魔王様のやり直し〜元魔王が転生先の日本にて、人生を1からやり直すって本当ですか?〜

NEET駅前

プロローグ 転生。そして、元魔王、日本に降り立つ。

 ここは、かつて水の神アクエリオンが創造したと言われる水の国、“アクアリアン”……つい数分ほど前までここは、水に囲まれる神秘的な雰囲気と幻想的な光景に包まれていたのだが……今では、魔王軍の幹部により国全体が真っ赤な火の海へと変わり果てていた。


「に、にげろぉおぉっ!!」

「きゃあぁあぁぁあぁっ!!」

「うわぁぁあぁ! や、やだよ! こんな所で死にたくなっ……」


 逃げ惑う民目掛けて、次々と燃え盛っては襲いかかる紅蓮色の火焔。


 やがて、しだいにその火焔が広まっては逃げ惑う民の多くを焼き殺していく。


 そんな。燃え盛る炎に多くの民が焼き殺される中、1人の男だけは口角を上げながら高らかに笑った。


「ハッハッハッハッ……! 人間どもよ、恨むのなら、己らの無謀なその信念を恨むがいい。キルギア様に歯向かうとはそれが一体何を意味するのかを、炎の中で、いましがた改めて考え直すがいい」


 男はその言葉を残すと、その場から飛び去っていった。


 “魔王キルギア”とは歴史上最強の悪魔であり、その性格は非常に冷徹で、とても残忍な性格をしていると言われている。


 彼の決めたことに対して反対する者、または、彼に歯向かう者は例外なく、敵味方関係無しに皆殺しを命ずるそうだ。


 ♢


 場面が変わって、ここは世界政府最高戦力のアジト。モニター室。


「司令! だ、だめです! ここは、もうこれ以上もちません!」


 隊服を身にまとっている眼鏡をかけた若い隊員の声が司令室中に響いた。


「……おいおい嘘だろ。ウチの城壁が破壊されるなんて。そ、そんなことありえないって……」

「は、はやく! こ、ここから逃げないとっ!」

「おいっ! い、急ぐんだっ!」


 その若い隊員に不安感を煽られ、多くの隊員が悲鳴をあげるとともに、脱出しようと考えているのだろうが、皆パニックになって思考が上手く回っていないからなのか、辺りを駆け回るだけで、誰1人としてモニター室から出る者はいなかった。


 ことの発展は、このアジトを守っていた外周3キロにも渡る、厚さ30センチの巨大な防御壁が何者かによって、突如破壊されたからである。


 その何者かとは、世界政府に喧嘩を売った魔王キルギアにつく四天王の1人――“魔人ダークネス”によるものだった。


 ダークネスの出現に慌てふためく、隊員達。


 すると――1人の体格の良い老人がゆっくりと立ち上がる。


 彼の羽織っている隊服の胸の辺りには、これでもかと言えるほど多くの勲章が所狭しに縫い付けられていた。彼こそ、ここの館内の責任者でもある、オブゲイラ司令である。


「……皆んな。ここは、一旦落ち着くのだ」


 彼がそう言うと、先ほどまで騒がしかった、モニター室に再び静寂が戻ってくる。


 彼は辺りを見回すと、ゆっくりと言葉を続ける。


「……現状、ここが危ういのは確かだ。しかし、まだだ……まだ、逃げると判断するにはまだ早過ぎる。それにここには最高戦力でもある勇者方がいるのではないか?」


 オブゲイラ司令の言葉で、下がっていた隊員達の士気が一気に上昇した。


「そ、そうですよ! まだ、終わったわけではないですし、何より、勇者方がいるんですから、まだ諦めるには早すぎますよね!」

「司令の言う通りですよ! 私達にも何か出来ることがあるかもしれない!」

「よっしゃ! モニター繋げます! これ以上、キルギアの好きにさせてたまるかってんだ!」


 オブゲイラ司令の言うように、ここは“世界政府最高戦力”が集っているアジト。その為ここには、数多の優秀な勇者が何人も配属されているのだ。ここの城壁が壊されたと言っても、勇者方が今頃必ず鎮圧してくれているはず。


 そう、誰もが思っていた最中だった……。


 ビー、ビー……ッ!


 突然、危機的状況を知らせる警報音がモニター室に慌ただしく鳴り響くと同時に、巨大スクリーンの映像が砂嵐になる。


 それまで、静寂と士気を取り戻していた隊員達だったが、警報音を耳にした途端、隊員達は再び慌てふためきだし、いよいよパニックに陥りだし始めた。


 危機的状況――つまりそれは、勇者達の敗北を意味していたのだ。


「……くっ! やむを得ぬか……全隊員に告ぐ! 全員、直ちにここから撤退せよっ!」


 その後、世界政府最高戦力のアジトは3日もしない間にキルギアの手中に納められることとなるのだった。


 ♢


 それから、時が流れること数100年。


 ……キィンッ!……キィンッ!


 城内で激しく剣技を交える魔王キルギアと1人の女勇者。剣の腕前は女勇者の方が1枚も2枚も上手のようだ。


「ハアァァアっ!」


「……チィッ! ならば。これなら、どうだっ! 火焔の雄叫びバースト・フレディア!」


 剣の腕前では分が悪いと判断したキルギアは、剣を捨て、自分の得意とする魔法攻撃でのアプローチに変更した。しかし。キルギアの最も得意とする火焔魔法でさえも、女勇者には傷の1つもつけることが出来ないでいた。


「……クソッ! よりにもよって、俺の力が弱まる時と城内が手薄の時を狙ってくるとは……。おい、そこの女達よ、お前達は恥ずかしくないのか?」


 キルギアは女勇者に安い挑発を投げかけるが、女勇者は挑発にはのらず、「ふっ」と鼻で笑った。


「……恥ずかしいですって? よくそんな言葉が言えたわね? そんなの、やってること自体はアンタも同じじゃないの?」


 女勇者はそう言って、キルギアを「ギロリ」と力強く睨んだ。


 そう――この女勇者こそ数1000年に1人の逸材と言われている史上最強の勇者――その名は勇者ジェセル。実の両親や祖父母をキルギアに殺された因縁の恨みを果たすべく、5歳の頃に勇者協会に登録した後、血反吐を吐くような厳しい修行の末、数100年という長年の家族の恨みを果たすべく今こうして、キルギア討伐に名乗り出たのである。


「……はて? お前、一体、なんのことを言っているのだ? 俺はそんなことをした覚えは一度もないのだが……」


「……とぼけるなっ! キルギアっ!」


 キルギアが「はぁ〜」とため息混じりに瞼を閉じようとした瞬間。ジェセルがキルギアに向かって物凄い険悪な表情を浮かべると、神速のような速さでキルギアの喉元の位置に剣先を突き付けようとした。


 しかし。


「……キルギア様っ! 聖魔防御エルシルドっ!」


 しかし。ジェセルが繰り出した神速の一突きは魔王キルギアの側近でもある黒髪の長身悪魔――“魔元帥ハルジオン”によって防がれる。


「ハルジオン……すまない」


「いえ。私めは、この身体が尽きる最後の最後まで、キルギア様をお守り致しますっ!」


 言って――ハルジオンは、キルギアの前に仁王立ちで立つと、勇者達を睨みつける。


 キルギアもハルジオンも肩で呼吸をしている。もう、共に魔力は乏しい状態なのだろう。


 その様子を見たジェセルの仲間、赤毛の魔法使い――カミラと、緑髪の救聖者プリースト――クララが言葉を連ねた。


「今よっ! ジェセル! ハルジオン諸共、キルギアを討つのよっ! 援護は私達に任せて!」

「そうです! ジェセルさんっ! 私達が、一時的に貴方の力を倍にする加護を付与します! ですから、加護が付与されましたら、そのタイミングでアイツらを討つのです!」


 2人の声に押されるようにして、ジェセルが返事をする。


「えぇ! 分かったわ! ありがとっ! カミラっ! クララっ!」


 ジェセルは、加護付与の際にエラーとして生じる『魔帰まっき』を防ぐべく、自分の魔属性を全て同じ属性に統一する。


 魔帰とは――簡単に言うならば、それは水属性のベースに火属性の加護を付与して共に打ち消し合ってしまう属性同士を組み合わせる際に高確率で起こる、いわゆる異常現象である。


 もし仮に、魔帰が発生してしまった場合は、いわゆる、暴走と呼ばれる状態に術者はなってしまい、その際の術者の記憶は全てなくなる。


 過去にキルギアの軍勢を倒そうと命顧みずに魔帰を起こしたベテランの魔法使いが数名いたのだが、加護を付与する際に失敗して暴走してしまった結果、味方陣営10%のうちの2%も倒してしまった事例もあるほどだ。


 更に言えば、ジェセルの実力は素のキルギアとほぼ互角。しかもキルギアは、数100年前にはこのパラレルワールドの9つの世界を束ねていた世界政府の最高戦力でさえも壊滅させてしまっている相当な実力者である。その前例からいくと、間違いなく彼女の暴走は世界の崩壊をも左右させてしまうほどの、これまでにない最大の魔帰となってしまうだろう……。


 しかし。キルギアに決定的な一撃を未だに与えることが出来ていなかった彼女は、内心焦っていた。互角と言ってもそれは、力を半分失っている状態のキルギア――いわゆる、手加減をしている状態のキルギアと互角というだけであり、このままダラダラとやり合ってジリ貧に持ち込まれてしまってもし万が一、キルギアに魔力が戻ってしまえば、確実に形成を逆転されかねないと踏んでいたからだ。


 それ故に、いつもはクールで頭の切れる彼女だが、今回ばかりはカミラとクララの脳筋コンビの言う通りに動くしか他ならなかったのだ。


「こっちはいつでもいけるぞ! ジェセル!」

「援護しますよ! ジェセルさんっ!」


 覚悟を決めるのに数秒の時間を有し、ゆっくりとジェセルが瞼を開いた。幸いな事にキルギアもハルジオンも不意打ちはしてはこなかった。というより、不意打ちをするような魔力すら、もう2人には残っていなかったのだ。


「2人共っ! お願いするわっ!……ハアァァアっ!」


 2人の合図を聞いてジェセルが剣を地面に突き刺すと、そのまま魔力を練り込み始める。


「(……これで、ようやく全てが終わる。お父さん、お母さん、お爺ちゃん、おばあちゃん、皆んな……)」


「そこ静かに眠れし、雷の大精霊ゼルセウスよっ! 大いなる力を勇者ジェセルの身に纏いたまえっ!」

「そこ静かに眠れし、水の大精霊ポセイドンよっ! 大いなる力を勇者ジェセルの身に纏いたまえっ!」


 …………。


 ………


 ……


 …。


「……よしっ! いけるぞっ!」


 流石は史上最強の勇者ジェセル。最悪のシナリオのひとつでもある魔帰は、どうやら起こらなかったようだ。


「よっしゃあ! いけるぞ! ジェセルっ!」

「やりましたね! ジェセルさんっ!」


 2人はジェセルならきっとやれると信じていた。魔法使いも聖職者もどちらも知能が高くないとなることの出来ない職業だ。その彼女らが、自分達の敗北=世界の滅亡が掛かっているあの瀬戸際で、ジェセルに加護のことを言い出したのは、そう言ったジェセルに対しての信頼関係があってのものだ。


「ありがとう。2人ともっ! よしっ!……行くぞっ! キルギアぁあぁぁぁぁっ!」


 刃を構え加護を纏いながらキルギア達に突っ込んでいく勇者ジェセル。


 加護のオーラが放つ力によって、ジェセルの美しい白髪が荒々しくなびいている。


「ハアァァアァァアァア〜っ!!」


「……この身体、例え朽ちようとも……ぐわっ!」


 キルギアの前に立とうとするハルジオンを、キルギアが片手で遠くに放り投げる。


「……くっ。バカか!ハルジオン……お前ごときが俺の前に立てるわけがないだろうがよっ……あとは、任せたぞっ!」


「……キルギア様」


 ジェセルの剣先がキルギアの心臓の辺りを貫こうとした――その時だった。


「な、なんだっ!? この光はっ!?」

「キ、キルギア様っ!?」


「っく! キ、キルギアっ!!」


 何処からやってきたのか、突然、瞬きすら出来ない激しい白い光が城内を包み込んだ。


「ジェセルっ!」

「ジェセルさんっ!」


 突然の異常現象に慌てふためく2人……そして、その光が消える頃には……。


「ジェセルっ! あれ、ジェセルっ! 何処に消えたのよっ! ジェセルっ!」


 先に目を開けて目の前の信じられない光景に対して叫び続けるカミラ。後から続いて、クララも目を開けては、予想もしていなかった目の前の光景にただ、ひたすらに先輩ジェセルの名を泣き叫んだ。


「ジェセルさんっ! 返事をして下さいっ! 何処に消えたのですかっ! ジェセルさんっ!」


 しかし。消えていたのは、ジェセルだけではなく、なんと魔王キルギア並びに、魔元帥ハルジオンの2人の姿も一緒に跡形も無く消えていたのだ。


 ♢


 場面が変わり。ここは日本。とある、夜の学校にて。


「……っ!?」


 キルギアは目覚めると、辺りを見渡した。


 見たこともない真っ暗な長方形の部屋。その片隅には、ホコリを被った机や椅子が綺麗に置かれている。もうこの部屋は随分と使われていないのだろう。


 ……俺は知っている。ここは教室だ。そして、あそこに置かれているのは、机と椅子だ。これはつまりどういうことだ? 俺の隣にはハルジオンもいる……たしか、ついさっきまで俺達はあのジェセルとかいう小娘達と戦闘していたはずだよな……まぁ何にせよ。こういう時は焦らず冷静に情報収集に徹するのが1番だな。「おいっ、ハルジオン……」


 しかし。ハルジオンは、寝返りを打つだけで、一向に起きる気配はない。


「仕方ない。少し、辺りを散策するか……」


 ♢


 それからしばらくして。


「ん……んっ」


 ハルジオンが目覚めると、彼は目の前の光景に酷く怯えだしはじめる。


「こ、ここは!何処だっ!? な、何だ貴様はっ!……ほぅ。私にそんな態度を取るのか、だったら、この私が直々に消しさってくれるわっ!真紅のブラッド・……痛っ!」


「落ち着け。ハルジオン……ここではどうやら魔法は使えない。それと、あそこにあるのは、俺達の敵でもなければ味方でもない。ただの机と椅子というやつだ」


「……キ、キルギア様っ! ご無事でしたかぁ〜〜っ!!」


 ハルジオンは、キルギアの声を聞くなり安心したのか、暗闇にも関わらず一目散に飛び込んでくる。


「……わ、分かったから、一旦落ちつけよ。それより、ハルジオン……お前、なんか更にデカくなったんじゃないのか?」


「え? そ、そうでしょうか? 私からすれば、失礼ながら、逆にキルギア様の方こそ、少し小柄になられたのかと?」


「な、なんだとぉっ! 幾らハルジオンともいえど、俺の容姿を馬鹿にするのだけは許さんぞっ!」


「で、ですから。キルギア様、失礼ながらって、私はちゃんと前置きをしたじゃないですかっ! そ、それに魔法はここでは使えないんじゃなかったんですか?」


「……チィッ!」


 ハルジオンに言われ、ハッとしたキルギアは、詠唱を唱えようとしていた片腕を静かにゆっくりと降ろした。


 その時だった。


 突如、真っ暗だった教室内にうっすらと月明かりが差し込んだ。


 ……すると突然。


「き、貴様は誰だっ! キルギア様を、一体何処にやったのだ!? 答えようには消し飛ばしてくれるぞっ!」


 キルギア(?)の姿を見たハルジオンがいきり立ち、目の前にいた少年を睨みつけた。


「落ち着け。ハルジ、いや……お前、誰だっ!?」


「そ、その声は……キルギア様ですかっ!?」


「お前、まさか、ハルジオンなのか……?」


 2人はお互いの姿を見た瞬間、しばらくの間、混乱はしていたが、お互いの声音や特徴、それと悪魔しか分からない簡単な伝言ゲームを幾つかやっていくうちに、2人が本物である事にお互い認識することが出来た。


「しかし……問題は」


 少しして、キルギアが不意にそんなことを口にした。ハルジオンは頭がキレるので、キルギアが何を話そうとしているのかが分かったようだ。


「どうして、俺が小学生で、お前が大人なんだよっ! 普通、そこ可笑しくないっ!? だって、俺は魔王ですよ? なのに何で、小学生なんだよっ! 誰だよ! 俺にこんな屈辱を与えようとした奴はっ! 見つけ出して必ずぶち殺してやるからなっ!!」


「お、落ち着いてください! キルギア様っ!」


 それから、夜が明けるまで2人はそこで身を隠し、夜明けとともに、校舎をあとにするのだった。


 ♢


 to be continued……。


 本作を読んでいただき、ありがとうございました。


 続きは、『魔王。畑見さんに恋をする〜in小学校編』に続きます。


 本作を読まれて、面白いと思われましたら、いいねとレビューとコメントを頂けると、泣いて喜びます。


 今後とも、NEET駅前をよろしくお願いします。





 



 


 










 

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