第8話「感情リンク・トラップ」


頭に刺さった糸が、ズキズキと脈打つ。

でも痛みはない。それどころか――


「あれ?なんか...楽しい?」


ユイが不自然な笑顔を浮かべた。


「あはは!なんでだろう!全然楽しくないのに!」


涙を流しながら笑っている。

これは...!


「感情リンク!」


レイが鋭く分析する。


「全校生徒の感情が、強制的に繋がれた!」


グラムドが高笑いする。

「素晴らしい!1000人の感情が混ざり合う様を見るのは最高だ!」


校内放送のスピーカーが、けたたましく鳴り始めた。


『きゃああああ!』

『なんだこれ!頭が!』

『笑いが止まらない!』

『急に悲しくて...うわあああん!』


全校生徒の叫び声が、スピーカーから溢れ出す。

それと同時に、私の中に他人の感情が流れ込んできた。


誰かの怒り。

誰かの悲しみ。

誰かの喜び。

誰かの恐怖。


「うっ...!」


願いブックの画面が、めちゃくちゃに乱れる。


```

【エラー:感情オーバーフロー】

希望 ■■■■■■■■■■■■■■■ (15/10)

勇気 ■■■■■■■■■■■■■ (13/10)

不安 ■■■■■■■■■■■■■■■■■ (18/10)

怒り ■■■■■■■■■■■■ (12/10)

悲しみ ■■■■■■■■■■■■■■ (14/10)

喜び ■■■■■■■■■■ (11/10)

```


全ての感情が限界を超えている!


「ぐああああ!」


タケルが突然、怒り狂い始めた。

誰かの怒りが伝染したんだ。


「なんでだ!なんでこんなにムカつく!」


ブレイズドラゴンも暴走し、炎を吐き散らす。

その炎を見た別の生徒が恐怖し、その恐怖がまた全体に広がる。


連鎖反応だ。

一人の感情が、1000人に伝播する。


「このままじゃ...全員が!」


レイも平静を保てない。

誰かの激しい感情に、翻弄されている。


「分析...できない...頭が...!」


アイスオウルが苦しそうに羽ばたく。

いつもの冷静さが、保てない。


「美しい...これぞ感情の極致!」


グラムドが恍惚とした表情を浮かべる。


「私はかつて心理学者だった。人の心を救うはずだった」


彼の八本の足が、不気味にうごめく。

それぞれの足先に、小さな脳のようなものが付いている。


「だが気づいたのだ。心など救えない。ならば...」


瞳が狂気に染まる。


「全てを混ぜて、新しい感情を作ればいい!」


マインドスパイダー。

彼の願いペットは、もはや原形を留めていない。

人の心を弄ぶことに特化した、異形の怪物。


ダメだ。このままじゃ全員が壊れる。

でも、どうすれば...


「ミラ!」


ユイの声。

涙と笑顔でぐちゃぐちゃの顔だけど、必死に手を伸ばしてくる。


「信じてる...あなたなら...」


そうだ。

感情が混ざるなら、良い感情を流せばいい!


「みんな!手を繋いで!」


私は叫んだ。


「信頼の感情を、全員に送るの!」


「無駄だ!」


グラムドが嘲笑う。


「負の感情の方が強い!怒りと恐怖には勝てない!」


確かに、ネガティブな感情の方が伝染しやすい。

でも――


「一人じゃ無理でも、みんなでなら!」


手を繋ぐ。

ユイ、タケル、レイ。

そして近くにいた生徒たち。


信頼ゲージに意識を集中する。

■■■■■■□□□□ (6/10)


「これじゃ足りない...」


「違う」


レイが言った。

彼女も必死に感情をコントロールしている。


「計算が...合わない。信頼は...掛け算」


そうか!

信頼は一方通行じゃない。

お互いを信じ合うことで、倍増する。


「願いブック、全機能解放!」


『シンクロ・バースト・ネットワーク起動』

『接続可能人数:∞』


画面に、学校の見取り図が表示される。

赤い点が1000個。全校生徒の位置だ。


「みんな、聞こえる!?」


願いブックを通じて、全員に語りかける。


「今、みんな苦しいよね。訳も分からず感情が暴走してる」


反応がある。

赤い点が、少しずつ青く変わり始めた。


「でも、一人じゃない。みんな同じなんだ」


ユイが続ける。

「恐くても...信じよう。隣の人を」


タケルも叫ぶ。

「俺たち、同じ学校の仲間だろ!」


レイが冷静に付け加える。

「論理的に考えて、協力が最適解です」


一人、また一人と手を繋いでいく。

教室で。廊下で。体育館で。


信頼の青い光が、糸のように繋がっていく。

1000人の心が、一つの目的に向かって動き始めた。


「信頼の輪」


技名を叫ぶ必要すらない。

みんなの心が、自然と一つになっていく。


青い光の網が、学校全体を包み込む。

グラムドの黒い糸を、少しずつ浄化していく。


「ば、バカな!」


グラムドが動揺する。


「なぜだ!なぜ恐怖に勝てる!」


「簡単よ」


私は微笑んだ。


「恐くても、隣に誰かがいるから」


1000人分の信頼が、巨大な青い柱となって立ち上る。

その光は、まるで希望の灯台のように輝いた。


「ぐああああああ!」


グラムドの体が、光に飲み込まれていく。

マインドスパイダーの異形の体が、元の姿に戻り始めた。


小さな、臆病そうなクモ。

本当は、人の心を理解したかっただけなんだ。


カラン。


赤い宝石が床に落ちた。


『正義の願珠、獲得』


「8個目...」


でも、喜んでいる暇はない。

グラムドが最後の力を振り絞る。


「まだだ...まだ終わらない!」


地下工場が激しく揺れ始めた。

自爆するつもりだ!


「みんな、逃げて!」


でも、1000人もいたら――


「大丈夫」


レイが落ち着いて言った。


「さっきのネットワーク、まだ生きてる」


確かに、青い光の網はまだ消えていない。

全員が繋がったまま。


「一斉に、上へ!」


奇跡が起きた。

1000人が、まるで一つの生き物のように動く。

誰も押し合わず、誰も転ばず、整然と避難していく。


これが、信頼の力。


地上に出た瞬間、地下から大爆発の音。

でも、全員無事だった。


「やった...やったよ!」


ユイが泣きながら抱きついてくる。


「ああ、すげぇ戦いだった」


タケルも興奮気味だ。


「データが...素晴らしいデータが取れた」


レイは相変わらずだけど、その瞳は優しい。


でも――


「ランゲルは?」


地下に残っていたはず。

まさか...


「心配するな」


声がして振り返ると、ランゲルが立っていた。

ボロボロだけど、生きている。


「君たちに...礼を言う」


バインドライオンが、完全に金色を取り戻していた。

正義の象徴が、また輝き始めた。


「私は間違っていた。法は人を縛るものじゃない」


彼の瞳に、昔の輝きが戻る。


「これからは、正しい法で人を守る」


そして、懐から何かを取り出した。


「これを。君たちなら、正しく使える」


紫の宝石だった。

知恵の願珠?いや、違う。


『調和の願珠(特殊)』


「これは...!」


「次で10個。エモーション・クリスタルが生まれる」


ランゲルが去り際に言った。


「気をつけろ。ノクターンが動き出す」


ノクターン。

ナイトメア団の首領。


全ての感情を捨てた男。


夜明けが近い。

でも、本当の戦いはこれからだ。


私は8個の願珠を見つめる。

あと5個。


でも、最後の戦いが一番過酷になる予感がした。


「ミラ」


ハーゼルが、いつの間にか隣にいた。


「素晴らしい戦いだったわ」


褒められてるのか、皮肉なのか分からない。


「でも、次はそう簡単にはいかない」


彼女の瞳が、一瞬だけ悲しそうに曇る。


「願いを失った者の、本当の恐ろしさを知ることになる」


朝日が昇る。

新しい一日の始まり。


でも、私の心は不安でいっぱいだった。

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