勇者祭5 魔の国編

牧野三河

第一章 港町ジョアル

第1話 魔の国


 魔の国―――


 この世界で最大最古の国にして、最強の王が治める魔族の国!

 歴史は古く、万年を軽く超える!


 100年に及ぶ人族の国との戦から、既に300年。

 世界には魔族が広まりつつあった・・・

 偏見は未だ残っているものの、魔族は世界で暮らしている。


 『魔族』とは!


 元々は、人族が人族ならざる種族を呼んだ蔑称であったが、魔族側は特に気にする風でもなく『魔の国の出の人は魔族なんだ』くらいにとらえているので、その呼び名が定着しているのである。

 勿論、魔王も『魔族の王』、即ち蔑称であったが・・・


『ま、世界の多くが我をそう呼ぶのであれば、呼び名を変える事もあるまいて』


 魔王はそう言って笑ったのだ。

 実の所、


『格好良いし強そうだね。人族って、二つ名のセンス良いよね』


 ・・・的な事を、本人が喜んで語ったのは、知る人ぞ知る秘密である。

 王がその調子なので、魔族全体も『魔族』を蔑称とは捉えていないのである・・・



----------



「と、こんなわけです!」


「はあー! 面白いですねえ!」


 と、声を上げたのは、この物語の主役、マサヒデ=トミヤス。

 トミヤス流の開祖、剣聖カゲミツ=トミヤスの息子。トミヤス流の高弟でもある。


「そう、だったんですか・・・? 魔王様という呼び名は・・・」


 驚いた顔をしつつ、鍼を打うたれているのは、アルマダ=ハワード。

 マサヒデと同じくトミヤス流の高弟で、マサヒデと並びトミヤス道場の双璧と言われる、日輪国ハワード公爵家の三男坊である。

 これを放って置く女は居ないという顔をしているが、本人は剣術一直線で、浮いた話は皆無である。が、本人もそれは自覚しているので、立ち回りには容姿を使う事もある。


「あまり人の国だと教えてないかもしれませんね。実は蔑称でした、とか知れて、また差別云々で抗議運動とかされても、魔族全体は何とも思ってないんですから、迷惑なだけですし」


「なるほど・・・」


 魔族と魔王の秘密を語る、この銀髪で赤い瞳の少女は、マサヒデの第二夫人であり、魔の国で1、2の貴族のレイシクラン家の令嬢である。

 まだ両親から正式な許しは得ていないので、自称第二夫人。即ち婚約の状態であるが、既に家からは旅に使うようにと豪華客船を送られても来ているので、両親の返事は分かっている。


 ちなみに『レイシクラン』とは家の名でもあるが、種族の名でもある。

 この種族は長命であり、どれもが大きな魔力を持ち、クレールも死霊術を得意とする魔術師である。現在は道術に陰陽術も勉強中。


 また、魔族の中では肉体的にはひ弱な種族で、人族と大して変わらない程度であるが、種族特有の変わった力を持つ。


 姿を完全に消す。

 魔力も翼も使わず、空を飛べる。

 鉄棒も曲げられる程の剛力を出す。

 動物の声や感情を理解出来る、等々・・・

 そして、その特殊な能力との引き換えと言うべきか、食べる時は恐ろしく食べる。体重以上に食べるのだ。

 もうひとつ・・・大貴族なので、彼女には常に護衛の忍がついている。

 今、このレストランにも、姿を消してこっそりと立っている。


「ハワード様、頭を動かさず」


「はい」


「足の先に痺れが来たら教えて下さい」


 そう言って、アルマダの頭に深々と鍼を突き刺していく女は、マサヒデの家臣にして、日輪国情報省所属の忍、カオル=サダマキ。

 金髪碧眼の女侍の格好をしているが、これも仮の姿。名も仮の名。実名はない。

 普段から変装をしているので、マサヒデ以外、その素顔も性別も知らない。


「では行きます」


「お願いします」


 すー・・・


「うわあっ! きっつ!」


 頭に鍼を突き立てられるのを見て、声を上げたガタイの良い娘はシズク。鬼族。

 小さな角と、青黒い肌。絵物語のように牙は生えてはいない。あれは創作である。

 だが、頑健で剛力無双は本物で、毒もほとんど効かないのである。


 この種族の最も不思議な事は、恐ろしい体重があるのに、何故か床が抜けない事。

 そして、シズクが得物として持っているのも、7尺もある鉄の棒なのに、置いても床が抜けなくなる事・・・

 マサヒデ達が持ち上げようとした事があるが、動きもしない程に重い。

 なのに、床に置いても平気なのだ。


「ああ、足に来ました。頭痛が消えましたよ!」


「では抜きます」


 す、とカオルが鍼を抜くと、アルマダが爽やかな笑顔で、


「いつもありがとうございます」


「いえ。また頭痛がきたらお呼び下さい」


「カオルさん、今のツボは」


「通天と言います。大体、正中線から1寸5分。個人差があるので、おおよそです」


「はい」


 さらさらとメモを取る大きな女は、ラディスラヴァ=ホルニコヴァ。

 呼びづらい名前なので、皆からはラディと呼ばれる。


 鍛冶屋に産まれた治癒師。

 大魔術師も舌を巻くほどの治癒魔術を使うが、最も得意なのは刀剣の目利きである。


 尚、治癒魔術以外は初心者同然なので、鉄砲を与えられている。

 とある目的の為、クレールに師事して死霊術を勉強中。

 そして今は医療の一環としてツボも勉強中。


「ツボを刺激する際に大事なのは、ただそこを真っ直ぐ突けば良い訳ではなく、角度や強さ、深さなどがありまして」


「はい」


「同じツボでも、効果はいくつかありまして、このツボの他の効果は、鼻の疾患。鼻詰まりなど。あとは抜け毛対策にも。頭痛を治める効果の場合は深く、優しく」


「深く打つのに、優しくですか」


「神経を直に刺激するわけですから、加減が非常に難しいのです」


「なるほど・・・頭にあるツボですから・・・」


「ラディよ。勉強熱心なのは良い事だが、お前はまず銃の扱いと、死霊術に専念すべきではないのか」


 溜め息をついてラディに声を掛けたのは、イザベル=エッセン=ファッテンベルク。

 魔の国でも数少なくなった狼族の貴族の娘で、元軍人。


 ファッテンベルク家は軍人家系で、父は魔王軍騎馬遊撃隊の大将である。

 世界の貴族の中でも武の貴族の頂点とも言われる家でもあり、そしてその領地収入は肩書に遥かに劣り、貧乏貴族としても高名な家である。

 騎馬技術は家で叩き込まれたが、歩兵隊の特殊部隊に入隊させられて鍛えられた。


 結果、軍にうんざりして、武人になると家を飛び出て勇者祭に参加したが、マサヒデに一太刀で負けてしまい、以来、マサヒデの押し掛け家臣になってしまった。

 これは勝負に負けたからとか、恋愛感情などではなく、狼族の本能でマサヒデを主として認めてしまったゆえである。


 勝手に家臣にしてくれと来たので、マサヒデから給金は出ていない。

 しかもマサヒデの父、剣聖カゲミツから得物として上物の長剣を借りている為、借金はかさむばかりである。


「治療すると言うので、ついでにと」


「ならば良い」


 元軍人という事もあり、ラディに銃の扱いを叩き込んでいるのも、イザベルである。

 マサヒデ一行に鉄砲の達者はイザベルだけなのだ。


 そして・・・


「ここまでは拮抗していると思えるがの」


「ふうむ」


 別のテーブルで、アルマダお付きの騎士4人と将棋の感想戦を行っている、一見脳筋で頭を使う、という事を考えられない男が、トモヤ=マツイ。マサヒデと同じ村の出の幼馴染で、将棋の達者である。

 ただ勢いだけで、マサヒデを生死不問の勇者祭に誘った張本人でもある。


「ここでワシの手。これがまずかった・・・」

「ふうむ・・・」「む・・・」「・・・」「はて・・・」


 難しい顔で将棋盤を穴が空くほどに見つめるアルマダの騎士4人。

 元は冒険者や傭兵稼業をしていた、歴戦の者。

 剣こそマサヒデ達に劣りはするが、馬上の戦いでは一級である。


 そこに給仕がやって来た。


「皆様、そろそろご準備を。明日の昼前には到着との事です」


「む、左様か」


 トモヤが将棋盤から顔を上げて、マサヒデ達の方を見ると、マサヒデ達も立ち上がって、うきうきとレストランを出て行く。


「うむ、皆様、お相手ありがとうございまする」


「何、では、我らも準備に掛かりますか」


 そう言って、トモヤと騎士達もレストランを出て行った。



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 そして翌日。

 マサヒデ達は魔の国が待ち切れず、甲板に並んで今や遅しと目を細め、もう見えている陸地を首を伸ばして眺めていた。


「ご主人様。見えて参りました。あれが魔の国の西の最大の貿易港、ジョアルです」


 カオルが指差す方に、小さく建造物が見える。


「あれがあ! へーえ・・・」


「大きな港町ですが、あまり闇討ちに恐れる事はないかと」


「何故です」


 ふふ、とカオルが笑った。

 クレール、イザベルの魔族組も笑った。


「行けば分かりますよ! ねー! イザベルさん!」


「ふふふ。はい。マサヒデ様、ジョアル市をお楽しみ下さい」


 が、同じ魔族のシズクは首を傾げた。


「私、行ったことない。どんな町?」


「ええっ!?」「何!?」


 クレールもイザベルも大仰に驚いた。


「シズクさんは行った事ないんですか!?」


「ないよ」


「旅に出て、ジョアルに行った事ないんですか!?」


「ないよ。里出て、すぐ東に行って、海沿いに北に歩いたから」


「あらあ・・・」


 クレールとイザベルが顔を見合わせ、にやりと笑った。


「楽しめますよ!」

「そうだぞ! シズク殿!」

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