第5話‐3
竜秋らが第一層の『階段』を発見したのは、それから一時間後だった。
『階段』――現階層から次の階層に上がるためのゲートの俗称。各階層のどこかにあるそれを探索によって発見し、次の階層へ進む。この繰り返しが塔伐者の基本行動だ。実物を発見して、竜秋たちはその呼び名があくまで業界用語であったことを再確認した。
深い森を抜けた先の大地に浮かび上がった、直径二メートルを超える、赤く輝く大きな幾何学模様。これが『階段』――踏めば竜秋たちは、このフロアの一つ上に積まれた、より過酷な環境の第二層へと転送される。当初の予定通り、このフロアが崩壊する寸前まではこの階段付近で休息を取ることにした。
「暑ぃ~……二時間経つのに太陽が真上から動いてねぇぞ……」
木陰に座り込むなり爽司がバテた犬のように舌を出す。四〇度近い猛暑環境を長時間、幾度も例の怪物と交戦しながら休みなく歩いてきた。爽司だけでなく、全員汗びっしょりで体力も消耗している。ただでさえ入念に準備した攻略ではないため、キャンプ道具はおろか食料も、水筒すら誰も持ってきていない。
恋の提案で、二手に別れて水と食糧を探しに行った。ここの敵は爽司以外なら単独で相手できるレベルだから、パーティーを分けるのは理に適っている。男子ペアと女子ペアでそれぞれ東西を捜索し、竜秋たちが綺麗な小川を、誠たちが真っ赤な木の実を見つけた。
『じゃ、そっちに拠点を移しましょ。水場が近い方がいいでしょ。今から合流するから』
内耳から恋の声が響く。学園版ウラヌスは、塔の中でも通話や地図など一部のアプリが使用できるように設計されている。当然塔の外にいる人間とは連絡できないが、それでも攻略の生命線になりうる機能ばかりだ。特に、学園版ウラヌス専用アプリ《キズナリンク》は、それぞれのウラヌスが精密に計測している生体指標(バイタルサイン)と理力残量を共有し、パーティーの体調変化をリアルタイムで見守り合うことができる。今のところは全員元気だが、誠の理力があれだけで既に二割も減っていることは頭に置いておくべきだろう。
小川のほとりに木材と石で簡易的過ぎる椅子をつくり、四人で、恋と誠が採ってきた赤い木の実を囲んだ。太陽の光を存分に吸った果実のほのかな甘みと、アセロラのような強い酸味が疲れた体に染みわたった。塔の植生はプレーンな理力からできており、水も木の実を摂取すれば消耗した体力と理力を僅かに回復することができる。
酷暑の中、後退で申し訳程度の仮眠を取ったり、少しでも体を休めること、六時間――そのときは突然に訪れた。いきなり、突きあがるように大地が揺れたのである。
「どぅわぁ!? なんだ!?」
跳ね起きた爽司が両手をチョップの形にして構え、へっぴり腰の臨戦態勢をとる。
「フロア崩壊が近づいてる兆候(サイン)だ。ここから段階的に揺れが大きくなるぞ。塔魔が湧く頻度も上がる。もって、あと数時間ってとこか」
言って竜秋は唇を噛む。タイムリミットを迎えるペースが想定より早い。
「手遅れになる前に階段まで走るぞ」
「そうね。でも次の階でもこのペースだと……」
「あぁ――のんきに救助を待ってる余裕は、なさそうだな」
予想は的中した。
続く第二層も、その次の第三層も、六時間ほどで最初の地震が起きた。青空と緑に囲まれた環境は大きく変わらなかったし、現れる塔魔も例の赤い猫豚だけだったが、心なしか階を上がるたびに気温は高まり、敵も一回り大きく、素早く、打たれ強くなった。
攻略開始から十八時間後――第四層。
転移の浮遊感から解放された竜秋は、肌を焼く凄まじい熱気に目を見開いた。
「暑ッ!?」
隣で爽司が悲鳴を上げる。澄んだ蒼穹も目に優しい緑もそこにはなかった。灰色に濁った空と、赤黒い岩石で囲まれた世界。あちこちで明滅するマグマが龍脈のように流れている。
「これって……《礎の階層》を抜けたってこと?」
「てことは、これが――《命の階層(ウエスト・フロア)》」
呟いた誠のすぐそばで、大地の裂け目から眩い溶岩が噴き出る。
「こっから先は敵の強さも桁違いだぞ。気ぃ引き締めろ」
「む、ムリムリ! オレらだけで来ていいフロアじゃないって絶対!」
「仕方ないでしょ、これでも時間いっぱい粘ったんだから!」
「二人とも落ち着いて。僕らはもう、のろのろ時間を潰していられない。このフロアには水も木の実もなさそうだし、居るだけで体力を奪われ続ける」
竜秋も恋も、爽司でさえきっと、誠が何を言い出すか分かっていた。
「ここからは、最速で階段を探して――一気に最上階まで駆け上がるしかない」
聞いておいて爽司は、絶望の形相でその場に膝をついた。
「ま、マジ……? オレたちだけで……王(ブレーン)に挑むってこと……?」
「まぁ、それしかないわよね。どうせ死ぬなら、こんな低層で脳味噌焼き上がって死ぬよりも、塔の一番上の景色見て死にたいわ」
ずいぶん肝の据わったことを言い出した恋は、きっとずっと前からこうなる可能性を考えていたのだろう。決断は早い方がいい。これ以上熱に体力を奪われる前に。
「俺も賛成だ」
「なんだよもーみんなして! ……あぁもう、分かったよ! その代わりみんな、オレのことちゃんと守ってよ!?」
かくして、最短最速の階段探しが始まった。
岩壁に四方を囲まれたフロアは《礎の階層》より閉塞的に感じたが、実際に歩いてみると二回りも広大で、階段を見つけるのに二時間を要した。道中に四度、塔魔と交戦。金属鎧と槍で武装した、二足歩行の赤い鱗をしたトカゲのような怪物だった。
やっと発見した階段を踏んでも、転移した先は似たような光景と灼熱地獄。絶望に近い落胆を飲み込んで、口々に励まし合い、第五層の探索を開始した。
事件は、その第五層の階段を発見した直後に起こった。
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