第2話 速水弥の到着
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時計を見ると11時丁度だった。
はるばるご相伴に預かりに来たが、待ち合わせ時間には幾分か早い。
今日、僕の従姉である葵姉さんに『早めに着いた。図書室にいる』と簡素なメールを送って校内に入る。
受付で女子生徒に事前に貰っていた入校証のようなものも見せると、パステル調の小冊子が渡された。文化祭のパンフレットとやららしい。表紙には何の悩みもないといった様子で笑っている男女の絵がこちらを見上げている。
何にしろこれで図書室を探して迷う心配をしなくて済んだので「どうも」と言うと、「楽しんで下さい」と笑顔で言われた。
僕は昼飯を食わしてもらいに来ただけで、楽しむ予定はさらさらなかったし、そもそも楽しませてもらえるとも期待していない。が、そんな笑顔で楽しんで、と言われるなら私立高校の図書室の蔵書を眺めながら楽しませてもらわないこともない。
こんなふうにいつも通り面倒臭い性格をしている僕は、言っておくと文化祭というやつが好きでない。みんなで何かを作り上げるという行為に全く興味がわかないし、ガヤガヤと見て回ることも好きでない。その結果、とりあえず出席日数稼ぎに点呼だけ出て、図書室の隅で本の虫をしているというのが『僕の文化祭の思い出』だ。それでも、文化祭が嫌いだと断定しなかったのは、言われたことを無難に済ませていたら、仕切りたがり屋ともお祭り男と囃し立てられることも独活の大木と後ろ指を指されることもない。要は楽に目立たずに済むイベントだからである。
そんな僕が他校の文化祭に顔を出すなんてこと天と地がひっくり返ってもあり得ないと誰もが思うだろうし、何より僕がそうだと思っていた。
が、僕は現に今、私立延照高校の文化祭に訪れている。
明日、異常気象が発生したらその原因の1パーセントは僕のこの行動にあるかもしれないが、99パーセントくらいは葵姉さんから送られてきたあのメールにあるとここに断定しておく。
『弥くん元気にしていますか?今度の文化祭で私たちのクラスは、たこ焼きの模擬店をするんです。あ、今度というのは9月20と21日のことです。弥くんもお昼時にたこ焼きはいかがですか?待ってます!』
待ってます、というのが僕の返事を待っているという意味なのか僕が文化祭に行くのを待っているという意味なのか判らなかったが、それが判ったところでどうでもいいなと思い直して、僕は丁重にお断りのメールを入れようと文章を練り出していた。
ええと、折角の葵姉さんのお誘いなので行きたいのは山々なんですが、その日は大事な用事があるんです……。そう、確か欲しいなと思っていた文庫本の発売日だったかと!葵姉さんがお忙しいようでしたら、葵姉さんの分も買っておきますよ。保存用と布教用と読書用で3冊くらいいっときましょか。
さすがにここまでふざけてはいないが、そんな感じの上手い言い訳をあらかた書き終えたぐらいに再び葵姉さんからのメール。どこからか僕の様子を見ていたのではないかと言うような絶妙なタイミング。
『久しぶりに弥くんに会いたいなと思っていたんです。来てくれたらお昼ご馳走しますよ!たこ焼きですけれど』
この瞬間、僕の書いた返信のゴミ箱行きが決定し、文庫本の発売日も違う日だった気がしてくるのが僕が僕である所以だ。
昼飯がたこ焼きだけと言うのは育ち盛りの高校生としてはまずいのかもしれないが、そんなこと知ったこっちゃない。昼飯代を浮かして、いつか発売するだろう創元推理の復刻版を買う予算にするとしよう。
僕は二つ返事で『行かせていただきます』と出した。
折角もらったパンフレットをペラペラとする。
『ダンス部:オープニングとエンディングにホールでダンスをします』 とか『クイズ部、部員と勝負しませんか。賞品あり』と順当なものもあれば、反響板研究会やらエンジン研究会、二次元研究会なんていうのもある。
『其方も錬金術師として名を馳せてみぬか。さすれば闇に光が射すことになろう』何か痛々しい文字が見えたぞ?
ミス研も文芸部もないことに不思議を感じていたら、libraryとイタリック体で書かれたプレートが見える。
洒落たガラス張りの空間。どうやらここが図書室らしい。
僕が普段懇意にしている市立図書館とどこか似た形だな、とかパンフレットなしでも辿り着けたじゃないかとか、そんなことを思いながら自動扉をくぐる。
新刊、とか文庫コーナーの「A」とかその辺りを見ていたところで意図せずして僕の図書室探索は終了を告げた。
「弥くん!」
振り返れば葵姉さんがいた。
「そんな、肩で息をする、を実践しなくても良かったのに」
「弥くんに……はやく、会いたくて」
そんなに早く僕にたこ焼きを
「弥くんに、相談したいことがあるんです……」
「……?」
この時、僕の昼飯の上に暗雲が立ち込めているような気がしなかったこともない。気のせいだと思いたかったのだ。
「弥くんに、解いてほしい謎があるんです」
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