Thread 02|気配と視線

あの男は、またいた。


やはり終電、同じ車両、同じドア脇。


無表情のまま、ドア脇に立ち尽くし、顔を伏せたまま動かない。

昨日と、まったく同じ姿勢。

時間すら止まっているような、異様な静けさ。


「気のせいだ」

そう言い聞かせながら、今日もいつもの座席に腰を下ろす。

けれど──背中に刺さる、あの視線だけはどうしても誤魔化せなかった。

振り返れない。

けれど、意識が勝手にそちらへ向かっていく。


耐えきれずにスマホを手に取った。

男の方を見ないように、スマホを覗き込むフリをしていた。


やはり見られている──

そう確信した瞬間、全身の血流がざわつく。


その時、車内の蛍光灯が、一瞬だけチカリと揺れた気がした。

思わず反射的に伏せていた目を上げてしまった。

──男の顔が、まっすぐに涼の方を向いていた。


目が、合った。

真っ暗な瞳。感情のない、底のない視線。

一瞬で、血の気が引いた。

見たくない。

なのに、視線が離れない。

喉の奥がぎゅっと締まるような息苦しさに耐えながら、ようやく目をそらした瞬間、電車は次の駅に停まった。


扉が開いて、数人が乗り込んでくる。

……誰も、男のことを気にしていない。

まるで、見えていないかのように。

乗客が彼のすぐ横をすり抜けた時、涼は確信した。


あれは、この世のものじゃない。

なのに、なぜか……“俺には見える”。

逃げられない。

そう、思った。

呼吸が浅くなり、全身が汗ばみ、喉が締め付けられる。


再び電車が動き出しすと涼は目を閉じて、眠ったふりをした。


いつのまにか本当に眠ってしまったようだった。

終点で駅員に起こされたときには、男はいつの間にか消えていた。

それでも涼の中には、妙な確信が残っていた。


──“あれ”は、俺を見ていた。

ただの視線じゃない。何かを伝えようとするような視線。


けれど、それが何なのかは、まだ分からなかった。

ただ、心のどこかで、もう後戻りはできないことだけがわかっていた。



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👉Next Thread 03|距離の消失

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