第28話
佐々木先生は清々したような顔でスーパーマーケットの袋からペットボトルのアイスコーヒーを取り出してコップに注ぐ。注ぎ終わった後に、相澤くんが冷蔵庫に仕舞った冷凍食品の山から数個取り出して、机に置く。
「もう常に電子レンジを付ける必要はないが、お前らで食え」
「ササセン!アザス!」
ニコニコと人懐っこく笑う相澤くんに倣って、僕と福田くんもお礼を言う。二人のリクエストのたこ焼きとから揚げと、タルトが置いてあった。タルトは常温で解凍なので机の上に置いておき、電子レンジでから揚げとたこ焼きのどちらを先に温めるかで二人は軽く揉めていた。
それを横目に、佐々木先生はアイスコーヒーと完全食と書かれたパッケージの栄養食を口にしていた。
少し時間が経ち、二人分の冷凍食品も温まり、僕の目の前のタルトも歯が通りそうなくらい解凍が進んでいた。そろそろ食べられるな、と考えていると、佐々木先生が二杯目のコーヒーを注ぎ、唐突に話を始めた。
「そういえば、職員室で山本先生の書類を隠していたのは複数の人間だった、ということが分かった。」
僕らはピタリと動きを止めて、話を聞く体勢をとる。先生もそれを見て、椅子の上に置いていた足を下ろして、足を組んで話を続ける。
「職員室に戻ったら、美術の先生が居たから聞いたんだ。職員室では誰が聞いているか分からないから、と画材置き場で話したんだが、山本先生は誰かの恨みを買ってしまったようだ」
そういうと佐々木先生はチラリと僕を見た。疑問に思いながらも、黙って続きを待っていれば、また視線をズラして話は続いた。
「あの先生も新任だった山本先生を気にかけていたらしい。しかし、聞く話はいつも忘れ物や準備不足による失態ばかりだったので、気になって資料製作から印刷までを職員室の自分の席から見守っていたらしいんだ。」
「賀浪先生のデスクは職員室全体が見渡せる位置にありますもんね」
「あぁ。自分の仕事をしながらチラチラと確認していたら、掃除のおばさんが入ってきたらしい。別にお掃除さんが職員室に来られるのはおかしなことじゃない。仕事中はあまり無いがな。賀浪先生は一応掃除のおばさんも目で追っていたところ、山本先生がプリントした書類を廃棄の物を入れるカゴに移動させたのち、ゴミとまとめて持って行ったそうだ。」
「持って行ったそうだって、黙ってみてたのかよ」
「相澤、気持ちはわかるが必要な工程というものもある。それに賀浪先生の性格を加味して物事を考えるんだな」
「賀浪先生は優しいけれど気は小さい人だから、言い出せなかったんじゃないかな。お掃除さんの中には急に激昂する人もいるし」
「そういうことだ、話を続けるぞ。その日は山本先生に会うことなく賀浪先生は帰宅したそうだ。そして次の日、山本先生に伝えようと思っていたら山本先生が乙訓先生に呼び出されて叶わず、同じように授業のない時間にデスクを見ていたらしい。すると、生徒が一人職員室に入室して、山本先生の机に何かを置く代わりに用意されていたプリントを持って行ったそうだ。あの時は山本先生にお使いを頼まれたのだと思っていたそうだが、声を掛ければよかったと後悔しているようだった。また別の日は警備のおじさんが掃除のおじさんに、山本先生のバインダーを手渡していたとも言っていたな。もう少し早く気が付いていれば、焼却炉に何か残っていたかもしれないが、今はもう何も残っていないだろうな」
先生はそこまで話して、少し険しい顔の後、僕らに注意をした。
「言っておくが、賀浪先生を悪く思うなよ。あの人が見ていなければ犯人探しも出来なかった。今もそのことで気を病んでおられるから、接する態度を間違えないように」
僕は頷いて肝に銘じた後、ふと疑問が生じた。それは福田くんも同じだったようで、先に発言したのは福田くんの方だった。
「あの、恨みを買ったというのはどういう意味なんでしょうか」
「あぁ、嘉根の逆鱗に触れたんだろう、まだ確証はないが。お掃除さんの共通点を探せば弱みがあるとか、出てきそうなもんだがな……あぁそうそう。俺も賀浪先生と話して確認が取れたんだが、山本先生がそういった被害に遭ったのは何も始めからではない。いつからかは定かではないんだが、ある日突然なんだ。俺はそれがいつ頃かを今日聞いて回るから、お前らも何か気が付いたことがあったら教えてくれ」
そういうと佐々木先生はノートパソコンを開いて、作業を始めた。気になったのだろうか、福田くんが声をかけた。
「調べものですか?」
「いや、俺にも仕事があるんだよ……お前らもここに居ていいから自習とかしとけ」
心底面倒くさそうにノートパソコンを叩いている佐々木先生を見て、僕らは顔を見合わせながらじわじわと笑い、それぞれ自習を始めた。
夏休みが無くなるかどうか、まだわからないがおおよそ犯人であろう人間がクラスメイトに居ることがわかり、夏休み返上の補習はなかったことになりそうだと勝手に安心していた。夏休みとは別の不安が押し寄せてはいるが、それはきっと夏休み中に警察が解決してくれるのではないかと期待している。
しかし、今はこの学生らしい時間を堪能するべきだと脳が推奨している気がするので、僕の復習を兼ねて友人らに勉強を教えながら、何にも代えがたい美しい時間を堪能した。
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