WORLD 1-2 : 選ばれる死

 しばらくは混乱が続いた。


 誰もが出口を探して走り回り、壁を叩き、叫び、わめいた。

 だが逃げ道などどこにもなかった。


 それどころか、動揺した誰かが壁の配線を引き抜こうとして、「ピコッ」という場違いな音と共に感電して倒れた。

 ドサリと音が響く。


『ヤラレチャッタ』


『ザンキx97』


 その時点で全員が悟った。

 この部屋はゲームセンターでもアトラクションでもない。

 命が賭けられている、本物だと。


「落ち着け!」


 低い声が響いた。


 人々が振り返ると、四十代半ばくらいの中年男が立っていた。

 厚手のコートに、薄い白髪、落ち着き払った立ち居振る舞い。


「わたしは17番、ヤマギシという。こう見えても中小企業の社長だった。今となっては、別にどうでもいいが……」


 彼は周囲を一周見渡し、続けた。


「このまま無秩序でいたら、全滅だ。さっきの男がやられたのは、ゲームの失敗によって誰かが命を落とすってルールだからだろ。だとすれば――」


「ルールを整理すれば、まだ助かるってこと……?」


 誰かが問う。

 ヤマギシは頷いた。


 俺は首なし死体に目を向けた。

 もはや同じ人間とは思えない。

 背筋が寒くなった。


 自分の首元を確かめるように触ってみる。

 首はつながっていた。

 しかし、奇妙な冷たい感触が触れる。

 金属のようだ。


「首元のこれ、なんだ?」


 俺に続いて、みんな首元を確認し始めた。


「ここに爆弾がしこまれてるんだろ」

 大男が立ち上がりながら言った。


 皆んな再びパニックに陥る。


 俺も必死で首のチョーカーを指で掴むが、どうしても取れない。

 首筋に冷たい鉄の感触。


 まるで蛇に巻き付かれたような不快さだった


「無理に外すと死ぬかもしれんぞ!」


 ヤマギシの低い声が再び響いた。

 みんな、首元から指を外す。


「それぞれ、なぜここに来たのか。何をしていたのか。共通点を探すんだ。順番に話してくれ。まずは……そこの兄ちゃん」


 その視線の先にいたのが、俺だった。


「え、俺……?」


 咄嗟に戸惑ったが、逃げる理由もなかった。


「13番です。名前はカドクラ。門倉誠」


 数秒だけ黙って、それからゆっくり言葉を選んだ。


「ある日、『報酬10億円のプレイテスター募集』って広告が目に入った。どうせ詐欺だろうと思った。でも……それでも、応募してしまったんです」


「なぜだ?」


 突然の問いに面食らう。

 しばらく言葉を探した後、ゆっくり口を開く。


「俺はおもちゃ会社で働いていた。誰とも口をきかない、暗い部屋」


 俺は目をつぶり、辛い過去を思い起こした。


「コピー用紙すら支給されない。そんなおもちゃやゲームとは無縁の生活。精神も体も限界で……もう全部どうでもよくなってた。だから……」


「10億円に賭けたんだな。カドクラ」


 ヤマギシが、断定するように言った。


 俺は頷いた。


「はい。まさか、本当に連絡が来るとは思わなかったけど……『プレイは当日現地にて説明』って言われて。それで、気が付いたらここに――」


 その場にいた誰もが黙った。

 数名が、自分の胸元の番号ワッペンに視線を落とす。


「俺も似たような経緯だ。逆に違う経緯の方はいないか?」


 誰も反応しなかった。

 皆、俯いている。


 そのとき、またブラウン管がノイズ音を鳴らした。

 画面に表示される文字列。


『* NEXT PLAYER SELECT 』


 誰かが、次にプレイしなければならない。


 全員の視線が、再び中央のコントローラーに集まる。


「で……」


 ヤマギシが、低く言った。


「次は……誰がやる?」

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