第一章 隣国から来た王女の記者会見④

「その……っ」

 アルリードの反応に焦る。

 ゴーディン新聞社の名前に反応したということは、彼はゴーディン新聞社がラナジュリアについてどんな記事を載せているのか、把握しているに違いない。

 思わず言いよどんだミレニエをたたき斬るように、アルリードがきっぱりと告げる。

「ゴーディン新聞社などに、ラナジュリア様の取材をさせるつもりはない。きみが記者であろうとなかろうと──」

「待ってくださいっ! 記事のためにどうしてもラナジュリア殿下に確認したいことがあるんですっ!」

 このままでは追い払われてしまうと、鉄格子の隙間に手を差し入れ青年の腕に取りすがる。

「私は王女殿下をおとしめたいわけではないんです! ただ、殿下が考えてらっしゃることが私の推測通りなら、それを世間に広く知らせたいと──」

「口では何とでも言えるだろう?」

 骨ばった長い指先が、問答無用でそでつかむミレニエの手をほどく。

近衛このえ騎士として、身元も知れん輩をラナジュリア様に近づけるわけにはいかないからな」

「ま、待って──」

 ぐい、と門扉越しに後ろに追いやられそうになり、ミレニエはあわててふたたび取り縋ろうとする。だが。

「マルラード王国の女は国へ帰れーっ!」

「ふしだら王女なんかふさわしくないぞーっ!」

 子ども特有の高い声が響き、ミレニエは驚いて振り向いた。

 門から少し離れたところでひとかたまりになって声を上げているのは、先ほど侯爵邸に来る時に見かけた子ども達だ。どうしてここに、と驚いている暇はなかった。

「ブリンディル王国を狙う女狐をやっつけろー!」

 一番年上の子どもが叫んだのを合図に、子ども達がいっせいに右腕を振りかぶる。その手に握られているのは石ころだ。

 何をする気かと凍りついたミレニエの耳に、がしゃんと門扉が開く音が届く。

「いけーっ!」

「やっつけろー!」

 子ども達が口々に叫んで石を放ったのと、ぐいっと腕を引かれたのが同時だった。

「ひゃ……っ!?」

 飛んでくるつぶてにとっさに動けないミレニエの視界が、不意に青い布地に阻まれる。ミレニエを背にかばって立ちふさがったアルリードが、飛んできた石を手のひらで受け止めていた。見当違いの方向に飛んだ石が、門扉に当たって大きな音を響かせる。

「お前ら! いったいここをどなたのお屋敷だと……っ!」

 門番の怒声に、次の石ころを投げようとしていた子ども達の動きが止まる。

 その時にはミレニエは腕を摑んだ青年に門扉の中に引きずり込まれていた。

「逃げろーっ!」

 子ども達が蜘蛛くもの子を散らしたように駆け出す。

「待て!」

 とっさに追いかけようとした門番をアルリードが止める。

「放っておいていい。子どもでは、捕まえてもろくな罪に問えないだろう。もしかしたら陽動の可能性もある」

 最後の言葉は、ミレニエを見下ろして睨みつけながら放たれる。いわれのない疑惑にミレニエは思わず反発した。

「いたいけな子どもを利用したりするわけがないでしょう!? あんなこと、何があろうとさせないわ!」

 貴族の屋敷に石を投げるという大胆極まりない行動とは裏腹に、子ども達の言葉にはさほど熱がこもっていなかった。

 おそらく、先ほど子ども達と一緒にいた男に、言う内容を指示されていただけなのだろう。もし捕まったらどんな罰を受けるか、それすらわかっていないのではなかろうか。

 自分の手を汚さずに、子ども達を使うなんて、腹が立って仕方がない。

「万が一陽動を狙ったとしても、何の罪もない子ども達を巻き込むようなことなんて絶対しません! 第一、もし私が犯人なら、あなたがいる時にするわけがないでしょう!?」

 まだミレニエの腕を摑んだままのアルリードを睨み上げ、憤然と言い返してから、こんなけんか腰では追い出されるのではないかとする。

 だが、アルリードから返ってきたのはあきらめたような吐息だった。

「不可抗力とはいえ、入れてしまったからには仕方がない。記者会見が行われる広間に連れていってやる。だが、ゴーディン新聞社の記者がきみを知らないと言ったら、今度こそ尋問するぞ」

「尋問でも何でもしていただいてかまいません。私がゴーディン新聞社の記者であることは間違いありませんから」

 眼鏡の奥の珈琲色の瞳を見返し、勝気に告げると、アルリードの眉根がさらに寄る。

「こちらだ」

 ようやくミレニエの腕を放したアルリードがきびすを返して歩き出す。女性の歩調など無視した早足に、ミレニエは肩にかけたかばんを担ぎ直し、あわててついていく。

 玄関に入ってほっとしたところで、ミレニエはまだ助けてもらった礼を言っていないことにようやく気づいた。

「その、先ほどは助けていただいてありがとうございました」

 最初からミレニエを疑ってかかっているアルリードの態度は腹立たしいが、だからといって礼を失することはしたくない。スカートをつまみ、淑女らしく深々と頭を下げると、淡々とした声が降ってきた。

「礼など不要だ。きみの身分が明らかでない以上、ラナジュリア様が遠因で怪我人が出れば、体面に傷をつけかねないからな。そのために庇っただけだ」

 淡々とした声音とは裏腹に、言葉からはラナジュリアへの深い忠誠心がうかがえる。

 ただでさえブリンディル王国内であまり評判のよくないラナジュリアに、これ以上のを増やしたくないのだろう。

 ミレニエの感謝の言葉に心動かされた様子もなく、アルリードがふたたび歩き出す。

 記者会見の場は、屋敷の玄関からほど近い広間だった。ふだんは舞踏会の会場として使われる部屋だろう。いまはろうそくの立てられていないシャンデリアの下に椅子が並べられ、三十人近い記者が腰かけていた。もちろん、全員が男性だ。

 壁際には青年とほぼ同じデザインのマルラード王国の騎士服をまとい、腰に剣をいた騎士達が物々しい様子で控えていた。もともとの部屋が広いせいで、記者達全員を収容しても、広間の半分も使えていない。

 まだラナジュリアが姿を現していないところを見るに、なんとか間に合ったらしい。

 アルリードに連れられて広間に入った途端、遅れてやってきたミレニエに部屋にいる者全員の好奇の視線が突き刺さる。一番大きく反応したのは、最後尾の椅子のひとつに座っていたメイソンだ。

「ルーフェル!? どうしてここに……!?」

「私もラナジュリア殿下の取材をさせてくださいと編集長に頼み込んで、許可をいただいたんです。メイソンさん、私が間違いなくゴーディン新聞社の記者だとこの方に伝えていただけませんか?」

 にっこりと先輩記者に微笑んで応じたミレニエは、次いでまだ警戒している様子のアルリードを振り返る。不思議そうな顔をしながらもメイソンがうなずいた。

「ああ。ルーフェルは我が社の記者で間違いないが……。おい、ルーフェル。何かめ事を起こしたんじゃないだろうな?」

「とんでもないです。この方が、私を記者だとなかなか信じてくれなかっただけです」

 うそぶいたミレニエは勝ち誇るようにアルリードを見上げて胸を張る。

「どうですか? これで私がゴーディン新聞社の記者だと認めてもらえます?」

「……確かに、ゴーディン新聞社の所属であることは間違いないようだな」

 淡々と告げるその声からは、疑っていたミレニエがれっきとした記者であることにあんしているのか、己の見込みが外れたことを忌々しく思っているのか、判断がつかない。

 むしろ、ミレニエの言葉に驚きや好奇の声をらしたのは周りの記者達だった。

「女のくせに記者なのか……!?」

「でっちあげの非難も辞さない記事で売り上げを伸ばしているゴーディン新聞社らしいな。どうせ話題性目当てのお飾りだろ」

「女なんかじゃ、ろくな記事も書けないさ」

 あざけりに満ちたささやきに、ミレニエは言い返したい気持ちを唇をんでこらえる。

 せっかく会場に入れたというのに、ここで他社の記者と騒ぎを起こしたら、今度こそたたき出されるに違いない。

「ルーフェル、ひとまずここに」

 メイソンが自分の隣の空いている席を示したところで、会場の前方にいた若い騎士から「静粛に!」と厳しい声が上がった。アルリードと同じ立派な衣装を纏う騎士ににらみつけられ、ミレニエはあわてて椅子に座る。

 ミレニエの様子を見届けたアルリードが壁際に下がり、他の騎士達と同じように控える。他の騎士と並んだことで、ミレニエはアルリードが近衛このえ騎士達の中でも高位の騎士らしいと気がついた。

 衣装のしゆうや飾りが、他の騎士達に比べて立派だ。ということは、同じ衣装を纏う先ほど声を上げた騎士も、高位の騎士ということだろう。

「間もなくラナジュリア様がお見えになる! 今回の会見は王女殿下の寛大なお心によるものである! もし王女殿下に不敬を働く者がいれば、この近衛騎士副団長のラヒム・ハディンスが直々に罪を問うゆえ、重々身を慎むように!」

 アルリードと同じくらいの年頃だろうか。ラヒムと名乗った若い騎士は、り目がちの険の強い顔立ちだ。いかにも貴族然とした高圧的な物言いに、記者達の間から反発するような気配が立ちのぼる。だが、口に出しては誰も何も言わない。

 そもそも、王族が記者を集めて会見を開くということ自体が、めつにないことなのだ。

 式典でもないというのに、王族が下々の前に姿を現すことなど、滅多にない。ましてやここは異国の地だ。ラナジュリアに余計なことをする者が出ないようにと、近衛騎士であるラヒムが事前にくぎを刺す気持ちも、わからないではない。

 黒いひとみに険しい光を宿し、記者達をねめつけたラヒムがようやく合図を出す。

 広間の扉のひとつがゆっくりと開く。マルラード王国風のひだがたっぷりとられ、細やかな刺繡が施された品のよいドレスを纏ったラナジュリアが姿を現した途端、記者達の間から抑えきれない感嘆の声が洩れた。

 ゆるやかに結い上げられた陽光を編んだようなごうしやな金髪。すいぎよくのような濃い緑色の瞳は、強い意志の光を宿して髪飾りの宝石よりもまばゆく輝いている。顔立ちは人形のように整っているが、意志の強い瞳が、彼女が血の通った人間だと明白に告げていた。

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