22
「花火大会か……」
家への帰り道、ボクは一人で呟いた。
花火大会にはボクのとって大切な思い出がある行事だった。
何せその思い出はボクが舞台役者を目指すことを決めたきっかけ。
大切な理由だったから。
夕暮れの街を歩きながらボクはあの時を思い出す。
それはまだボクが小学校低学年だった頃のことだ。
花火大会の夜、ボクは一人ぼっちの幼い少女を見つけた。
屋台通りの端っこに座り込んでいたその子は俯いて、何度も目元をこすっていた。
その手の隙間からポロポロと雫が流れているのを見て、ボクは立ち止まってしまった。
周りには人がたくさんいるのに、みんな屋台の灯りに夢中で……。
まるでその子のことが見えていないようだった。
一人ぼっちで泣いている女の子。
ボクはその存在を放っておくことができなかったんだ。
だって憧れの王子様ならそうすると思ったから。
当時のボクはもう王子様に憧れていた。
花火大会より少し前、ゴールデンウィークに子ども会で演劇を観に行った。
その舞台には王子様がいた。
弱きを助け、悪を許さない。そして何よりお姫様を命懸けで守る。
ボクには彼がとても光り輝いて見えて、かっこよく思えたんだ。
――こんな人になりたい。
幼いボクはそうやって王子様に憧れた。
自分が憧れたあの王子様なら、泣いている女の子を絶対に放っておかない。
だからボクは。
「どうして、泣いてるの?」
その子に声をかけたんだ。
……思えばそれがすべての始まりだった。
ボクの声に彼女はゆっくりと顔を上げた。
長い前髪のせいであまり顔は見えなかったけれど、前髪の隙間から覗く瞳が見えた。
綺麗な瞳だった。
けれど、もったいなと思った。
だってその瞳は綺麗なのに悲しみで曇っていたから。
そうでなければもっと綺麗だったのに。
その子は何も言わずまた俯いてしまって、その瞳は見えなくなってしまった。
「……ひとりぼっちに、なっちゃった」
その子は小さく言った。
騒がしい花火大会の会場で、その子の声はかき消されそうなほどに弱々しかった。
「そっか……」
それだけで事情なんてわかるわけなんてない。
けれど一人が心細くて泣いているんだと思った。
それならやることは一つだと、幼いボクは思ったんだ。
「さびしかったね。でももう大丈夫だよ」
「……え」
少女はもう一度ボクを見上げた。
そんな彼女にボクは、安心させるためにニッと笑いかけた。
「ボクがいっしょにいてあげる。そんなさびしさなんて、わすれさせるよ」
ボクはそうやって手を差し伸ばす。
憧れの王子様を真似て、少しキザっぽくやってみたりして……。
「……本当? 本当にいっしょにいてくれるの?」
彼女は不安そうに瞳を揺らした。
「もちろん!」
ボクが勢いよく頷いてみせると、少女は呆然としたような顔を見せて……。
それから恐々ゆっくりと手を伸ばしてきた。
やがて、彼女はボクの手を握る。
その時、ボクは見たんだ。
長い前髪の間から覗いた綺麗な瞳が、微かではあったけれど確かに輝き出したのを見た。
やっぱり綺麗だなと思った。
もっと輝いてほしいと、そう思ったんだ。
「さあ、行こうか」
立ち上がった少女の手を引いて、ボクは歩き出す。
それからは一緒に屋台を回って遊んだ。
そうやって楽しさを共有していくうちに、少女の瞳の輝きが増していった。
どんどん綺麗になっていくのが嬉しくて、それを引き出しているのが自分だと言うことが嬉しかった。もっと輝いてほしいと願った。
そうして花火がもうすぐ始まるという頃、ボクと少女は手を繋いで河川敷に立っていた。
今か今かとみんなが待ち望むざわめきの中で、彼女がボクの手をギュッと強く握る。
「どうしたの?」
そう聞くと、彼女は足元に視線を向けた。
躊躇うように、足元とボクを交互に見て。
やがて意を決したようにボクの目を見つめてくる。
「あのね、ハル君……。わたし、ハル君みたいになりたい」
そして彼女はそう言ったんだ。
「……え?」
「……ハル君はわたしを見つけてくれて、手を引っ張ってくれて。その、かっこよくて。自信があって……。わたしとはちがっってて……」
「……だからボクみたいになりたいってこと?」
彼女は小さく頷いてみせた。
……ボクは嬉しかった。
だってそれは憧れの王子様みたいに、誰かの憧れになれたような気がしたから。
「……なれるかな。泣き虫じゃなくて、ハル君みたいに強く……、なれるかな?」
ボクは勢いよく頷いた。
「がんばったらなれるよ」
「でも……、自信、ないよ」
「……じゃあがんばれるように、ボクも君のなりたいボクでずっといるためにがんばるよ」
「本当……?」
「うん、一緒にがんばろう!」
「約束、してくれる?」
「うん!」
ボクと彼女は小指を絡ませて、指切りをした。
その瞬間、夜空に花火が打ち上がった。
色とりどりの花火はとても綺麗で……。
けれど、それよりもボクは別のものの方が綺麗だと思った。
だって彼女の瞳が今までよりも、一層光り輝いたんだ。
まるで夜空に輝く星のようで、それは舞台に立った王子様の輝きに似ていた。
それが何よりも、どんなものよりも綺麗だと思った。
その輝きがボクだけを見ている。
それが嬉しくて……。
ボクが少女の憧れで居続ければ彼女はずっとその輝きをボクに向けてくれるかもしれない。
あるいはもっと強く輝くかもしれない。
それが見たいとボクは思った。
あれからもうずいぶんと経った。
あの子は今何をしているんだろうか。
ボクの名前は伝えたけれど、後になってあの子の名前を聞かなかったことに思い至った。
気がついた時にはもう遅かった。
連絡先だって知るわけもなく、聞くことなんてできなかった。
次の年の花火大会でも出会うことはなかった。
それからずっと会えなくて……。
だからボクはあの子の名前を知らない。
……そういえば、麗寧の輝きはあの子に似ている。
だからボクは麗寧に惹かれて……。
いやいや! 惹かれてないから!
そうじゃなくて、そう。ただ気になるだけだ。
もしかしたらそれは約束の子に似ているからなのかもしれない。
……もっとも、似ているのは瞳の綺麗さだけだけれど。
あの子の身長は当時のボクよりも低かったし、性格だって麗寧とは正反対だった。
だからまったくの別人だ。
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