第22話
ゴゴゴ、と豆を抽出する音が終わったかと思えば部屋中にコーヒーの香りが充満する。置いていたコップを手に取り、再び僕の正面に座ってようやく話し始める。
「お前が店に入ってからの様子と普段の様子をアイツはしっかりと比べていたんだ。結論からいうと、嘉根はお前に惚れ込んでいる。お前はどうか知らんがな」
「その、そのことなんですけど」
僕は、靴箱に手紙が入れてあり、渡り廊下で嘉根さんが僕を待っていたこととそれから喫茶店までの流れを説明した。所謂、恋人のフリをしていたのだと。
「お前……分かっててその茶番に付き合ってやってたのか?」
「分かってて、というか。あの時は必死な様子で合わせて、と言われたので」
「お前がもっと人間関係を客観的にみることができたら早く分かってたんだがなぁ」
そう言いながらジロリと睨まれたが、仕方ないものは仕方ない。僕は少し居心地が悪くなり、水筒に入ったお茶を飲むと、麦茶の香ばしい味が口に広がる。
「まぁ、つまりだな。嘉根がお前に惚れて、お前とデートするために偉い大人まで巻き込んだ茶番劇だったわけだ」
「まさか……信じられないですよ。他に狙いがあったんじゃないですか」
「いや、信じ難いが嘉根が残した痕跡をかき集めるとそう考えるのが普通なんだ。」
チン、とピザの温めが終わった無機質な音がする。電子レンジを覗けば、アツアツに温められてチーズの蕩けたピザが食べられるのを待っていた。火傷をしないように机に運び、壊れ物を扱うようにテーブルに置いた。すると、佐々木先生は唇に人差し指を当てて、喋るな、というジェスチャーをした後、また冷凍ピザを渡して来た。万が一会話を聞かれていた場合を考えて、電子レンジを動かしておきたいのだろうが、もうこれじゃピザパーティである。
しかし、これ以外に良い案も思い浮かばないので、再び電子レンジにカチカチに凍ったピザを入れて、八分間の温めを始める。
「確か嘉根の言う夏休みが無くなる要因は井戸と模型と担任いじめの三つあったよな。まずは井戸から説明しよう。」
先生は、以前にも使用していた折り畳めるホワイトボードを広げて、学校の平面図を書き始めた。コの字型の校舎の中央に中庭がある。上辺の向こう側に運動場があり、コの字の開いた方から少し離れた場所には焼却炉などが存在している。もうこの学校で過ごして一年半が経つ僕にも分かる地図だった。
「ここが運動場、サッカー部が練習するのは中庭に近いこの辺りのスペースだな。」
キュッ、キュッと音を立てて書かれた平面図にペンで丸をつけている。
「そもそも、サッカー部の一年生が思いっきりボールを蹴ったとしても、井戸の蓋を壊せる程の威力を保ったまま井戸に辿り着くことはあり得ない。なぜなら運動場側の校舎裏にある井戸に当てるためには、一度跳ね返す必要がある。」
この理科準備室はコの字の丁度縦線の部分の中央に位置して中庭がよく見える。佐々木先生は立ち上がり、分厚いカーテンをゆっくりと開けて外の様子を見てから開ける。
「おそらくだが、あの石碑かその横のライトに当てたんだろうな。もちろんそれで勢いを失ったボールがいくら風化してボロボロとはいえ井戸の蓋を壊すことはできない」
先生はカーテンをまた閉めて、席に戻る。
「一年生がボールを蹴ったと同時に、井戸の蓋を壊した協力者がいたんだ。分かるよな?」
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