第39話: 選ばれし分岐点

トニーの言葉は、まるで現実という薄皮を剥ぎ取るような衝撃だった。

……いままで「狂気」だと思っていたこの世界が、まだぬるかったと思わされるほどに。


ボロボロになったトニーの顔を見つめながら、俺は震える息を吸った。

涙と土で汚れたその姿に、彼が語る"真実"がにじみ出ていた。


……そうか。

ドクター・モルティ。

あの女は……祖母をこの世界に飛ばした張本人、そして――


「魔導のモルタード」……!


すべてが繋がった。でも、理解が追いつかない。早すぎる。重すぎる。痛すぎる。


ドカッ!!


「っくそがァ!!」


レヴィがまた拳を叩き込んだ。トニーは吹き飛び、地面に転がる。


「レヴィ!!やめろ!!」

ロビーがすぐに飛びついて止めた。「殺す気かっ!」


トニーは反撃しない。土を握りしめ、**生きたいという本能いのちの叫び**だけで体を支えている。

そして……かすれた声で言った。


「……俺は、許されない。わかってる。だけど……最後に……お願いがある」


その声に、全員の視線が集まる。


「……バライコ《市庁舎》に戻ってくれ。あの人を……市長を、そして人類を、救ってほしいんだ」


「……どういう意味だ?」俺が訊くと、トニーは血の滲んだ唇を開いた。


「白い狼……あれは、俺の妻だ。

死ぬ直前、彼女は俺に囁いた。**"奴らの計画"**と、いま市庁舎に迫る"危機"を……」


「市長は……監視されている。自分で動けない。でも、あの人はお前らに託したんだ。西へ向かわせたのも、そう。真実を見せるために。

だが――今、"あいつら"が来る。シエイロの一柱が、市庁舎を……全滅させるつもりだ」


ぞくり――

背筋をなぞるように冷気が走る。


ロビーの目が細められ、レヴィは拳を握りしめたまま立ち尽くす。


「また嘘じゃないのか?」レヴィが低く呟く。


トニーはただ首を横に振った。「……今度だけは……信じてくれ」


ロビーが俺を見た。「アリア?」


俺は……彼の顔を見つめた。

……血まみれの顔。震える指。涙の意味。


「……信じるよ」

だって、信じるしかないんだ。


「じゃあ……行こう。急がなきゃ」ロビーがすぐに判断する。「もう、時間がないかもしれない」


「でも、どうやって戻るの?歩いたら数時間はかかるよ」

フェイが言う。ジョニも頷いた。「今の俺たちに、それだけの余裕は……」


「ちょっと待てよ!!」

怒号のような声が飛んできた。


「ふざけないでよ!私たちが助けたのに、置いていく気?!」

エリッサが怒りを爆発させる。


ロビーが手を上げた。「ちがう、そうじゃないんだ、エリッサ――」


「助けなきゃいけないのよ!!市庁舎には、まだ人がいるんだから!!」

俺が遮る。


「……シエイロとの戦いは続く。でも今は、**非常事態エマージェンシー**だよ」


「クソ……政府のやつらなんか信じられるかよ……」レヴィは唸るように呟いた。


もう限界だ。言い争ってる場合じゃない。

――なら、分けよう。覚悟を決めるしかない。


「ロビー、レヴィ。シエイロを倒すのは……君たちに任せる」

「私とフェイで、市庁舎を救う。敵は一人でしょ?私たちで十分」


ロビーが言いかけるが、俺は言い切った。


「大丈夫。合理的だよ。両方救えなくなるくらいなら、分担するしかない」


(……それに。こっちのほうが安全だしね)

(フェイとなら……何とかなる)


「俺も、行くよ」

トニーがぽつりと言った。


ロビーがすぐ反応する。「復讐か? クスワラさんは、あんたを助けたんだぞ? オーガと一人で戦って――」


「……わかってる。ただ……何もしないなんて、もうできないだけだ」


「……いいだろ。ついてこい。でも無茶するなよ」


「で、どうやって戻るの?本気で歩くのかよ?」フェイが聞き返した、そのとき――


「……なら、私に任せて」


ズン――ッ


エリッサが一歩踏み出すと、両手を掲げ、呪文を唱え始めた。


「ナ・ネト……アン・ノン……アーダ・ケメン・エアニル・ソーン……

《トゥリーズ・オブ・エデン!》」


ズガガガガガガガッッ!!!!!


地面が震えた。

小石が浮かび上がり、地中から伸びた**命のいのちのき**が、俺たちを持ち上げていく――!


「な、なにこれぇぇぇぇぇ!?!?!?」


ぐおおおおっっ!!

まるでリフト!いや、これは……生きたエスカレーター!?

爆速で廃墟の中を駆け抜け、空へ、空へ――!


「……実はね。私は……王国最高魔導院の次期大導師候補なのよ」


「は、はぁあああ!?!?!?」


「ちゃんと、掴まって!!」


「何を!?何を掴めばいいのさっ!!」


ブワアアアアア――ッ!!!


風が顔を切り裂くように吹き抜ける。俺は、必死で樹の幹にしがみついた。

……うん、生きてる。これは、**生きてる乗りモンスターバス**だ。


「ねぇ、エリッサ!こんなすごい魔法があるなら、なんで今まで使わなかったの!?避難民も乗せれば――」


「ムリ……」

「この上空は……魔力が濃すぎる。障壁だらけ。私のマナじゃ……全員は運べない。

でも――アエギスの力があれば……きっと、君なら……」


「……信じすぎだよ、キミは」


でも、もしかして……

俺は――この狂った世界を変えるために、ここに来たのかもしれない。


街が見えてきた。あの壊れた都市――バンドゥン。

それでも、そこにはまだ光があった。


「……ここまで、かな」

エリッサの声が震えている。「ごめん……私、限界……」


ゆっくりと、樹が沈んでいく。

彼女は笑っていた。疲れ切って、それでも……優しく。


「……すごかったよ、エリッサ」

「うん……へーき、だから」


足が地面に着いた。崩れたコンクリの上。

遠くに見える、市庁舎の影――


空はまだ灰色。世界はまだ壊れている。

だけど――


俺たちは、生きてる。

そして、まだ――あきらめてない。


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