ep.56

「とりあえず、食べよっか」

『…ん。

——いただきます』

「いただきます。

夜まで予定、ないんだよね?」

『ぇ……ぅ…うん…?』


私は首を傾げながらも素直に頷いた。


だが菜乃はそれ以上何も言わず、目の前の食事に視線を落とす。


そしてインフルエンサーらしく、スマホを取り出してパシャパシャ、と何枚か写真を撮っていた。


その間、私は大人しく椅子の背もたれに身を預けて撮影会が終わるのを待つ。


彼女にとってこれは仕事の一貫。


特に文句はない。


男性からしたらあまりいい印象はないかもしれないが。


『……食べていい?』

「うん!ありがとー」


許可が降りたので私は提供された料理を口に運んだ。


向かい側に座る菜乃は写真投稿に忙しそう。


スマホを操作する指先は同世代とは思えない程、スピーディーだった。


流石インフルエンサー。


私は素直に感心した。


「……OK!

ごめんね、食事中なのに」

『忙しそうだね』

「承認欲求の塊なだけだよ。投稿しないとそわそわしちゃって」

『ふーん…』

「美愛はしないよね、こういうの」

『……仕事以外じゃしないね』

「仕事でするんだ?」

『会社のノルマで月にニ、三枚はスタイリング写真投稿しなきゃなの』

「へぇ…

大変そう」


SNSの活用が主流になっている昨今、会社もニーズに合わせてSNS投稿を社員全員にほぼ強制的に行わせていた。


本社勤務になってからもそれは変わらない。


正直、SNS投稿に関しては得意な人だけやればいいと思う。


現場出身の私からしたらSNS投稿に費やしているその時間があるなら、接客の時間に費やしたい。


皆んなが皆んなSNS投稿が得意なわけではない。


接客が得意な子もいる。


その子の貴重な時間を割いてまでやるべきことなのだろうか。


現場にいる時からずっと疑問に思っていた。


いつか改善したいが、私の立場ではまだまだ先の話だろう。


「後で美愛のアカウント教えてよ」

『いや』

「えー!

なんでよ。ちゃんとフォローするよ?」

『しなくていいよ。知り合いに見られるの恥ずかしいの』

「後で探してみよ」

『こら』


話しながらも私達は食事を楽しんだ。


店を出たのは一時間くらい後のことだった。


女同士だとどうも長く話し込んでしまう。


「さ、行こっか!美愛ん家」

『は?』


店を出た菜乃はそう言って私の腕に抱きついてきた。


咄嗟のことで反応出来なかった。


彼女は私の腕を掴みながら前を歩く。


話がみえてこない。


いつから私の家に行くことになったのだろう。

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