第2話 傭兵ギルドの門を叩く少女

森を抜けると、そこには小さな町があった。

土壁の家々が並び、石畳の道が続く。

人々が行き交い、活気に満ちている。

私は、その光景を、感情なく見つめた。

ここが、私の新しい世界。

ゼロとして生きる場所。


まず、情報が必要だ。

この世界の常識、通貨、そして生き方。

私は、人の目を避けながら、町を歩いた。

耳を澄ませ、人々の会話に聞き入る。

壁に貼られた張り紙を読み、

店の看板を眺める。

文字は、現代の日本語とは異なるが、

不思議と意味が理解できた。

脳が、自動的に翻訳しているかのようだ。

これも、転移の副産物だろうか。


数時間後、私は一軒の店にたどり着いた。

「魔道具と武具 エルトンの店」

古びた木製の看板に、そう書かれている。

薄暗い店内には、見たことのない道具や、

奇妙な形をした武器が並んでいた。

その中に、私の目を引くものがあった。

それは、魔石が埋め込まれた、

簡素な筒状の道具。

「魔道銃……」

思わず、呟いた。

現代の銃とは構造が全く違うが、

その原理は、私の知識で応用できる。

私は、店主の老人に声をかけた。


「これ、見せてもらえますか?」

私の声に、老人は驚いたように顔を上げた。

警戒心に満ちた、探るような視線。

この世界の人間は、

私のようなよそ者を警戒するのだろうか。

「……ああ、構わんよ。

だが、嬢ちゃんにはちと早いんじゃないかね」

老人は、私を子供扱いする。

私は、無表情で魔道銃を手に取った。

ずっしりとした重み。

魔石の輝きが、微かに脈打っている。

私は、その構造を瞬時に解析した。

これなら、私でも作れる。

いや、もっと高性能なものが。


私は、店でいくつかの素材を買い込んだ。

魔石、金属片、そして、謎の液体。

老人は、私がそれらを何に使うのか、

訝しげな顔で見ていたが、何も言わなかった。

宿を取り、部屋にこもる。

私は、すぐに作業に取り掛かった。

現代の銃の知識と、この世界の魔道具の知識。

それらを融合させ、

私だけの魔道銃を創り出す。

設計図は、頭の中に完璧に描かれている。

無駄な動きなく、手は素材を加工していく。

集中する。

集中することで、余計な感情が消える。

これが、私にとっての、

唯一の安らぎだった。


数日後、私の手には、

一丁の魔道銃が握られていた。

それは、この世界の一般的な魔道銃とは

一線を画す、洗練されたデザイン。

銃身は長く、精密な照準器が付いている。

そして、魔石の配置も、

より効率的な魔力伝導を可能にしている。

これなら、私の狙撃術を

最大限に活かせる。

私は、完成した銃を手に、

静かに微笑んだ。

感情のない、ただの満足の笑み。


私は、町で一番大きな建物へと向かった。

「傭兵ギルド」

木製の大きな扉には、

剣と盾の紋章が刻まれている。

中に入ると、多くの傭兵たちが

ざわめいていた。

屈強な男たち、軽装の斥候、

そして、ローブを纏った魔法使い。

誰もが、私のような少女を

奇異な目で見る。

私は、受付へと向かった。


「ご用件は?」

受付に座っていたのは、

ブロンドの髪を三つ編みにした女性だった。

緑色の瞳が、私をまっすぐに見つめる。

彼女が、ティナ・マルヴィア。

プロットで見た、ギルドの受付嬢だ。

「傭兵登録をしたい」

私の言葉に、ティナは少し驚いた顔をした。

「お一人で? お名前は?」

「ゼロ」

私は、迷わず答えた。

「ゼロ、ですか……」

ティナは、少し考えるように首を傾げた。

この世界では、本名を隠す者が多い。

特に、過去に「記録消去罪」を経験した者は、

「ゼロ」という言葉に敏感だと、

町で得た情報で知っていた。

だが、ティナはそれ以上、

私の素性を詮索しようとはしなかった。

それは、このギルドが、

過去を問わない場所であるという証拠。

「承知いたしました。では、こちらに署名を。」

彼女は書類を差し出した。

私は、迷いなく「Ø」の記号を書き込んだ。


「何か、ご希望の依頼はございますか?」

登録が終わり、ティナが尋ねる。

「一番簡単なものから」

私は、そう答えた。

この世界の戦闘に慣れるためにも、

まずは基礎からだ。

「では、ゴブリン討伐はいかがでしょう?

最近、町の外れで目撃情報が相次いでいて、

住民が困っているんです。」

ティナは、一枚の依頼書を差し出した。

私は、それを受け取ると、

すぐにギルドを後にした。


町の外れには、小さな森が広がっていた。

私は、魔道銃を構え、森の中へ。

ゴブリンは、この世界では

最弱の魔物とされている。

それでも、集団で襲いかかってくるため、

新米傭兵には厄介な相手だ。

私は、気配を消し、静かに進む。

風の音、木の葉の擦れる音、

そして、微かに聞こえる、

ゴブリンの唸り声。

全てが、私の耳に、

鮮明に届く。


「ガアアア!」

茂みから、一体のゴブリンが飛び出してきた。

粗末な棍棒を振り回し、私に襲いかかる。

私は、冷静に照準を合わせる。

引き金に、指をかける。

──パンッ!

乾いた発射音が、森に響き渡った。

ゴブリンは、額を撃ち抜かれ、

その場に倒れ込んだ。

一撃。

無駄のない、完璧な射撃。


私は、さらに森の奥へと進んだ。

ゴブリンの群れが、そこにいた。

十数体。

他の傭兵たちが苦戦する理由が分かった。

だが、私には関係ない。

私は、高台に身を隠し、

一人ずつ、確実に仕留めていく。

パンッ、パンッ、パンッ。

発射音が、規則的に響く。

ゴブリンたちは、何が起こっているのか

理解できないまま、次々と倒れていく。

まるで、見えない何かに

狙われているかのように。


全てのゴブリンを討伐し終えた時、

森は、再び静寂を取り戻していた。

私は、魔道銃を収め、ギルドへと戻った。


ギルドの中は、先ほどとは打って変わって、

ざわめきが大きくなっていた。

私がゴブリン討伐の依頼を報告すると、

受付のティナが、驚いたように目を見開いた。

「もう、終わったんですか?

しかも、単独で……?」

彼女の声には、驚きと、

そして、僅かな畏怖が混じっていた。

他の傭兵たちも、私を奇異な目で見る。

「あのゼロ、本当に感情ねぇのか?」

「まるで機械みたいだ」

そんな囁きが、耳に届く。

私は、それらの言葉を意に介さず、

次の任務の情報収集に徹する。

感情は、いらない。

ただ、任務をこなす。

それが、私の存在意義。


ティナは、私の完璧な仕事ぶりに感心しつつも、

彼女の瞳の奥に、かつての自分と同じ

「何も持たない」虚無感を感じ取っていた。

「あなた、どこから来たの?」

ティナの問いかけに、私は無表情で答える。

「……“今”しか見ない。それで、足りない?」

私の言葉に、ティナは静かに微笑んだ。

その微笑みは、どこか寂しげで、

そして、理解に満ちていた。

「いいえ、それで充分よ。ようこそ、ゼロさん」

ティナの言葉が、私の感情の硬い殻に、

微かな波紋を呼んだ。

それは、ほんの僅かな、

しかし、確かな揺らぎだった。


私は、ギルドを後にし、宿へと戻る。

夜空には、満月が輝いている。

窓からその月を眺めながら、

ティナの言葉を反芻する。

「ようこそ、ゼロさん」

その言葉には、歓迎の響きがあった。

私が「ゼロ」であることを、

彼女は受け入れた。

遠い昔、自分も誰かに同じようなことを

言われた気がする。

だが、その記憶は冷たく、

感情は呼び起こされない。

「……私は、もう、一人でいい」。

そう、心の中で呟いた。

この異世界で、私はゼロとして、

ただ、静かに、生きていく。

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