第十一話 いざ王宮へ
「そういえば、皇女がいるということは皇子もいる感じ?」
「そうだね、ミユさまのご兄弟、ご姉妹はもちろんいらっしゃるよ。だから粗相のないようにね」
皇女がいれば皇子がいる。当然のように聞こえるが、シュラーゲル王国では一時期、後継者に悩まされていた。それによって存亡の危機にまで瀕した。
そこから外戚の子を皇位につけ、なんとか存続させることができた。
「そうだ、付き添いをしてもらう前にトウマには着替えてもらうよ」
そう言われたトウマは自分の服装を確認する。確かに彼は明らかに周囲と比べてやや浮いている。この世界に似つかわしくない真っ白なジャージに真っ黒なウインドパンツ。白と黒しかないメジャーな格好だ。
それは恐らくこの世界ではファッションセンスが無いと言われる服装だ。
「僕は悪くないと思うんだけど、いかんせん王宮に入るとなると色々とまずいからね」
「作法とか?」
「それもそうだけど、王宮では正装での入室が義務付けられているんだ。めんどくさいかもしれないけど、正装になってもらうよ」
「えぇー、トーマはそのままの方がカッコいいー!」
「ダメですよミユさま。これは決まりなので、トウマだけが特別、というわけにはいかないのです」
「まぁ、だよな。それは仕方ない」
しかし、なおもミユはトウマの袖を引っ張りつつ「トーマはそのまま」と言っていたが、ヘルメスの言う通り自分だけ特別というわけにはいかない。
それに、彼はまだ日が浅い。やってきて間もない人間が特別視なんてみんなの怒りを集めてしまう。
「というかヘルメスのその服は正装、なのか?」
「あぁもちろん。これは僕の地位を表すものなんだ」
「ヘルメスはこの国でミユの次にえらいんだよー」
「えっ……そんなに身分高いの?」
それを聞いたトウマは足を止めた。今、自分以外の三名はこの国でもかなりの高貴な人たちであると気がついたからだ。
皇女のミユ、それに次ぐヘルメス、ミユに仕えるジュラル。
ようやく彼は自分が共にいる人たちがすごい者たちであると気がついた。
「遠慮しないでくれ。身分なんて関係ないからね」
「そーそー! トーマは気にしなくてだいじょーぶ!」
「………そ、そうか」
そんな話をしていると、横に広い大きな階段が見えて来た。自然の岩を利用しているのか柄や色は濃いねずみ色のままだった。
そこを登りきれば真っ黒なロートアイアンの門が見える。さらに、その先にも王宮らしきものが見えるものの、高低差がありすぎてトウマは視認できなかった。
ヘルメスとミユは当然のように階段を登っていくが、トウマはその場に止まってしまった。
「やっぱり規格外………」
そんなことを呟いていると、トウマが圧倒されていることに気がついたミユはトウマに自慢するかのように言った。
「すごーく大きいでしょ! ここがミユと、
その言葉にトウマは驚いた。これからここが自分の家……そんなことを微塵も想像できなかったからだ。王宮に住まうなど、夢のまた夢だったからだ。
「ほらー、行こ!」
ミユが登った階段を降り、いまだに言葉に詰まっているトウマの手を引っ張る。そして、ヘルメスの待つ段へと登る。
「設備の案内はしてくれるから大丈夫だ。気にしなくて良いよ」
「お、おう……」
「ふんふーん♪」
そうして登れば登るほど門の大きさ、敷地の広さにまたしても心を奪われる。そして、ついに登り切った。振り返ればいかに自分が高所にいるか分かる。
塔に上がったように周囲の景色ははっきりと見え、その高さは今にも天に届きそうだ。
内に広がる建物。いや、王宮の外見は教科書でしか見たことがないがヴェルサイユ宮殿を彷彿とさせるものだった。単一色で彩られたのではなく、カラフルに目の保養をさせてくれる。
その建物の前に広がっているのは花園。大きな円形の噴水を核とし、その周囲には赤やら水色、黄色などの花がたくさん。
「ここが王宮だ。上がるのは大変だけど、ほんとうにいい景色だよ」
トウマは分かっていた。これは―――この景色はこの世界にやって来なければ見ることができなかったと。
人が点のように見え、それが小さく動いている。それを取り巻くのは無数の建造物。その最果てにあるのは城壁。青く澄み渡った空の下で人間が積み上げたものがよく見える場所、それが王宮―――
「さぁ、入ろうか」
漆黒のロートアイアンの門のサイドには番兵は配置されていなかった。トウマが国門を潜る際には兵士に呼び止められたのだ。
大丈夫だろうか。実は門の後ろに隠れていて、異世界転生者排除法だ、とか言ってボコボコにされるんじゃないか?
そんな考えが頭をよぎっていた。
ゴクリと固唾を飲み、ヘルメスとミユの後に続くトウマ。
「よっと」
軽い掛け声とともにギィと門が開いた。ヘルメスとミユはその先へと入る。トウマはやはり躊躇していた。苦悶の表情を浮かべ、足を踏み出せずにいた。
それを見たヘルメスが声をかけようとしたがミユが先に動いた。
テッテッテという音を鳴らしながら、笑顔でトウマの手を取る。
「だいじょぶ! トーマにはミユがいるよ!」
ねっ? なんて言いながら彼女の薄マリン色の瞳が三日月になり、頬が緩んでいた。
彼女がトウマの手を握り一気に駆け出し、敷地内へと入った。
何も起こらなかった――――
「先ほど少し嫌な経験をしたからね。警戒するのは無理もない。安心してくれ。拒まれる、ということはないよ。これから、君はこの王宮を自由に入ることができるからね」
ヘルメスがそう言った。自由に立ち入ることができる、という言葉が耳に入ったトウマは安堵した。
「トーマにこーげきするやつはミユがバーっとやっつけちゃうから安心してー!」
ミユもそう言う。その言葉にトウマは口角が自然と上がった。
「さて、じゃあ行こうか」
と、ヘルメスが動いた直後だった―――
「うっ………ぐぉ………」
悶絶するかのような声が三人の耳へと入ってきた。
「――――っ!」
それは、ヘルメスの脇に抱えられているジュラルの声。数時間、意識を失っていた彼はようやく戻って来たのだ。
「―――?! ここは」
「ジュラル殿、王宮です。もう、終わりました」
「ヘルメス……! なぜだ、なぜ止めた!」
ヘルメスから離れ、いまだにおぼつかない足で立ち上がる。菜の花のような瞳を光らせ、眉間にシワを寄せていた。
「ジュラル殿、あれ以上やったとてもう意味がありません。もう死んでいたんです」
「死んでいたのは百も承知だ! だが、許されるものではないのだぞ!」
「それはもちろん知っています。あの者は長きに渡って人々を苦しめました。
しかし、生者は死者に干渉できません。遺体を殴ったとしても、もう響かないんです。だからといって死んだから許されるわけではない。あの者は死してなお許されていません」
「―――ヘルメス!」
「ジュラル!」
敬語をやめ、感情を露わにしたヘルメスの怒号が響き渡る。それを見たジュラルは口をつぐんだ。
「あなたの因縁はあそこで無くなりました。もう十分です。あの場にいた皆があなたの姿を見てます。それは僕たちもです、理解してます。だからこそ、断たなければならないのです」
「………くっ」
「ジュラル殿、頭を冷やしてください。僕たちは先に行っています」
そう言ってヘルメスは入って行った。その後に俺たちも続く。しかし、ジュラルは門の前で立ち止まったまま動かなかった。
トウマはそれをよそにヘルメスに聞く。
「どうしてあんな風に固執してるんですか?」
「あまり詳しくは言えないけど、彼は生涯に渡ってアメルにいや、正理機関『ヒュドラ=エン』に苦しめられていたんだ」
トウマは納得した。彼はまだ二十年も生きていないが、ジュラルはおそらくもう定年退職をする歳である。そんな彼が生涯を捧げて復讐を誓った者が現れた。
さればとうなるか。言葉にせずとも容易に頭に浮かぶことだ。
「なるほど………」
「だが大事なのはその後だ。切れた縁に固執し続けるのか、前を向くのか。おそらく彼も迷っている」
トウマは振り返った。いまだに立ち尽くし、ジュラルは何かを考えているかのようだった。
「すまないが、少し彼に時間を与えてほしい」
「分かった」
三人はトウマの着替えを行うべく、更衣室を目指して行った。
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