事故を起こし料理界から追放されたシェフの成り上がり。

彼方夢(性別男)

第一章 三ツ星

第1話 二年前、失った三ツ星。

 1


 霜鳥きりしま彼方かなたが喫煙所で煙草を吸う。副流煙は昇る。此処は喫煙ボックス。頭にタオルや作業服を巻いた棟梁と思わしき中年や、細身の青年などがいた。彼方は短くなった煙草を灰皿に捨てた。


 ボックスから出たらズボンのポケットからバイクの鍵を取りだした。その際にからになったショートホープの箱も捨てた。

 大型バイク「ニンジャ」に跨った彼方がエンジンキックをして軽快に走り出した。

 どんどん上げていくスピード。メーターがレッドゾーンまで回ったらウィンカーを出して減速しながら車線変更をする。

 そして彼方はある高級レストランに向かう。鳴る腹の虫を感じながら。



 高速から降りると真っ先に向かったのは行きつけのガソリンスタンドだった。

「久しぶりだねえ。もしかしてあそこに行くのか?」

 彼方がメットを外す。

「はい。その予定です」

 ガソリンを満タンに入れてもらえたらまた道路を走り始める。

 風を切るこの感じがたまらなく好きなんだ。

 調子に乗ってどんどんとスピードを上げてしまいそうになるが違反切符だけは切られたくないので少しアクセルを弱める。

 そして渋谷の一等地にその店はあった。


 ――カルテット。それがこの店の名前だ。

 だがミシュランでの三ツ星を獲得しそこなった、ある意味の有名店。

 実はこの店で彼方が働いたことがあるのだ。

 

 そう、彼方は料理人だった。


 3


 二年前。事前情報でカルテットにミシュランの審査員が訪れるというので、料理人の士気が上がっていた。

 それに水を差すような真似をしたのが彼方だった。

 ウェイターがアレルギーの注意をした。ナッツ類が駄目なお客様がいると。

 だがしかし彼方は間違ってメインの料理にナッツを混ぜてしまった。

 そのことで客が倒れ、不幸にもその近くの席にいたミシュラン審査員によって店の評価が決定付けられてしまった。


 それがきっかけで、当時莫大な影響力を持っていたカルテットから彼方は料理界に追放されることになった。

 

 二年ぶりの店の門扉を開けるとかつての後輩が玄関にやって来て、驚いた顔をした。

「どうしてここに来たの?」

「……また働きたいな、なんて」

 その後輩はポニーテールの髪で、身長は155センチと小柄。かなり気が強い性格。

 名前は李山りやま加奈子かなこ

「もう帰って。あなたにこの店の敷居を跨いでほしくはない」

「やっぱりお前は気が強いな。恋人だったときは存分に甘えていたくせに」

 加奈子は顔を真っ赤にさせたが、もう彼方と話すことはないと判断したのか厨房へと戻っていった。

「淳とか健斗は?」

 加奈子が鋭く睨みつけてきた。その瞳には恨みの執念が宿っているように思える。

 腰元に手をやって今度は真っ直ぐ見据えてくる。

「ほとんどみんな辞めたわ」

「……やっぱり俺がやった事故のせいで……」

 眉を顰めてこちらに詰め寄ってくる。

「あなたはあれが事故だと思っているの? あれはれっきとした事件よ」

 彼方は腕を組んで鼻から息を吐いた。

 その堂々とした態度を見て、加奈子は反応に困ってしまう。

 彼がナッツを混在したことで店の仲間とばらばらになってしまった。

 あと少しで三ツ星を取れそうでもあったがそれも消えた。

 だからこそ、本当だったら彼は加奈子に合わせる顔がないはず。


「なあ、もう一度狙わないか」

「えっ、なにを?」

 彼方がにやりと笑って指を三本立てた。

「三ツ星だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る