第15話_海底トンネルの真実

 夜の海辺は、夏の入り口とは思えぬほど冷たい風が吹いていた。

  「もう一度だけ確認するけど……行くのか?」

  懐中電灯の光を岩場に向けながら、隼人が俊哉に問いかけた。

  「行くに決まってる。ログの異常記録が“海底トンネル”で止まってる。ここを抜けなきゃ、真相に辿りつけない」

  二人は波打ち際の岩陰に設けられた旧研究所の非常口から、地下への通路に足を踏み入れた。

  古いコンクリートの壁に、海水がじっとりと染み出している。数メートルごとに設置された緊急灯が、鈍く赤く点滅していた。

  「隼人、これ見てくれ」

  俊哉が携帯端末の画面を示す。画面には10年前の事故ログが並び、ある時刻を境にデータが不自然に途切れていた。

  「“決壊3分前に、サイレントロア側の設計変更が実施されていた”……って、どういうことだよ」

  「それがわかれば、全部繋がる」

  二人は通路を進む。突き当たりには、施錠された管理ドア。隼人が解読したコードを端末に入力すると、電子ロックが緩やかに外れる音が響いた。

  扉の奥、薄暗い制御室に、動かぬ制御盤と封印されたログベイがあった。

  「この中に、サイレントロア社の設計ミスが記録されているはずだ」

  俊哉が端末を接続し、解析を開始する。数秒の沈黙の後、画面に表示された映像には、AIヘルメスが“設計上の危険性”を事前警告していた痕跡が映っていた。

  「止められたはずの事故だった……!」

  俊哉の拳が震えた。自分の姉を奪った事故が、ただの“自然災害”ではなく、企業の無責任な短絡設計によって招かれたことが明らかになった。

  「黙ってろって言われても、俺はもう黙れない」

  俊哉の声に、隼人が頷く。

  「俺たちで、この町の真実を引き上げよう」

  その瞬間、壁に設置された非常灯が一斉に消えた。だが、二人は怯まなかった。ポケットライトの光が、まっすぐ先を照らしていた。



 通路の奥、制御室にあった封印されたログベイは、慎重に開かれていった。

  「これが……最後のピースだ」

  俊哉がつぶやくと、映像データが再生された。

  画面には、会議室のような空間。数名のスーツ姿の大人たちと、AIの制御端末が映っていた。

  「安全設計案ではコストが合わない。海底トンネルの圧力維持は最低ラインにしてくれ」

  「ヘルメス、改定案で通達」

  映像の中で、AIは小さくランプを点滅させながらこう返した。

  《警告:提案は安全基準に抵触します。継続しますか?》

  「継続だ。データは上書きしろ」

  《了解しました》

  画面がノイズで乱れ、記録は途切れた。

  「……これが、町を止めた歯車の正体か」

  隼人の声が低く響いた。

  俊哉は目を閉じて深く呼吸し、震える手で端末の保存ボタンを押した。

  「姉さん……ようやく、言えるよ」

  その時、背後で通信端末が揺れた。希実からのメッセージだった。

  《時計塔の下層に続くルート、準備完了。今夜0時、再起動が始まる》

  隼人と俊哉は、無言で頷き合う。記録をバックアップし、制御室を後にする。

  暗いトンネルを戻る途中、海の音が微かに響いていた。

  「なあ俊哉、信頼って……何だと思う?」

  「うーん……過信とは違う。でも疑うことを恐れないこと、かもな」

  「まるで、希実みたいだ」

  「いや、きっと……俺たち全員が、そうなれる」

  夜の出口が近づく。星の光が、小さく覗いていた。

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