第1話:運び屋ディアス②
クルーガーが理事を務めるアルミディア学園ままでは、ディアスが根城にしているハーリー配送所から直線距離でおよそ12キロ。徒歩で行くにしては少し遠い所にある。
学園は17ある区の内の3区に該当し、都市の中では4番目の広さを持つ。8つの魔術学園といくつもの学生寮、他学園関係の施設が主にあり、別名学園街と呼ばれている。この都市に住む子供は皆、この街のいずれかの学園に入学する。異国から来る者もおり、都市内外問わず人気がある。
学園街までのアクセスは様々だが、多くは列車かバスを使う。
ディアスもまた、列車で学園街まで行こうとしている。
最寄り駅までは市街地から徒歩10分程で着く。
今日は少々気温が高いように感じられる。汗をかく程ではないが、シャツ1枚でも十分そうだった。空を見上げれば案の定、雲も少なく、陽射しを遮る物はなかった。
市街地を行き交う人々を見ると、ほとんどが薄い装いだった。街中の広告も次の季節に向けられたものに変わっており、季節の変わり目を視覚で感じ取れる。
季節という点以外にも、時代の移ろいを街の景色から感じ取れた。
建物の作りは基本的にレンガ造りが多いが、最近は違った建築物も目立ってきた。木造をベースに外壁部にはサイディングを貼り、モノトーン調や明るい色合いの家々が主流となっていた。鉄骨やコンクリートを使った高層の建物も増えてきた。かつては高層の建造物といえば時計台か、港町や岬にある灯台くらいだった。
昔は違ったな、と物思いにふけながら、ディアスは駅へと向かった。
昔ながらのレンガ造りの駅は古き良き匂いがした。改札口横の切符売り場でお金を払い、駅員に切符を見せて改札鋏で穴を開けてもらう。
ディアスのいる6区から3区までは、内回りを乗ればおよそ15分。丁度、出発時間になりそうな列車に乗れた。
列車に揺れること15分経つと、時間通り3区へと到着する。
列車から降りて改札を抜け、スロープを下って駅を出る。
駅を出た先は、シャトルバス運行用のターミナルが広がっていた。市街地と違って出歩いている人は極端に少なかった。
学園街というだけあって、この駅を利用する人は限らている。寮はこの区にある為、学生が通学で利用する事はないだろう。平日の利用客といえば、ディアスのように招かれた者や他区に居を置いている教員ぐらいだろうか。いつも閑散とした風景が印象的だ。
駅からアルミディア学園まではシャトルバスを利用すれば3分とそこまで距離はない。学園の中でも1番近い場所に位置していた。
ディアスは決まって、駅からは徒歩で学園へと赴く。歩いても大した距離や時間ではないからだ。
少し斜面になった石畳の道を登って行き、突き当たりを右へと進んでいく。
しばらく道なりに沿っていくとアルミディア学園前のロータリーに着いた。
ロータリーを抜けると、大きく聳え立つ外壁が真っ先に視界に入る。
壁は左右に伸び、真ん中には大きな格子状の門があった。通学時間を終えているからか門は閉じられている。
その門の横には鉄扉があり、受付と表記された銀のプレートが陽気に当てられて反射光を放っていた。
ディアスは受付室へと入り、カウンターで用紙に名前と要件を記入。その用紙と共に、一応クルーガーの名前を出し、連絡を取ってもらう。
しばらく待って許可を貰うと、警備員から番号の入った来客用のバッチを渡される。それを胸ポケットに留める。
受付を済ませて庭へと出ると、所々に植えられた色彩豊かな花々が迎えてくれた。花束を持ってもてなされている気分になる。
庭の真ん中には大きな噴水があり、居心地のいい清涼感に溢れていた。
その庭の奥には、まるで城のような学舎が建っている。
理事長室は、学舎を3階へ上がって渡り廊下を進んだ先にある。ダークブラウンの木目調の両扉と、その両脇に添えられた青々しい観葉植物が目印だ。
理事長室の前まで着いたディアスは、扉を軽くノックする。
「俺だ。入るぞ」
返事を待たずに中へと入ると、部屋の奥でデスクに座る男性が、ディアスを見るや細く笑んだ。
「……なにニヤけてんだよ」
「いやいや、別に何もないよ。ディアス殿。……ただ、そうやってこの部屋に入ってくるのは君ぐらいだなと思ってね」
「悪いね。あんた相手だと、つい」
「何も咎めているわけではないよ。これは嬉しさだよ。そうやって接してくれるのは君ぐらいだから」
男性はニコニコとした笑顔を見せているが、どこか胡散臭い感じがする。人が良さそうというよりも何かを企んでいる、そんな裏を感じさせる笑み。相変わらずと言えば相変わらずだった。
彼の名はクルーガー・マインズ。色素の薄い長髪を後ろで1本に束ね、右目にはモノクルを掛け、見た者に博識な印象を与える。実際の所、魔術師としても数少ない「賢者」の称号を持つ智勇兼備な人間だ。
年齢不詳で青年にも見えなくはないが、実年齢はいいおじ様だろう。
「まあ、とりあえず掛けておくれ」
クルーガーは目の前のソファー席に座るよう手で促す。
「何か飲み物はいるだろうか? 最近、いい茶葉をもらってね」
「いや、いい。俺はそういうの鈍感だから、もっとまともな人に出した方が茶葉も喜ぶ」
そうか、とクルーガーは少し残念そうな顔をした。
ディアスとしては長居するつもりはなかったから、もてなされても困るところであった。
ここに何度か足を運んでいるが、部屋の装飾がどうにも落ち着かない。床には紅色の絨毯を敷き詰め、木製の家具はどれもディテールが凝られて如何にも高そうだ。壁に飾られた絵画も、恐らくただの安っぽい絵ではないだろう。どれも気品に感じられる。
極めつけは、自身の誇りとも言うべき勲章の数々が大きな棚に飾られている。何かの賞を取ったのか、賞状とトロフィーが所狭しと棚に収められていた。
「それで、要件ってのは?」
ディアスはソファーに腰掛ける。
「なに。至ってシンプルだよ」
クルーガーはそう言ってデスクの引き出しを漁り、アルミ材で出来たアタッシュケースを取り出した。それをソファー席に持ってくる。
クルーガーはアタッシュケースをガラス製のテーブルの上に置いた。それからワインレッド色のスーツのボタンを外し、ソファーに腰掛ける。
「中身は薬品のサンプルだ。特に刺激を与えてどうにかなるものではないが、いつも通り丁重に扱っておくれ」
クルーガーはアタッシュケースをポンポンと叩く。
「薬品ね。まあ、なんの薬品かは聞かねぇけど。で、どこまで?」
「ウォーガン殿の所までお願い出来るかな?」
ウォーガン。その名前を聞いたディアスの眉がピクリと動く。表情から少しの嫌気を感じ取れる。
「え、あいつの所に?」
クルーガーは表情を変えず、笑顔のまま頷いた。
「その道の者に見解を聞きたくてね」
「こう言っちゃなんだが、学園の理事長にして賢者のあんたが、裏の連中とコンタクトを取り合ってるのは由々しき事態じゃねぇの?」
「思慮分別はしているよ。その上での最良を選んでいるつもりだ」
それ以前に、とクルーガーは言いながら、ディアスの元へアタッシュケースを押す。
「君の旧友だろう。ウォーガン殿がどういった者かは、ディアス殿が1番理解しているのでは?」
「今も昔も友達じゃねぇよ。ただの知り合いだ」
ムスッとした表情でディアスは答える。
「兎にも角にも、よろしく頼むよ」
「あー、はいはい。わかったよ。ちょっとは色つけてくれよ」
「善処するよ。──ああ、もう1つ忘れていた」
クルーガーはスーツの内ポケットから1枚の封筒を取り出す。宛先のない白い封筒だ。
「これも一緒に渡してほしい」
「はいよ」
適当な返事と共にディアスはクルーガーの手から封筒を取る。
アタッシュケースにも手を伸ばそうとした時、ふとディアスは思い立った。
「なぁ、1つ聞いていいか?」
「構わないが、何だろうか?」
「この前、あんたから依頼受けたやつだ。あいつ何者だ?」
クルーガーは少し驚いた様に目を瞬かせた。
意外だな、と感心しているようにも感じられる。
「君が他人に興味持つなんて珍しいね」
「別に興味とかじゃねぇよ」
「まあ、そういうことにしておくよ。──それで、この前と言うと、先日の件かな?」
「ああ。そうだ。ミレッジバレーの岬で囚われていた奴」
先日、ディアスは都市から半日程離れた距離にあるベルガッド国と赴いていた。
クルーガーからの依頼を受け、とある青年をリ=アルムまで送ることとなったのだが、その青年はミレッジバレーというかつて漁村として栄えていた廃村の灯台に幽閉されていた。
「あの国は
「どの点だろうか?」
「内乱の原因になったのは、現国王が体調不良で病床に伏せ、危篤状態にあるせい、だったか?」
「原因の1つでもあるね」
「あいつが王子だったら、捕まってる理由としては納得いく。国を乗っ取るにしては絶好のタイミングだからな。だけど、どう見てもあいつは王子に見えなかった。雑な扱われ方をしているには、暴行を加えられている形跡もねぇしな」
「確かに彼は王子ではないよ。……そうだね。彼が何者かを話す上で、今回の事の発端を詳しく話そうか」
ディアスは小さく頷く。
「事の発端は、病を患っていたウェルダー王が、万が一の事を考えて2つの政令を書いていた事だ」
そう言いながら、クルーガーは2本の指を立てる。
「内1つは、自身がこの世を去った際の──所謂、遺言書」
クルーガーは立てた指を1本曲げていく。
「もう1つは、病に倒れ国の舵取りが困難に至った場合の措置」
「今回のケースは後者か」
「ああ、その通りだよ。端的に言うと、中身は国王代理の選定方法だったそうだ。至極シンプルな内容でね。代理の選定基準は王位継承権に準ずると、手紙には書いてあったそうだよ」
「あそこは3人の王子がいるんだっけ? てことは、第1王子が国王代理か?」
「選定の基準に則ればね。だが、辞退も譲渡も可能のようだ」
「譲渡? ……まさか、王族以外に譲渡して内乱が起きたって話じゃねぇよな?」
ディアスは己の推測を喫驚とした表情で口にした。
「いやいや、それは流石に飛躍しすぎだよ。譲渡と言っても、王家の系譜であるのが前提だ。赤の他人に譲るなど、そんな前代未聞のことを成すほど、第1王子は奇天烈な人間ではないよ」
クルーガーはクスクスと笑う。
「じゃ、何が?」
「珍しい事に、第1王子は友好国の次期女王である姫君の元に婿入りする予定でね。辞退せざるを得ない立場にあり、継承権を第3王子に譲ったそうだ。いや、この場合は指名したと言った方が正しいか」
「第3王子? 第2王子じゃなくてか?」
「第2王子は王家からすれば厄介者でね。国の舵取りを任せてしまえば忽ち独裁者に成りかねない───そんな思想を持つ人間みたいでね。その点、第3王子は兄弟の中で最も利口で現国王の影響を強く受けている。適任と言えば適任だね」
クルーガーの話から推測できることは、今回ベルガッド国で起きている内乱は家族、兄弟間の摩擦によるものだろう。
辞退した第1王子が第2王子ではなく、末の弟を指名したとなれば不満が出るのも当然の出来事だと言える。
「国の大臣達も第1王子と同意見だったのか、誰も異を唱えなかったそうだ。……と、まぁ、そうした積み重ねがあったわけなのだが、内乱の引き金となったのは別にあってね」
「別?」
「ああ。ディアス殿が気にしている、彼だよ」
クルーガーは薄く笑う。
「名前は、カイル・メーディン。王宮では庭師の見習いをしていたそうだ。王家とは幼い頃から親交があるようだが、不思議な事に家族付き合いではなく個人的に仲が良かったみたいなんだ」
「幼い頃から?」
「ああ。不思議な事だろう? 貴族家系でもない、ただの一般の子供が王家と親しいなど、普通では有り得ない事だ」
クルーガーの言う通り、幼い頃から王家と親しい付き合いをしているなんて事はまず有り得ない。家族ぐるみの付き合いであっても、貴族社会が残る国において身分がそれを許さない筈だ。いくら王家が寛容的であっても、国民や貴族がそれを良しとはしないだろう。他からすれば贔屓だ。
一国の王がそんな行動を取ってしまうと、当然良からぬ噂が蔓延る。
王家がただの子供と親交を深めるのは、相応の理由があってこそ。安易な考えを持つ者であるならば、きっと隠し子だと思惟する。
「一時期、王に纏わる噂が広がってね。まあ、そういった噂話になってもおかしくはないがね」
「実際の所はどうなんだ? 話聞く限りじゃ、隠し子って考えになっちまうけど」
「王は昔から実直な人でね。嘘であるならば釈明をし、事実ならば真相を語る。白黒ハッキリ付けるそんな性格の人間が、その噂話が上がった際は、不明瞭で曖昧な言動を取っていたそうだ」
物事をハッキリとさせる人間が曖昧な答えを出す時は、大抵、何かしらのしがらみだ。嘘付けない性格であるからこそ、事実に蓋をするのに歯切れの悪い言葉しか出てこなかったのだろう。その曖昧さが、逆に噂話は事実無根とも言えそうだが。
「……隠したかったって事か。カイル・メーディンに関する何かを」
「ご明察。国にとって、民が流した噂話というのは、カイル・メーディンという人間を隠すに都合が良かったわけだ」
王が不名誉を被っても隠し通そうした理由。
ただならない何かを感じる。
「何者だ?」
ディアスは真剣な表情で、再びカイル・メーディンの存在について問うた。
「彼について、1つこういう噂がある」
クルーガーは前置きする。
「カイル・メーディンに嘘は通じない」
理解し難い答えが提示されるのかと身構えていると、帰ってきた答えは眉を顰めるほど呆気にとられるものだった。
嘘は通じない。その言葉に、いくらか疑問点を抱かざるを得なかった。
「どういう意味だ? 嘘を見破る術者なんて珍しくねぇだろ?」
「普通であればそうだ。でも彼はね、所謂、特異体質に部類される人間らしくてね。魔術師としての領域を超える人材のようだ」
「第2世代か?」
昨今の魔術界隈において、魔術師とは異なる術式を使う者が現れた。それを第2世代───別名、「使徒」と呼ばれている。その力は賢者に勝るとも豪語され、各国では密かに使徒をスカウトしようという動きもある。
使徒であるならば、カイル・メーディンを隠そうとするベルガッド国の行動には得心する。
しかし、クルーガーは静かに首を横に振った。
「いいや。その次。言うならば新世代だよ」
「新世代?」
ディアスは怪訝な表情を浮かべた。
「私も驚愕としているよ。第2世代が出てきてまだ40数年しか経っていない中で、また新たな世代が誕生するなんてね」
「その新世代っていうのはなんだ?」
「まだ未解明な部分が大半だが、その力は権能と言っても過言ではないそうだ」
「権能って言われても、今一つピンとこねぇな」
「まぁ、実際私もこの目で直接見たわけではないから、あれこれと推察した程度のものしか語れないがね」
どこか楽しそうに話すクルーガーを見て、ディアスはやれやれと思った。賢者としての好奇心が湧いたのだろう。
「カイル・メーディンが稀少な奴ってのはわかったよ。で、第2王子はあいつの力を使って国を取ろうとしてたわけか」
「あの第2王子が権能まで知っているとは到底思えないがね。凡そ、カイル・メーディンの噂を鵜呑みにして行動に移したのだろう。ましてや王が囲っていたのだ。何かあると信じて疑ってないだろうね」
国家を掌握する程の力とは一体何だろうか。ディアスの中で少し興味が出てきた。
嘘を見抜く術者など稀有な存在ではない。
故に、ただの嘘発見器にあらずだろう。
精神に影響を与えるのだろうか。
それとも人体に影響させる何かだろうか。
と、頭の中であれこれと思考をしていると、1つ思い出した。
「……そういや、依頼主はカイルの頭の中に用があるってあんた言ってたよな? 依頼主ってのは学者か何かか?」
「いや、ベルガッドの大使と外務官だよ。カイル・メーディンの力を使って、この都市で何かを企んでいる様子だったが、真偽のほどは不明だ。彼の頭の中に何があるのかは知らないが、力の一端だろうね」
「おいおい。あいつをこの都市に連れてきて良かったのか? 多分、第2王子とかも奪い返そうとか考えて、この都市に誰か寄越してくると思うぞ」
「そうなれば、混沌としそうだ」
ククク、とクルーガーは声に出して笑った。
他人事の様な態度を取っているが、都市で騒ぎが起これば自分にも原因があると理解していないのだろうか。
いや、そんなはずはないか。ディアスはため息をついた。
何を考えているか分かりにく男だが、仮に修羅場なった所で面白いとしか考えてないだろう。
「まあまあ、人の思惑でどうにかなる都市ではないよ、ここは。企みを持った所で、きっと誰かに水を差されるさ」
それに、とクルーガーは立ち上がる。
「君たちもいるんだ」
得意気そうな表情で見下ろされても、呆れたため息しか出てこない。
「俺は何もしねぇからな。何か起きても自分で尻拭いしろよ」
ディアスは立ち上がり、アタッシュケースを手に取る。
「じゃ、これはちゃんと届けるから。いつものとこに金はよろしく」
「ああ。もちろん。頼んだよ」
クルーガーが小さく手を振って見送ってくれるが、ディアスは一瞥を投げるだけで部屋を出た。
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