第31話
「確認するぞ。この井戸の件、有馬の件、山本先生の件はお前の仕組んだ事だな?」
嘉根さんは声を漏らすことはなかったが、子どもの様に両手で涙を拭っていた。佐々木先生の問いに対して、頷いて肯定している。
僕は嘉根さんに使用していないタオルを手渡して席に戻った。
ありがとう、と呟いて擦るのをやめてタオルに涙を吸収させている。
「……続けるぞ。乙訓先生の娘さんの件もお前か?」
佐々木先生はこれまでに見たことの無い恐ろしい顔で、今にも胸ぐらを掴みそうな勢いで、嘉根さんに問いかける。彼女は少し泣き止んだ後、首を振って初めて否定した。
「違う!私じゃない!私はそんなこと頼んでない!」
そう言って僕が渡したタオルに顔を埋めて、また涙を流し始めた。なんだか僕は彼女に対して酷い事をしている様な気分になるが、佐々木先生はそうではないようで淡々と質問を続けている。
「どこまでがお前の頼んだ事なんだ。今回の件に絡む、お前がやった事を全て吐け」
そう言い切ると、先生は椅子に深く腰掛け腕を組んで嘉根さんの言葉を待つ姿勢に入った。
窓の外はいつの間にか雨は止み、しかし空はどんよりとした曇り空が続いていた。
彼女はしばらくの間泣き続けていたが、嗚咽が収まる頃にポツリポツリと話し始めた。
「初めは、乙訓が気に入らなかったから、クラスメイト数人に頼んで、嫌がらせしてた。けれど、乙訓の勘が良くていつも返り討ちにされたって聞くから、上の人間から怒られるようにしようと思った。……それで、サッカー部の顧問と緒方さんがイイ関係にあるって聞いたからそれで顧問を脅して、タイミングよく井戸の蓋を割らせた。乙訓が直接見て上に報告するように、喫煙室に緒方さんが誘導したって言ってたわ。」
彼女は気持ちが落ち着いたのか、顔に当てていたタオルを畳んで手で包んでゆっくりと話していた。先生は体を揺らすことも、表情を崩すこともなく彼女を見つめていた。
僕はこの状況に堪えられなくなり、逃げ出したい気持ちで一杯だったが、僕も巻き込まれた人間なので顛末は知っておくべきだ、と耐え忍ぶことにした。
「次は……模型ね。有馬君には悪い事をしたわ。川中君は少し恨みがあったけれど、有馬君は話したこともないから。井戸の蓋は卒業生寄贈だから壊せば始末書ものだと信じていたけど、次はどうすればいいか分からなかった。そうすると、緒方さんが委員会ついでに細工ができると教えてくれて、頼んだのよ。人体模型の件は彼女に任せっきりだったわ」
「……先ほどから緒方、緒方と言っているが、お前は緒方を脅していたよな?」
「……まるで探偵みたいな事を言うのね。そうよ。IPアドレスまで変えたのに、供述しちゃ意味がないわね。」
彼女は、はぁ、と小さくため息をついて頬杖をついた。スマホをポケットから取り出して、数回画面をスワイプさせて一枚の写真画像を見せてくる。
「先生に言っちゃうと報告義務が生じるわね。ふふふ、災難ね。緒方さんが金の為にパパ活をしているところよ。……私、前からこの女が嫌いだったのよ。悠くんと距離が近いし、ベタベタと触るし。だから弱みを握って側に置いたの。金も払ってたから、お互いに利がある関係でしょう?私はあの女に悠くんに近づいて欲しくない。あの女は金が欲しい。ね?」
目の前の彼女が女子高生だとは思えなかった。いや、女子高生だからこそこういった考えになってしまうのだろうか。考え込んでいると、佐々木先生が口を開いた。
「緒方はお前に脅されて様々な細工を行っていたというわけか」
「そうね、そうなるわ。この学園だって学費が馬鹿にならない。緒方さんは成績優秀者として援助を受けていた、それがこの写真一枚で努力が水の泡になるんだから、必死に消してもらおうと動くわよね。」
お金の稼ぎ方を間違えた緒方さんが心底哀れだった。確かに、彼女は僕と並ぶほどの成績優秀者で互いに競い合い褒め合うこともあった。そんな彼女が目の前の同じ女子高生に脅されていただなんて。法を犯すような真似さえしなければ。僕はそう思うが、彼女には彼女なりの理由があったのだろう。例えば時間の問題とか。
考えを巡らせていると、佐々木先生が自分の携帯を数回操作して、また閉じた。こめかみを手で抑え、ため息をついて嘉根さんに向かって話し始めた。
「……その脅しが、お前の身を滅ぼすことになるとは思わなかったのか」
「思わないわ。私のお父様を誰だと思っているの。この学園の教師さえ逆らえないんだから、貧相な家の女一人が逆らうわけがないわ」
傲慢な態度を取り始めた彼女は、まさしくお金持ちの娘らしい振る舞いだった。僕にはうまく隠していた側面なのだろうか。途端、彼女と目が合う。気まずさから目を逸らすが、話しかけられてしまった。
「悠くんにはそんな事思ってないよ?ご両親の共働きも、私と一緒になれば楽させてあげられるし、妹ちゃんが欲しいブランドのバッグだって買ってあげる。悠くんの為に、近づく女みんな離れてもらったわ。……ね?だから、悠くん」
僕の両親が共働きな事は彼女に伝えたことはないし、妹が欲しいバッグなんて僕も知らない。なぜ知っているのかを考えて、ゾワリと鳥肌が立つ。僕のことを好いてくれているのは嬉しいが、あまりにも歪んでいないだろうか。椅子から立ち上がって一歩ずつ距離を詰めてくる彼女から逃れようと立ち上がれば、意外にも制止したのは佐々木先生だった。
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