた八人の捜索、そして事件の情報を集めるために入ってきた。敵意など、微塵もない。


 「貴様なにを――」


 今にもヒューズに飛び掛ろうとしていた。場の雰囲気が徐々に冷えていき、重い雰囲気が流れる。

 だが、ヒューズは副団長であるジュラルの一番弟子だ。何かと常に共にいることが多いため、ジュラルは他の人に比べ何倍も彼のことを理解している。


 ジュラルは自分が冷静を保つことができないといけない。それを理解していた。まとめ役の人間が潰れたら部隊は簡単に滅ぶ。それだけは避けなければならない。それは部のリーダーとして、なにより副団長として譲れなかった。


 ジュラルは飛び掛ろうとする若者を抑え、ヒューズに尋ねる。


 「理由は簡単です。ここで後退すれば敵の思うつぼです」


 「もっと詳しく言え」


 「二名が突如として僕たちの意志に反して行動をした、とのことですがこれは完全に操られています。理由は言うまでもないでしょう。


 僕たちは知らないうちに敵の領域に入り、敵の罠にかかったんです。その結果二名がまず犠牲になった。ですが『正理機関』ならばそれで終わるわけが無い。狙っているのは次です。


 僕たちが後退し、仲間を捜索することに関しては問題ないでしょう。ですがその後が危険です」


 「何を訳の分からないことを―――」


 「やめろ、ヒューズ続けろ」


 「敵が狙っているのは僕たちの本拠地である村。あそこには多くの騎士団がいます。狙うとすれば一撃必殺です。


 つまりは僕たちが後ろへ戻り、本拠地に行けば敵も共に来てしまうということです」


 そう言ったヒューズはあいも変わらず真剣な顔をしていた。

 しかし、それに異議を唱える者もいた。


 「じ、じゃあなんで敵はわざわざ二人を連れて行ったんだ。このまま森を抜けて襲えば良いじゃないか!」


 ヒューズはそれを聞いていたが冷静に返答をする。


 「村には入れないよ」


 「な、なんでだよ!」


 「メルビス団長が防御結界を貼ったんだ。正教騎士団以外は侵入できません。


 だからこそ連れて行ったのでしょう。やり方は不明ですが」


 「では、なぜ俺たちが村へ戻ってはダメなんだ?」


 今度はジュラルが問いを投げかけた。


 「結界と言っても人が通れば穴が空きます。その穴を通ればどうなるかは副団長もお分かりでしょう」


 「では連れて行った二人を使えばいいではないか」


 「それも不可能です。精神が操られ、目が虚ろな人間が現れたら間違いなく警戒します。なにより見回りをしている団長がそれを見逃すはずがありません」


 「なるほどな」


 問答の流れにキリがついた直後だった。震える声で隊の一人が呟いた。


 「な、なあ………し、シェーンと、ば、バーキンはどこだ?」


 シェーンとバーキン。それは彼らの部隊に配属されたもの達。そう言われたジュラルはまさかと思い、人数を確認する。一人、一人、正確に確認していく。


 だが、



 足りなかった――――



 八人だったのが、六人になったのだ。


 「あ、あぁ………もうお終いだ」


 そう言って目に涙を浮かべながらその場に崩れ落ちるものまでも現れた。

 人が突然と消える現象。そして、森林という人の心の不安要素を煽る物が掛け合わさり、恐怖が心を蝕んでいった。


 「立ってください。戻る訳には行かないんです。戻れば犠牲が増加する。前に行くしかないんです」


 ヒューズはそう言って崩れ落ちた青年の肩を持った。しかし、決定権は彼に無い。部隊の今後をどうするかは隊長であるジュラルにある。

 しばらく考えていたジュラルは決断する―――


 「ヒューズ、お前の言うことも分かるが俺は戻る」


 それを聞いたヒューズは初めて焦りの表情を浮かべそれを止めに入る。


 「いけません! 僕の考えを―――」


 「分かっている! だが、次々に人が消えて行く! 敵が俺たちを誘っているのも理解している!


 なにより俺たち以外にも部隊はある! 報告無しにここで全滅をして次の部隊も同じ手を喰らう、それこそ最悪だろう!

 それであるならば今すぐ戻り、状況を報告し全員で迎え撃つのが良いだろう!」


 「ですからそれが―――」


 「分かっている………! お前の言うことも分かっているが、今後のことを思えば報告をしに行くべきなのだ!


 俺は戻る、ついてこい!」


 そう言うとジュラルは真っ直ぐに来た道を走り出した。その後を全員が追った。


 (すみません団長、約束を守れませんでした………)


 ヒューズは村を出る前にメルビスから注意を聞いていた。

 ジュラルという男は確かに優秀である。しかし、状況が変化すれば冷静さを欠き、感情的になってしまう。その時さヒューズが言葉でなだめ、落ち着きを取り戻させるようにと、言われていたのだ。


 先の正理機関との戦いでも、メルビスが劣勢とみるや騎士道を捨て横槍を入れた。その性格が仇なすとメルビスは考えていた。


 「ふ、副団長…………」


 ジュラル、いや全員が背筋がヒヤリとした。副団長と呼ぶ声は酷く震え、今にでも泣きそうな声だった。


 「またやられたか……」


 「ひ、ヒューズさんが…………消えました」


 それを聞いたジュラルは石につまづいた。ガシャンと鎧の音が響く。その音に驚いた鳥は一斉に飛び立ち、森には金属音が響いた。


 ゆっくりと振り返ればヒューズは消えていた。先程まで、ほんの数分前まで共に語り合っていた人物が、消えた。自分のせいだ、彼の言った通りにしなかったからだ。音の無い世界を展開する森は人の心を壊す。それはどこでも同じ―――


 「ヒューズ………」


 あの時、もしも前に進んでいたら?

 ヒューズの言うようにしていたらこうならなかった?

 もしかしたらもう森は終わりに近くて出られた?

 そんな考えが延々と頭を巡った。あの時の選択が命運を分け、この結果を導いた。


 「くそがぁぁぁぁぁぁ!!」


 しかし、戻ることなく前へと進んだ。無我夢中で、自身を呼びかける声すらも無視して、ただ生きることを、村に帰ることを目指して―――


 一筋の光が見えてきた。その光の先には人が見える。ジュラルと同じような鎧を着た人物たちが。森の入口に何人も、入れ替わりの部隊だろう。


 それを見つけたジュラルは藁にもすがる勢いで飛び込んだ。

 


 「がぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」


 「うぉぉぉ!? ふ、副団長?!」


 彼は村へとたどり着いた。放心状態で、仲間を犠牲にしてただ一人。そう、一人だけ。彼は十人で行き、一人で帰って来た。消えた九人は森に呑まれたのだ。


 「ぁぁぁぁぁぁあ!!!」


 「ど、どうしたんですか!!」


 定刻よりも二時間早い帰還。その報告を聞いたメルビスはただならぬ予感を感じすぐさま現場に駆けつけた。げんばには野次馬が集まり、ガヤガヤとしていた。

 人の間を通り抜け、メルビスが駆け寄る。

 

 「落ち着け! どうした! 何があった!!」


 「分かりません! 突如として飛び込んで来て……」


 「待て………帰ってきたのはジュラルだけか?」


 「―――――ぁ」


 その言葉とともその場にいた全員が何かを理解した。言葉にしなかったが、全員が共通の認識を持った。消えた八人、そして今回の犠牲者は九人。


 「警戒しろ! 敵は近いぞ!」


 全員が緊張を胸に防御を固めた。メルビスは意識を失っているジュラルを室内へ運んだ。

 メルビスはその場に付き添い、彼の安否を常に確認していた。


 「原因は恐らく事前に派遣した調査隊と同じだろう」

 

 「ぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」


 ベッドの上で突如として暴れる出すジュラルを落ち着かせるメルビス。


 「大丈夫だ! 帰ってきたんだ! 落ち着け!」


 そう言うとようやくジュラルは落ち着いた。するとメルビスに泣きついてきた。ドンとメルビスの鎧を叩きながら語る。


 「うっ…………ぐぅ…………」


 「何があった」

 

 「消え、ました………全員が………ヒューズの意見を………うっ………聞いて、いれば………」


 「消えた………やはり、か」


 「だんちょぉぉぉ!!」


 「大丈夫だ。俺は消えん」


 「突然、進路を変えたんです………最初の二人はそうして消え………次の二人は気が付かぬうちに………最後はもう何が何だか…………」


 「言わなくて良い」


 ジュラルは悔し涙を流した。自分の選択により九人の命を奪ってしまった。九人、その中には最愛の弟子もいる。その弟子の意見通りにしたら、彼は消えなかった。だがもう遅い、彼はいなくなった。


 「だ、団長!!」


 「なんだ!」


 「近隣の村で火事が!」


 「どこの村だ!」


 「それが―――――」


 それを聞いたメルビスは絶句し、動けなくなった。それを聞いたジュラルも同様の反応をした。


 「―――ジュラル、行け、行くんだ」


 「ですが……団長」


 「行くんだ! 騎士として家族を守りに行け!!」


 火事が発生したのは、ジュラルが復興させた村。つまり、彼の家だ。

 メルビスはすぐさま彼を行かせるべく準備をし始めた。しかし、ジュラルの頭には迷いが生まれていた。


 なにより短時間で多くのことが発生し過ぎである。彼は先程大事な仲間を失ったばかりである。その悲しみに浸る時間も与えられず、次は家族を失う可能性が浮上した。


 「迷うな!  行け! 次こそ守るんだ・・・・!」


 「――――っ!」


 「正教騎士団副団長ジュラル! ここは任せろ!」


 彼は兵士数十名を同行させることにした。

 触発されたジュラルはすぐさま馬に跨り、その場を後にした。彼は仲間を失った、だが家族も失う訳にはいかない。その気持ちが悲しみを上回り、行動力と化していた。




 しかし、彼はまたしても敵の策略に引っかかったのだ。



  ◇ ◇ ◇ 



 ジュラルと数十人の兵士が立ち去った村に残された者たちは今後の行動に迷っていた。なにより森に入ることを誰もが拒絶した。


 そこでもう一度、会議を開くことにした。その議論は先程のように上手くはいかず意見が飛び交いまとまらなかった。


 「ですから団長! もうこれ以上は辞めましょう! 副団長があのようになったんです!」


 「だがそれではこの近辺の者たちはどうなる! 見捨てろというのか!」


 留まり調査をするか、はたまた戻ってじっくりと案を練るか。しかし戻っていては被害が拡大してしまう。そのためここに残るべきだとメルビスは主張する。

 しかし、ほとんどがここからの撤退を選択する。一日の間に十七人が消えた。それも数時間で――――


 このままでは全滅も大いにありえる。だからこそここは戻るべきだ。それが兵士長たちの意見だった。


 


 一方で外で門番をしていた騎士たち。そこでも動きがあった。

 

 「ん? おい、あそこに誰かいないか?」


 「バカ言えって、森には近づくバカなんているかよ」


 「いや、いるんだって。あれ見てみろ!」


 「あぁん? …………おいおい、あれって」


 「ヒューズ………だよな」


 「ははは、何をだってよ行方不明、じゃねぇのかよ」


 立ち入りが禁止された森の入口に鎧を着用した青年が立ち尽くしていた。だが、動かなかった。村の中へと入ることも無く、その場に立ち、下を向いていた。


 だが、その後ろからぞろぞろと人がやって来る。騎士の鎧を着た人物を先頭に、その後ろには平民の服装をした男女がずらりと。


 「お、おい………これ、やべぇよな」


 「な、何の冗談だよ………十七人だぜ、偶然じゃねぇよな……」


 その行列は不安定な足取りだが、確実に村へと向かってきていた。

 立ち入り禁止の場所から正気でない人間の群れが出現、これは―――


 「やべぇ………団長呼んでこい!!」


 「う、うわぁぁぁぁぁぁあ!!!」


 彼らはすぐさま走り出した。だが、ただ走るだけでは無い。


 「森から人が出てきたぞぉぉぉぉぉ!!!」


 そう言いながら村中を走り回った。

 それを聞いた者たちはすぐさま警戒し、部隊のように塊を作った。


 団長がいるのは村の中心の家。門番の二人はそこへ血相を変えて飛び込んだ。呑気に扉を開けている暇なんてない、彼らは扉に飛び込んだ。


 「だから! それでは―――」


 ガシャァァァン!!


 「――――っ!」


 「お前たち! 何を―――」


 室内では議論が白熱し、殴り合いになりそうになっていた。そこへ突如として2人の騎士が飛び込んでくる。扉はグシャグシャだ。


 「団長! 大変です!」


 「今度はなんだ!」

 

 メルビスはややイラついていた。議論の結論は出ないのにも関わらずそれを中断させる者たちがいる。だが、それも次の瞬間には吹き飛ぶことになる。


 「も、森から行方不明だった十七人が!!!」


 「なに?!」


 その場にいた全員が固まった。自分たちがあれほど捜索しても出てこなかった者たちが簡単に姿を現したのだ。加えて数人では無い、先の八人とたった今消えた九人、計十七人が全員帰ってきた。


 だがそれだけではない


 「その上この村の住民たちのような姿も!!!」


 「何が起きてる!!」


 全員が外に出た。だが、そこは既に洗浄と化していた。火が立ち上り、血が落ち、死体が転がっている。戦っているのは騎士だけではない、農民たちもクワや鎌を手に襲いかかっている。


 だがおかしな事に彼らの目は全員真っ黒になっていた。何かに抉られたかのように真っ黒だった。それは全員、突如現れたら農民、十七人の騎士。


 「あらあら、こんなところにもいたんですね」


 「――――っ!」


 その群れの中から一人の人物が歩み寄る。ネズミ色のドレスに身を包み、顔は頭蓋骨の仮面で覆われ、背中には堕天使のような黒く大きな翼。


 「私は正理機関分派『ヒュドラ=エン』のグラーナです。私のことお探しでしたか? それともお仲間を探してましたか?」


 「貴様かぁぁぁぁぁ!!!」


 それを聞いたメルビスは腰に帯びた黄金の剣に手をかけた。そして、地面を蹴ろうとした時――――



 ぬるりと真っ黒な影に覆われた

 

 だが遅かった。危険を感じたメルビスは咄嗟にサイドステップするものの何かに背中を叩き切られた。鎧が砕け散る音とともに鮮血が飛ぶ。

 


 「久しぶりだなぁ………だんちょーさん」


 「な………なぜだ、お前は」


 そこに現れたのはグラーナのドレスと似たような銀髪、黄金の鎧に手には大斧。メルビス自ら倒したはずのリク・ガルベンの姿がそこにあった。


 「惜しいね、俺の術が数秒でも間に合わなかったら死んでたな」


 「ぐっ………」


 メルビスはその場に膝をついた。彼は思った以上に深く切られてしまった。それは彼の背骨に届いていた。平静を装っているが下半身がヒリヒリとし、嫌な考えが頭をよぎっていた、


 「さぁて再戦といこうかぁ!!」


 「団長!」


 「喚くな! 俺たちは騎士だ! 最後まで戦い抜いてこそ漢であり、騎士なのだ! 諦めることは絶対に許さん!」


 「悲しいですね……さようなら、勇敢な者たち」


 戦いの火蓋が切って落とされた。




  ◇ ◇ ◇ 


 一方で村へと到着したジュラル一行は鎮火活動に加わっていた。黒煙が立ち上り、パチパチという音が響き、青空が黒く覆われていった。

 少しも近寄ることができず、ジュラルは焦りに焦っていた。

 

 「レミス! サラド!! どこだ!」


 ジュラルは藁にもすがる思いで周囲を歩き回っていた。彼が到着した時にはすでに家は焼け落ちていた。残ってたのは黒い灰だけ。なにもかもやかれてしまったのだ。


 「妻を! 子どもを見なかったか!!」


 そう聞き回っているものの誰もその情報を持っていなかった。この村を復興させ始めたのはジュラルである。つまりは、彼のことも彼の家族のことも、誰もが知っている。


 火事が起きた原因なんて考えている暇などない、家族の命がなによりも大事だった。


 「わ、私見ました!」


 群衆の中で一人の女性が名乗りを上げた。白い肌には泥がつき、やや黒ずんでいる。しかし、ジュラルはそれを拭うことよりも家族のことを尋ねた。


 彼はその女性の肩を揺らしながら聞いた。


 「ど、どこだ! 頼む教えてくれ!」


 「お、落ち着いて!」


 無理やり引き剥がされるジュラル。


 「さ、先程木にもたれかかっているのを見ました」


 「ど、どこのだ!」


 「ジュラルさんの家から北に行ったところの大木です」


 それを聞いたジュラルはお礼を言うことも無くすぐさま走り出した。家の裏手にある大木。それは彼が妻と結婚の申し出をした場所。思い出深い場所なのだ。


 (家なんて、村なんてどうでも良い。家族さえ助かれば全てを差し出す! だから神様………頼む!!!)


 無事であることを願い、彼は大木へと向かった。


 「あ………あぁ………」

 

 大木は火災の被害に遭ってはいなかった。しかし、せっかく新しく生え変わった緑葉が映える状況ではなかった。

 その大木の麓には二つの影があった。一つは彼ほど大きくは無いが成人女性の大きさ。もう一つはまだ小さな子ども、まだ一歳くらいの子どもである。


 すぐさまジュラルは駆け寄った。


 思わず顔には笑みが零れていた。二人が無事であるならそれで良い。高揚していた無事である事に。安心していたあた会うことができることに。


 だが、その希望も徐々に暗黒の世界へ引きずられていく―――


 「あ…………ぇあ」


 黒い影は近づけば近づくほど、黒い影に光が当てられ状態が明らかになる。

 彼は動かしていた足を緩め、ついには止まった。その理由は単純。彼女たちの目はくり抜かれたかのように「黒かった」からである。


 「な、んだよ………それ」


 恐怖心よりも絶望感が勝った。


 赤子の手を握り、立ち尽くす母。その瞳には光など無い。ただ黒い渦がとぐろを巻いているだけだ。だが、驚くことにレミスは口を開いた


 「なた…………あなた………!」


 「――――っ!」


 「れ、レミス!」


 「して………ころ、して……!」


 駆け寄ろうとしたが、その言葉を聞いて彼は足を止めた。「殺して」、再開の言葉がそれだった。会いたかった、助けて欲しい、嬉しい、ではなく自分の死を望む言葉だった。


 「何を………ここは危ない、だから早く―――」


 「お願い…………早く………その、剣で………!」


 何かに抗うかのように苦しい言葉を絞り出す。その声は酷く掠れ、死にが近いように感じられた。

 レミスはジュラルが腰に帯びている剣へと手を伸ばす。それを見た彼は咄嗟にその手を弾き返す。


 「早く………おねが………」


 そう言うとレミスはジュラルの首元に手を伸ばした。先程とは打って代わり、攻撃的になったことにジュラルは反応する間もなくそれを受け入れてしまった。


 「っがぁ………?!」


 「―――」


 「なんで………ちが、う……だろ」


 力こほ死に至らしめる程でない。しかし、呼吸を止め意識を消失させるには十分の力である。その力は少しずつ強くなり彼の口からはヨダレが垂れ、焦点がブレていく。


 意識を失う―――その時、彼の首から手が離れた。


 「ゲホッゲホ!」


 「お願い…………早く…………これ以上は、む、り………」


 「できるわけが、ねぇだろ!」


 「手遅れ、なのよ………もう、意識を保つのがげん、かい」


 「解決策が……解決法があるはずだ、だからその辛抱だだから……な?」


 「むり、よ………もう直に死ぬの………でも、この体はしはい、されてる………だから、人を殺めてしまう」


 「ダメだ………そんなの許せない………だったら俺も――」


 「あなたには騎士団が…………私には―――」


 そう言って彼女は自分の隣にいる小さな赤子の手を握った。まだ自分で歩くことも出来ない年頃、まだ何も知らない無垢の赤子。


 「この子を、一人で………なんて、無理です………なので私が……共に………あなたは騎士団のみ、んなを………」


 「ダメだ………やめてくれ」


 「お願い、最後の頼み、なの」


 そう言ってジュラルを見つめた。無論彼女の瞳には光なんてものは無い。あるのはただの漆黒。


 だが、彼の前には黄蘗きはだの光を放っていたレミスがいた。涙を流していないはずなのに、流しているようにもみえた。記憶にいたのではない、その場にいたのだ。


 彼はゆっくりと柄を握った。視界は未だに安定していない。酸欠でもあったが、目に水が溜まっていた。手が震えていたこともあり、ガチャガチャと剣が揺れていた。


 「はぁっ………はぁっ………」


 「それで………良いんです」


 ジュラルは立ち上がった。もう何も言わずに剣を大きく振り上げた。一太刀で、一回でやらなければならない。苦しませずに、楽に逝かせる。そうでなくば自分が持たない。そう思ったのだ。




 キラキラと鋼が輝き、ブレた――――


 「―――――――ぁぁぁぁぁぁあ!!!」


 力を失った彼女たちの体は糸が切れた操り人形のように倒れた。

 生温い血液がジュラルに跳ね返った。

 一振で彼は二人を斬った。妻と子ども、両方。長年の稽古がここで生きた。予想だにしていないことで………使いたくもないところで――――


 「ふ、ふふふふ………ふはははは…………あははははは!!

 あははははははははははは!! あっはははははははは!!! ふふふふふふふふ!!!!

 あははははあははははははははははははは!!!!!」


 彼はその場に立ち尽くした。

 そして、そのまましばらく正気を失った。



  ◇ ◇ ◇



 数分後、彼は連れてきた部下によって支えられ、その場を後にした。


 「はぁ………うぁぁぁあ!! ぁぁぁ!!」


 数時間絶叫した後、やや落ち着きを取り戻し、言葉に耳を傾けるようになったのを確認した部下はジュラルに語りかける。


 「ジュラル、さん………」


 「うっ………ぐっ………なん、だ!」


 「ただ今、報告が………西の村で……団長が、団長たちが――――」


 「はぁ………? お前、もう一回言ってみろ……もう一回言えつってんだよ!!」


 「団長が、団長たちが……………全滅、しました………」


 「俺の………俺のせいだ…………全てはあそこから、ヒューズの言う通りにしていたら、こうはならなかった……!」


 彼は何度も絶叫し、後悔した。血が滲むほど声を出し、数時間前の出来事に思いを馳せた。だが、いくら嘆こうが後悔しようがあの時には戻ることが出来ない。

 もうあれは「起きたこと」として歴史に刻まれたのだ。


 今日一日で、たった数時間で弟子を失い、家族を手にかけ、憧れの人を失った。自身の選択がこの結果を招いた。


 「やったのは、正理、機関です………ぐっ………うぅっ……」


 「決して赦さぬ……俺の人生を、奪ったやつは絶対に……! ぶち殺す!」


 大きな過ちを犯した彼はこの先の人生をどうするか決めた。騎士なんて知ったことでは無い。やや人道に外れていても。自身の人生を壊した者たちを永久とこしえに殴り続ける、と…………。



 


 

 

 


 


 

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