Thread 06|誰にも見えない男
毎晩、終電に乗っている。
理由は、もう覚えていない。
ただ、そこに“乗らなければいけない”と、誰かに言われた気がする。
誰にも気づかれない。
声をかけても、反応しない。
それでも俺は、何百人、何千人の乗客を見送ってきた。
ひとつだけわかっていることがある。
——誰かを“連れていく”ために、俺はここにいる。
それが、俺に課せられた役目。
それが、この終電という場所の“意味”。
ある夜、いつもと違う空気が流れた。
車内に、ひとりだけ、俺を見た“気配”のある男が乗っていた。
目が合いかけた。
背中が、わずかに震えていた。
電車を降りて振り向いた彼に俺は思わず声をかけそうになった。
「もう、気づいてるんだろ?」
それから数日、俺は彼が”こちら側”に来るのを待っていた。
何度も目が合い、思わず声をかけそうになった。
彼も薄々、気付いているはずだ。
その日、彼は何度も、こちらに背を向けて逃げた。
でも、ここは一本道。
同じ車両を、同じ景色を、ただ繰り返す。
彼が“選ばれた”理由はわからない。
けれど、終点はもうすぐだった。
——終点。それは、生きている者には決して降りられない場所。
最後に声をかけたとき、彼はもう振り返らなかった。
ただ、静かに、闇の中へ歩いていった。
俺の横を、通りすぎて。
終電は、また発車する。
乗客のいない車内を滑るように。
次の夜、また誰かが“気配”を持って乗ってくる。
そのたびに俺は思う。
——なぜ、俺がここにいるのか。
——なぜ、終点に連れていくのか。
思い出せないまま、俺はまた座席に座る。
誰もいない車内で、次の“誰か”を待っている。
***
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07|終点のひとつ手前
遡る記憶──"あの男"が人間だった頃の話
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