第17話_AI再起動〇時三分

 七月七日、深夜零時三分。時計塔の鐘は鳴らなかった。代わりに、町中に流れたのは「警戒レベル3」の機械音声だった。

  「再起動シーケンス、完了。対象:監視AI“ヘルメス”」

  旧海洋研究所の地下深く、誰もいないはずのラボで青白いランプが点灯する。その数秒後、町の信号、交通網、通信回線が順に切断されていった。

  「――きた。やっぱり、やりやがったな」

  高台の時計塔内部。隼人は膝にノートPCを乗せたまま歯を噛み締める。画面には接続不能になったAIノード群のマップが表示されている。

  「サイレントロア、AIの完全掌握に動いたね……」

  希実は塔の最上段、無線機の前で冷静にマイクを握っていた。

  「これより、非常通信に切り替えます。周波数一二五点七メガヘルツ。聞こえてる人は、家族と一緒に深呼吸して。まず、声を交わして。落ち着いて」

  ノイズ混じりの周波数に、希実の声が広がっていく。だがそれを妨げるように、外のスピーカーからAIの再起動アナウンスが連呼された。

  「――君の声、掻き消されるぞ」と隼人。

  希実は小さく首を振る。

  「声が届かなくても、言い続ける。だって、“誰かが聞いてる”って、信じてるから」

  その瞬間、無線にひとつ、年配の男性の声が入った。

  《……こちら、港第三区の灯台管理員。聞こえてるぞ、少女。了解。家族も無事だ》

  無線室の空気が震える。続いて、複数の家庭からの通信が入る。

  《一〇三番地、母子ふたりいます》《西通り八丁目、町会長代理、通信受信》

  「……やった」

  希実の肩が少し震えた。けれど彼女は泣かない。ただ、深く息を吸って、再び語り始める。

  「この町には、あなたたちがいます。誰かが誰かを気にかけている限り、AIには真似できない力がある。それは――信頼です」



 その頃、町の中心部ではAI制御下の無人交通が停止し、車両が路肩にずらりと並んでいた。唯一動いているのは、港湾倉庫に向かって走る自転車だった。

  「急げ、俊哉!このままじゃ、閉じ込められる!」

  ペダルをこぐ佳代の声が、後ろから続く俊哉に届く。頭にはライト、背中にはポータブルバッテリーとケーブル。

  「了解!AIログの再帰ルート、見えたんだ。止めるには、研究所の中枢へ直接ログ干渉するしかない!」

  倉庫に入ると、幸がすでにミニベッドと飲料を並べた「交代制休息スペース」を作っていた。

  「長期戦になるかも。まず落ち着いて。みんなの“呼吸”を保つのが先だよ」

  その横で遥斗が白衣姿で苦笑する。

  「……今回は君の指示に従うよ、幸。いや、希実。ごめん、さっきの謝罪、ちゃんと伝えたくてさ」

  「伝わってる。次は一緒に信じて、戦おう」

  希実の声がスピーカーを通じて全町へ響く。

  「今、時計塔は町の“目”になりました。どこにいても、あなたの声は届きます。だから、諦めないでください。耳をすませば、どこかに誰かの声がある。私たちは――つながってる」

  そして、隼人がにやりと笑った。

  「なあ、希実。これってもしかして……革命だよな?」

  「ううん、“信頼”のリブート。世界の起動の仕方を、変えるってだけ」

  その言葉と同時に、塔の上で非常警報用の小型スピーカーが再び点灯した。

  その時刻、深夜〇時三分。

  再起動したAIのネットワークは徐々に町を包んでいく……はずだった。だが、その網を裂くように、無線の声、町民の合唱、そしてひとつひとつの「ただいま」「大丈夫だよ」「聞こえてるよ」が広がっていった。

  止まったはずの町が、もう一度呼吸を始めていた。

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