第27話 スラム街解体策
アコニツム市議会。アコニツム市の運営を一任されており、市民の中から選挙を経て選ばれる。実質的な支配者とも言える。アコニツムに配備されている軍を動かす権利も持っている。
市議会が働く市庁には、十人の市議会議員がいた。この十人が市議会議員の全てだ。人数ばかり多くなっても無駄だろうという考えから選抜された十人が運営するようになっている。
「では、決行は明日。よろしいですな?」
ギルランダーが他の市議会議員に確認を取る。それに対して、全員が頷いた。この場に市長はいない。基本的に市議会のみで市長が存在する事はない。この十人で市長を務めているようなものだった。
「ですが、これを陛下は許して下さるでしょうか」
「では、上に壁の拡張を嘆願すると? 一体何年掛かるでしょうな。加えて、我らが市議でいられる間に事が終わるとも限らない。これで次の市議会が中止すれば、壁の拡張もなくなりますな。アコニツムの発展は見込めませんぞ」
「アコニツムをより大きな街にする。そう考えた場合、あの無意味な区画は邪魔なのですよ。あそこの住人は、アコニツムに貢献していない言わばゴミ。ゴミは掃除しなければならないでしょう。これは大掃除なのですよ」
「ええ。ええ。その通り、それによって私達に入ってくる利益はいか程か……」
「新たな観光資源にすれば、更に更に……ふひひ」
十人の中で、唯一この政策を疑問視する者もいたが、多数決により可決された事を覆す事は叶わない。確認を取られれば頷くしかなかった。
「では、決まりですな」
ギルランダーは、手を組んで口元を隠しながらそう言う。隠している口元では、弓なりの笑みを浮かべている。全ては街の利益ではなく自分達の利益のため。
翌日。スラム街の解体が始まる。市議会が雇った解体業者。それはどう見てもまともな人間達ではなかった。裏稼業で生きているような人間達がスラム街へと向かっていく。後ろめたい人間はスラムの中に簡単に忍び込める。
そんな侵入に気付かずに、スラム街を囲むように住人達は武装しながら市議会が送り出してくるであろう解体業者や鎮圧のために来るであろう軍に備えていた。
『一部区画内で住人の蜂起が確認されました。これに対し、鎮圧のために軍を派遣します。アコニツム住人の方々は当該区画周辺から避難するようにお願いします。繰り返しお伝えします。一部区画内で──』
街中に響き渡るように避難勧告が発令した。住人達は即座に避難を始める。その勧告をシャルロットは教会内で聞いていた。
「二週間か。大分長かったね」
「様々な準備に時間が掛かったものと思われます。ですが、こちらにとっては好都合でした」
「だね。じゃあ、リーシェル行ってくる」
「気を付けるのよ」
「うん」
シャルロットはそう言って笑い、ラスティーナと一緒に魔法で姿を消して窓から出て行く。
(全く危険な事ばかり思い付いて……本当に気を付けなさい)
シャルロット達の計画が実現可能段階に至ったところで説明を受けていたリーシェルは内心溜息をつきながら、姿の見えないシャルロットとラスティーナを見送った。
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「うおおおお!!」
スラム街の住人達が鎮圧に動いている軍の部隊に向かって火炎瓶を投げる。鎮圧部隊は車両を盾にして火炎瓶を避けていた。
「これどうなってるんですか!? こんな蜂起をされるって何があったら!?」
「噂は聞いているだろ! お偉いさんがスラム街を取り壊すと言ったからだ!! ったく……こんなクソみてぇな仕事を寄越しやがって……」
「隊長……これ鎮圧する必要あるんですか?」
上のやる事に賛同していない部隊員がぼやくと、鎮圧部隊長を務めている男がヘルメットの上から拳骨を落とす。
「馬鹿野郎! 興奮した奴等が無関係な奴等に危害を加えたらどうするんだ! ここで押さえ込んで被害を最小限に済ませる! 良いか!? まずは落ち着かせるぞ! スラム街の住人もアコニツム市民に変わりはない!」
鎮圧部隊の装備は部隊長の意向により、非殺傷武器になっている。殺害による無力化ではなく、死人を出さずに鎮圧するためだ。同じ市民である事に変わりはない。その部隊長の考えは、同じく鎮圧に動いている全分隊が共有していた。
「クソっ! 俺達の居場所を奪わせてたまるかよ!!」
次々に投げられる火炎瓶。そして、軍からは催涙ガスが投げられる。しかし、運の悪い事に風向きが悪く、最大の効果を出すに至ってはいなかった。
そんな住人と軍の攻防の中でスラム街の一部が爆発した。
「うおっ!? 何だ!? 向こうの策か!?」
部隊長は唐突の爆発に驚きながら確認する。部隊員は、スラム住人達の様子を素早く確認して答える。
「いえ、住人も困惑している様子。別の何かです」
「そういえば、情報としてスラム街の住人以外に物騒な表情をした奴等がスラムに入っていったって話なかったでしたっけ?」
「欺瞞作戦かと思ったが、まさかそいつらが……だが、何のためだ?」
「解体業者代わりでしょうか?」
「おいおい……どこまで腐ってんだ!? くそ! こんな事してる場合じゃないぞ! 無理矢理にでも住人と交渉して、避難誘導と救助に当たる! 良いな!?」
『はっ!!』
部隊長の判断で鎮圧を終えて救助活動に移行しようとした瞬間、スラム街で次々に爆発が連鎖して起こる。それは増築を繰り返したスラム街の建物を、ドミノ倒しに倒壊させるには十分だった。
「馬鹿野郎!!」
部隊長が叫ぶが、叫びに倒壊を防ぐ効果など無い。すぐにスラム街の崩壊の音が響いてくる。そのはずだった。
「あ?」
部隊長は間抜けにも口をあんぐりと開けて、信じられない景色を見ていた。それは建物が倒壊するどこか、崩れそうになっていた建物が時間を巻き戻したように元の形へと戻っていく異様な光景だった。同時に炎上していた街や車も次々に鎮火されていく。
「な、何だ!?」
「分かりません! 住人達も困惑しているようです!」
唐突な事態に部隊長達だけでなくスラム街の住人達までも困惑していた。全員にとって予想外の事態が起きているという事が分かる。状況を確認しようと動き出そうとした部隊長は、身体が重くなるのを感じた。
「な……」
直後、胃の内容物を吐き出したいと思う程の重圧がアコニツムを包み込む。中には耐えきる事が出来ずに、強制された緊張感に吐き戻している部隊員やスラムの住人もいた。
「っ……大丈夫か!? くそっ……な、何だ……何なんだ……!?」
部隊長は、吐き戻している住人に駆け寄り、その背を擦りながら周囲を見回す。だが、周囲には重圧を放っているであろう何かは見当たらない。原因を特定出来ずに部隊長達の耳に声が聞こえてくる。
『愚かな人間達よ。自らが犯している過ちとその罪を理解しているのか?』
アコニツム全体に広がる声。その一文字一文字が人間達に小さく圧を与えている。それは身体の近くで重低音だけを強く出すスピーカーを置かれているような状態だった。人間達の恐怖を煽るような声だ。
『自らの欲望のために、多くを犠牲にする。そんな愚かな選択を私は許さない』
人々は声の主を探す。やがてその視線は、空へと向かっていった。そこには黒いローブを羽織った二人の人物が飛んでいた。人間の常識では、まだ飛行魔法は実現出来ていない。
つまり、飛行魔法を使っている時点でそれは魔族かそれに近しい存在となる。
アコニツムでもある意味有名な魔素持ちであるシャルロットは、まだまだ子供。前に起こったレベッカ誘拐事件の際に空を飛ぶところを目撃されているが、今空を飛んでいる者達は、大人と同じくらいの背格好をしている。この時点で、シャルロットではないと簡単に予想出来る。
そして、空の人物がシャルロットではないという証拠は、次の瞬間に明らかになる。
二人組の内、前にいた者がフードを払う。フードを払ったその人物は、シャルロットと似ても似つかない。白い髪と赤い瞳。そして、側頭部から後方に伸び、先の方が丸くなっている黒い巻き角。端麗でありながらどこか幼さを残すような魔族の女性だった。
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