第19話 副団長王手をかける

フォロワー200人超えありがとうございます!!もう一人ひとりに感謝を伝えたいくらいです。今後も平凡副団長をよろしくお願いします!!

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「っ、来た! 正面、三時方向から接敵!」


前線の一角を守っていた新米騎士が、かすかに見えた敵影に叫ぶ。立ち木の影を縫うように走り寄ってくる影。それはグレイス隊の先鋒部隊――恐らく、霧の中での視界を逆手に取った強行突破を狙ったものだ。


「落ち着け! 指示が来るまで――!」


叫ぶ声に、しかし若き兵士たちは狼狽を隠せない。霧に視界を奪われ、木々の影に紛れる敵に、誰が味方で誰が敵かすら確信が持てない状況が、恐怖を倍加させていた。


だが、その瞬間だった。


「全班、位置を維持。魔導支援班、予定通り“空間聴測”発動」


霧の向こう、後方にある観測陣地から響いたレオン副団長の落ち着いた指示。その声は魔導通信を通じて、戦場の各所にいる隊員たちの耳へと届いた。


「“空間聴測”発動します!」


魔導支援班に所属する女性術士が、すばやく杖を掲げる。周囲の空気が震え、霧が微かに揺れるように揺蕩う。


“空間聴測”――空間に生じた振動、熱源、魔力の濃淡から敵の位置を感知する、探索系の高等術式。その情報はすぐさま戦術盤に反映され、レオンの前に構築された幻影の地図に、敵の輪郭を浮かび上がらせた。


「なるほど……敵は三手に分かれて包囲狙いか。正面隊、敵を引き付けろ。側面隊は合図で左右へ回り込み、包囲網を逆に締めるぞ」


瞬時に戦術を組み立てるレオン。


だが、魔導盤に表示された敵の動きには、妙な点があった。三手に分かれたうち、一つの部隊だけが異常にゆっくり進んでいた。


「……囮か?」


彼の読み通り、グレイスは実戦での戦術的勝利よりも、レオンに“指揮官としての失態”を演出させることに重点を置いていた。ゆえに、あえて“見せる動き”を仕掛けたのだ。


だがその思惑すらも、レオンの目は逃さない。


「隊長に伝えろ。第二区域北西部の小高い丘、あそこが指揮拠点の可能性大。奇襲部隊を回せ。ルートは南側から――霧が薄い」


その一報に、戦場の風向きが変わった。


「おおっ、副団長の読みが……!」


新米騎士のひとりが、恐る恐る目を凝らすと、霧の向こうにぼんやりと姿を見せていた敵部隊が、予期せぬ側面から突如現れた味方に翻弄され、崩れていくのがわかった。


「包囲成功ッ! 敵、後退を始めました!」


「そのまま追撃するな! 戦線を維持、再度防衛線構築!」


レオンの指示は的確で無駄がなかった。追うより守る。優勢に見えても、最後まで“訓練”であることを忘れない。


それが、真の指揮官の采配というものだった。


「……すごい、本当に、あの霧の中で全部、見えてたみたいだった」


一人の若者が呟いた。


「だろう? だから言ったろ。あの人には、未来が見えてるって」


誰ともなく、そんな声が漏れる。


指揮拠点に立つレオンは、魔導盤を見つめながら、ふっと静かに笑った。


「これで前哨戦は……こちらの勝ち、だな」


その背に、勝利の風が吹いていた。


「副団長、敵部隊の動きが確認できません! このまま進めば、待ち伏せの恐れが――」


密林の中、濃霧が地表を這うように漂い、騎士たちの声が霞に吸い込まれていく。木々の間に視界は限られ、耳を澄ませても、小鳥のさえずりすら聞こえない。そんな静寂の中、緊張した声がレオンへと届いた。


だが、レオンはわずかに口元をゆるめ、落ち着いた声で返した。


「大丈夫。ここまでの進軍速度と霧の濃さ、それに敵がこちらの位置を見誤ることを前提に動いてるなら……次に動くのは“あそこ”だ」


彼が軽く顎で示した方向は、茂みに隠れた南側の斜面。そこは、地形的には迂回路でありながら、敵が強行突破を狙うには最も適した位置だった。だが、逆にいえば、そこは――


「副団長。……読みどおり、来ました! 敵の斥候部隊、南の斜面から侵入してきます!」


「よし。シリル班、配置につかせろ。支援魔導班は魔力の波動を最小にして待機、仕掛けるのは……斥候部隊の半数が斜面を超えた、その瞬間だ」


「了解ッ!」


レオンの指示は、あたかも何度も予習した戦術のように無駄がなく、兵たちはためらいなく動く。視界が悪いはずの密林でも、彼の“目”は曇ることはなかった。


――直後、空気が震えた。


密林に沈黙を破る轟音が響く。火炎罠と地形魔法が連動し、斜面を登ろうとしていた敵斥候の前後を遮断した。前進も後退もできず、混乱する敵の列に、シリル率いる迎撃班が一斉に襲いかかる。


「敵、分断完了! シリル副官が前衛突破を確認!」


「支援魔導班、予定通り第二陣の接近ルートへ幻惑魔法。主戦力には悟らせるな」


「了解!」


まるで舞台で踊るダンサーのように、レオンの指揮の下で騎士たちが動く。誰もが彼の声を信じ、命令に従い、そこに疑念など一切ない。


だがその中で、たった一人だけ。


――グレイス。


彼は遠巻きにこの一連の采配を眺めていた。彼の隊は別ルートでの侵攻を命じられていたため、直接の戦闘には加わっていない。だが、その目は鋭く、思わず苦々しげに眉をひそめる。


「……なんなんだあいつ……なぜあの短時間でここまで読める…!」


この模擬戦は、グレイスにとってレオンを貶める好機のはずだった。采配だけに絞れば、いくら実力者といえど付け入る隙があると踏んだのだ。


だが――


(まるで……戦場そのものが副団長の掌の上にあるようだ……)


言い知れぬ敗北感が、グレイスの背中をじっとりと冷やす。


そして一方――レオンは霧の中で、ほんの少しだけ空を見上げた。



「……さて。そろそろ“本命”が来る頃合いか」


次の敵部隊が動く。レオンは、すでにそれを見越していた。

 


 

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