第15話 迫る過去の清算、死闘の予感

ユズを庇った背中の傷は、

深く、激しい痛みを発していた。

ギルドに戻った私は、ティナの手によって

応急処置を受けた。

彼女の顔には、心配と、

そして、怒りの色が混じっていた。

「まさか、現代から追手が来るとは……」

ティナは、私を襲った刺客たちの残した

痕跡を調べながら、呟いた。

その痕跡は、この異世界のどの魔物とも異なり、

私の故郷である現代の技術を匂わせるものだった。

私は、彼女に、その全てを話した。

あの男の言葉。

「私は殺さない。社会があなたを殺すだけ」

そして、私を追う「社会的な死」の執行者たち。


ティナは、私の話を聞くと、

静かに、しかし決意に満ちた瞳で、

私を見つめた。

「ゼロさん……あなたは、

一人で抱え込みすぎよ。」

彼女の声は、優しく、

私の心を、微かに揺さぶる。

「私も、かつては、そうだった。

全てを失い、誰にも頼らず、

一人で生きていこうと決めた。」

ティナは、自らの過去を語り始めた。

「でも、それでは、本当の意味で、

前に進むことはできない。

私を救ってくれたのは、

このギルドの仲間たちだった。」

彼女の言葉は、私の心を、

深く温めた。

この世界で、私を理解し、

支えようとしてくれる存在。

それは、私にとって、

かけがえのないものになりつつあった。


ユズは、私の傍を離れようとはしなかった。

私が眠る間も、私の手を握り、

心配そうに私の顔を覗き込む。

「ゼロさん、俺、強くなります。

ゼロさんを、今度は俺が守りますから!」

彼の純粋な言葉が、

私の心の奥底に、

温かい光を灯した。

私は、もう一人ではない。

彼らが、私の傍にいる。

その事実は、私に、

新しい決意を与えていた。


翌日、私は、ティナに頼み、

この世界の「記録消去罪」について、

詳しく教えてもらった。

それは、このヴァルシュ=ゼネリク王国で、

かつて行われていた、

恐ろしい制度だった。

王室に逆らう者、

危険思想を持つ者、

あるいは、単に邪魔な存在を、

公式記録から抹消し、

社会的に存在しなかったものとする。

肉体は生かされるが、

名前も、家族も、過去も、未来も、

全てを奪われる。

まさに、私が経験した「社会的な死」と

同じだった。


「この制度は、今はもう廃止されているわ。」

ティナは、悲しそうに言った。

「レオンハルト司令官が、

王国の改革を進め、

この忌まわしい法を廃止したの。」

レオンハルト。

彼もまた、私と同じ苦しみを経験し、

そして、それを乗り越え、

この世界を変えようとしている。

彼の真摯な言葉が、

私の心に、より深く響いた。


その日の午後、ギルドに、

一枚の依頼書が届いた。

それは、ヴァルシュ=ゼネリク王国からの、

私への直接の依頼だった。

依頼内容は、

「王都近郊の、廃墟となった古城の調査」。

そこは、かつて「記録消去罪」の対象者を

収容していた場所だと、記されていた。

そして、その依頼主の名前は、

レオンハルト。

彼は、私を、そこへ誘っている。

そこには、きっと、

私の過去と、彼の過去が、

交錯する何かがあるだろう。


私は、その依頼を受けることにした。

ユズは、私の隣で、

心配そうな顔で私を見つめている。

「ゼロさん、大丈夫ですか?

何か、嫌な予感がします……」

彼の言葉に、私は何も答えなかった。

だが、私も、同じ予感を感じていた。

そこには、きっと、

私を待ち受ける「何か」がある。

それは、私の過去に関わる、

忌まわしい存在かもしれない。

あるいは、レオンハルトの過去に深く関わる、

悲しい真実かもしれない。

どちらにせよ、それは、

私の「社会的な死」と向き合う、

避けられない戦いになるだろう。


私は、古城へと向かう準備を始めた。

魔道銃を手に取り、弾薬を詰める。

私の銃身に刻まれた「Ø」の記号が、

暗闇の中で、静かに輝いている。

それは、私が「ゼロ」である証。

そして、この記号は、

私に刻み付けられた、

「社会的な死」の烙印でもある。


その時、宿の窓から、

不穏な魔力の波動が、

強く感じられた。

それは、あの時、

私を襲った刺客たちの気配だ。

彼らは、私を追って、

この古城に先回りしたのかもしれない。

彼らは、私を、

ここでおびき寄せ、

抹殺しようとしている。

私の過去を、完全に消し去るために。


私は、ユズに振り返った。

「お前は、ここに残れ。」

私の声は、冷静だが、

確かな命令を含んでいた。

ユズは、私の言葉に、

抵抗しようとした。

「でも、ゼロさん! 俺も……!」

「これは、お前の出る幕ではない。」

私は、彼の言葉を遮った。

彼を危険に晒すわけにはいかない。

ユズの安全を確保することが、

今の私にとって、最も重要なことだった。

彼は、私の言葉に、

悔しそうに顔を歪めたが、

私の決意の固さに、

従わざるを得なかった。


私は、宿を飛び出した。

夜の闇が、私を包み込む。

古城へと向かう道は、

まるで、私の過去へと

繋がる道のようだった。

そこには、きっと、

私を「社会的な死」に追いやった、

あの組織の人間が待っている。

そして、あの男。

私に、冷酷な宣告を下した男。

彼が、そこにいるかもしれない。

私は、彼らと、

直接対峙することになるだろう。

それは、私の、

そして、この世界の運命を賭けた、

避けられない戦いだ。


私は、胸に手を当てた。

心臓が、大きく脈打っている。

恐怖か。

いや、違う。

それは、戦いへの高揚感。

そして、ユズとティナ、

そして、レオンハルトへの、

感謝と、信頼。

私は、もう一人ではない。

彼らが、私の傍にいる。

彼らの存在が、私に力を与えてくれる。

私は、もう逃げない。

私は、自分の過去と向き合い、

それを乗り越える。

そして、この世界の「ゼロ・コード」を、

完全に消し去るために、戦う。


古城のシルエットが、

夜闇の中に浮かび上がった。

それは、私を待ち受ける、

死闘の舞台。

私の銃身が、

月の光を浴びて、静かに輝く。

その輝きは、もはや、

「ゼロ」としての冷たさだけでなく、

私自身の、

新しい希望の光を帯びていた。

私は、その光を信じ、

古城へと足を踏み入れた。

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