16.「勇者とヴィンスと魔王」
「……まぁよい。じゃが、魔王城に乗り込んできたからといって、いきなり直接儂と戦えるとは思わんことじゃ。ぬんっ!」
巨躯を誇る魔王が無造作に手を翳すと、床に魔法陣が出現、そこから現れたのは。
「……ギギ……ギ……」
「シュウキさん!」
勇者シュウキさんだった。
ただし、〝男版ラミア〟とでも呼ぶべき〝蛇男〟と化している
上半身は人間だが、耳は尖り口は大きく裂け、二股に裂けた長い舌がチロチロと覗く。
しかも、その腹部にはハラトさんの顔が、胸部にはムネナオさんの顔が埋め込まれている。
「なんてことをするんだ!」
「おや? お主はこやつらに毎日酷い目に遭わされていたのじゃろう? 『ざまぁ見ろ』とか『いい気味だ』とは思わんのかのう?」
「確かに、ひどいことはされたよ。でも、だからと言って、こんな風になって欲しいだなんて思ってない! 僕は強くなって、シュウキさんたちに認めて欲しかったんだ!」
拳を握り怒る僕に、魔王は、「まぁ、いずれにしろ、こやつらをこんな姿にする提案をしたのは、儂ではないんじゃがな」と頭を振ると、再び手を翳して、新たな魔法陣を床に描いた。
「久しいな、マリア」
「ヴィンス!」
現れたのは、端整な顔立ちの少年だった。
見たことある! 確か、オースバーグ王国の王子さまだ!
ってことは、お姉ちゃんの弟だ!
「確かに、勇者たちを使って貴様らの暗殺を企てたのも、モンスター化させて戦わせようと提案したのも俺だ。が、俺と手を組もうと誘ってきたのは、魔王の方だがな。〝闇の商人〟とか言って、近付いてきてな。まぁ、すぐに魔導具で看破してやったが」
お姉ちゃんが、ショックで肩を震わせる。
「ヴィンス……魔王と手を組んでまで国が欲しかったの?」
「ハッ。国? 俺が手に入れたいのは、そんな小さなもんじゃない。〝この世界そのもの〟だ」
「この世界そのもの!?」
「ああ、そうだ。我が国の王位を継いだ後、俺はモンスター軍団の力も借りつつ他国を全て侵略し、世界征服する。そして、その半分を俺が統治して、残り半分が魔王のものとなる。そういう算段だ」
僕は、「そんなことさせない!」と、叫んだ。
脳裏を過ぎるのは、リンジーちゃん、グレースちゃん、フィーマさん、フィオレラさん、リーフィーさんたちの顔だ。
モンスターのせいで苦しんできた人たちが大勢いる。
そのモンスターの力を借りて、世界征服!?
しかも、世界の半分をモンスターのものにする!?
「もう、モンスターに誰かを襲わせたりしない! 誰も傷つけさせない! 誰も泣かせない!」
角と牙が四本ずつ、黒翼が二対、二本の長い黒尻尾があり、目は血のように赤い巨大な魔王に対して、声を震わせながらも、僕はそう宣言する。
怖くて涙が出ちゃうけど、今はそんなのどうでも良い!
「ククク。怖いのじゃろう? 無理するでない。じゃが、中々大した決意じゃのう。誰も傷つけさせない、か」
徐に魔王が胸元から取り出したのは。
「!?」
まだ幼い女の子の〝生首〟だった。
恐怖と苦痛に歪んだまま絶命した彼女の耳を噛み千切った魔王は、邪悪な笑みを浮かべて問い掛けた。
「〝傷つける〟とは、例えば、こういうことかのう?」
「ああああああああああああ!」
怒りを爆発させた僕は、跳躍して魔王に飛び掛かる。
少女の頭部を後ろに放り投げた魔王は、防御の姿勢も魔法も使わず、ただ立ち上がり、その場に佇む。
「ギギギ!」
「!」
そこに割って入ったのは、シュウキさんだった。
魔王に操られているらしく、その目は虚ろで、正気を失っているのが一目でわかる。
「どうじゃ? お主に人間を殺すことが出来――」
「邪魔!」
「うそおおおん!?」
間髪入れずに僕がぶん殴ると、シュウキさんは「ぼがぶっ!」と、左へと吹っ飛んで壁にぶつかり、吐血した。
「しかも、〝モンスター化〟と〝精神操作〟まで解除じゃと!?」
と同時に、シュウキさんは人間の姿に戻り、更に、「……クソガキ……!?」「……ドハ……ハ……ッ……ここは……?」「……ワタシは……一体……!?」と、吸収されていた他の二人も元の姿に戻った。まだ動けないみたいだけど。
「絶対に許さない! 覚悟しろ、魔王!」
着地と同時に再び跳躍、魔王に渾身の一撃を食らわせんとするが。
「まぁ待て。魔王に死んでもらっては、俺の計画が狂う」
「!」
ヴィンスさんが立ちはだかり、僕は思わず後方へと跳躍、距離を取った。
お姉ちゃんの弟さんを傷付ける訳にはいかない……
どうすれば……?
「ヴィンス。あなた、その剣はまさか……?」
ヴィンスさんは、禍々しいオーラを放つ剣を手に持っている。
でも、よく見るとそれは。
「ああ、そうだ。聖剣だ。いや、正確には〝聖剣だったもの〟だな」
「儂が復活するまでの千年間ずっと、密かに闇の魔力を注入し続けたのじゃ。そのおかげで儂も触ることが出来るようになったという訳じゃ。更に言えば、これは世界最高硬度と言われるエクスカリバーと合体させた、究極の〝聖魔剣〟じゃ。この剣に貫けぬものなど、この世にないのじゃ。しかも、貫かれた相手は、その間、魔法とスキルを発動出来なくなるからのう。正に最強じゃ」
得意気に滔々と語る魔王に対して、ヴィンスさんが横から口を挟む。
「感謝しているぞ、魔王」
「お互い様じゃ」
「いやいや、本当に感謝しているんだ」
そう言ったヴィンスさんは、口角を上げた。
「何せ、〝世界最強の剣〟まで俺にくれて、更には、俺の〝手駒〟にすらなってくれるんだからな!」
「!」
何かを察した魔王が、「裏切る気か! させぬわ! 『
「『
「なっ!?」
ヴィンスさんの左手の中指に嵌められた翡翠の指輪が光り輝き、魔王が目を見開く。
「こちらの番だ。『
今度は、ヴィンスさんの右手の中指に嵌められた深紅の指輪が怪しげな光を放つ。
「ヴィンス……お主……うぐっ!」
「フッ。悪く思うな。〝相手が裏切ること〟なんて、お互い分かり切っていたことだろ? 俺は世界の半分なんかで満足は出来ない。それは貴様も同様。ならば、どのタイミングで裏切りを実行するか。あとはそれだけだ」
「許さぬぞ! ぐああああああ!」
「フハハハハハハ!」
「な~んてのう」
「………………ハ?」
頭を抱えて苦しんでいた魔王が、顔を上げて舌を出す。
「な、何故だ!? 『
「無駄じゃ。その魔導具は、この〝儂〟が作ったものじゃからな。儂が作った魔導具が儂自身に効く訳がなかろうて」
「なっ!? だが、俺に直接会いにきて売った闇商人は、確かに人間だったし、『人間が作った魔導具だ』と証言していたぞ!?」
「そんなもの、モンスターに変化魔法を使って人間の姿にしても良いじゃろう。それに、人間を精神操作して都合の良いことを言わせることも容易い。何とでもなるのじゃ」
「そんな……!?」
愕然とするヴィンスさんが、頭を掻きむしり、苦しみ始める。
「ぐぁっ! あぁ!?」
「効いてきたようじゃな。製作者である〝儂自身〟の『精神操作』を、たかが人間が魔導具で『拒絶』出来る訳はない、ということじゃ」
「まぁ、『精神操作』以外にも色々行うがのう」と言いながら、魔王が手を翳すと、ヴィンスさんに牙と角が生えて、耳が尖り、黒翼と尻尾が生えて、目が赤くなる。
「……ギギギ……」
「ククク。これで部下のモンスターが一匹増えたのう」
「命令じゃ。あやつらを殺して――」とつぶやき掛けた魔王は、「いや、更に手駒を増やすのも悪くはないのう。二人ともかなりの強者じゃからのう」と、考え直した。
「喜ぶが良い。お主らも、儂の手下にしてやるのじゃ! 『
僕らに手を翳す魔王が、邪な笑みを浮かべるが。
「………………あれ? えっと、精神操作されたかのう?」
「ううん、全然!」
「お、おかしいのう。『
「へっちゃらだもーん!」
「何でじゃ!? 『
「効かないもーん!」
「何でええええええええええ!?」
「神さまに〝お祈り〟したから!」
「じゃから、そんなん出来たら夢破れて涙する者などおらんと言っておるのじゃ!」
ぜぇ、ぜぇ、ぜぇと肩で息をした魔王は、「こ、こうなったら、一か八かじゃ! ルドよ、見るのじゃ!」と、糸を縛り付けた銅貨を、ゆらゆらと揺らしながら、僕に向けた。
「お主はだんだん眠くな~る、だんだん眠くな~る、だんだん眠くな~る……」
「バカね! ルド君がそんな古典的な催眠術に掛かる訳ないでしょ!」
「……なんか……僕……眠くなって……きちゃった……」
「「効くんかーい!」」
僕は、大ピンチに陥ってしまった。
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