4.「決着」
「おっと! 危なかったスコ」
「残念。外したわ」
僕の目の前にあった四天王ヴィシャススコーピオンの尻尾をお姉ちゃんが斬り落とそうとしたけど、惜しくも逃げられてしまった。
あ、でもよく見たらちょっと血が出てる!
「おいらの尻尾に傷をつけるとは、業物に違いないスコ」
「剣じゃなくて、私の技術がすごいって言って欲しいわね。まぁ、確かにこの剣はかなり高価なものではあるけど」
お姉ちゃんが僕の隣に立つ。
すごい安心感だ!
「そんなことしてて良いスコ? おいらの尻尾を舐め過ぎスコ」
「「!」」
恐らくお姉ちゃんに「出来るだけ遠くに逃げて」と言われていたであろう、逃げるリンジーちゃんの背中に向けて、ヴィシャススコーピオンの尻尾が再び猛スピードで伸びる。
「させないわ!」
お姉ちゃんが駆けていくと。
「なぁ~んてねスコ」
「!」
尻尾の軌道が急激に変化、お姉ちゃんの心臓を狙う。
「くっ!」
「惜しかったスコ」
身体を反らしながら回避、後方へ跳んだお姉ちゃん。
よく見ると、レザーアーマーの胸の部分が溶けている。
このままじゃダメだ。
リンジーちゃんもお姉ちゃんも毒でやられちゃう!
怖いけど……僕がやるんだ!
「お姉ちゃん! お姉ちゃんは、リンジーちゃんの傍にいてあげて!」
「え? でも――」
「大丈夫! 僕には、〝お祈り〟があるから! それに、僕は〝強くなる〟って決めたから!」
「……分かったわ! でも、無理しちゃ駄目よ?」
「うん!」
「僕が相手だ!」と叫びながら、走っていく。
「さっきは悪い夢でも見ていたスコ! 今度こそ叩き潰すスコ!」
ヴィシャススコーピオンが、大きな鋏で狙ってくる。
一旦屈んで、避けて――
「動きが遅過ぎスコ!」
「あっ」
僕は、捕まってしまった。
「死ねスコ!」
「うわああああああ!」
ヴィシャススコーピオンが、鋏で捕らえた僕を地面に叩き付ける。
「死ねスコ死ねスコ死ねスコオオオオオ!」
「うわああああああ!」
地面の次は岩だ。
何度も叩き付けられると、祭壇として使っていた岩は、粉々に砕け散ってしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ……さすがにこれだけやれば、このガキも――」
「へっちゃらだもーん!」
「なんでスコオオオオオ!?」
土煙の中から現れた僕は、両拳を突き上げて、平気だとアピールした。
「いつも勇者パーティーのみんなに囮としてモンスターに向けて放り投げられていたから、こんなの慣れっこだもん!」
「……おいらが言うのもなんだけど、勇者たちクズ過ぎスコ!」
「こうなったら、奥の手スコ!」と、ヴィシャススコーピオンがその身体から、どす黒い魔力を迸らせる。
「今、あんたの頬に真っ黒な〝砂粒〟を一つ、くっつけたスコ!」
「ほんとだ! ……って、あれ? 取れない!?」
「スココココ! 無駄スコ! これがおいらの固有スキルスコ! それはもう一生取れないスコ!」
「でも、取れなくても我慢するもん! ちょっと気持ち悪いけど!」
「何も分かってないスコ! その砂粒は、触れた対象の水分を吸収するスコ! 完全に干乾びるまで! 今までおいらは砂粒を操って、植物や地面を含め、ありとあらゆるものの水分を吸い取って来たスコ! そのせいで雨が降らなくなっていたスコ! そして、あんたも今からカラカラのカリカリにしてやるスコ!」
「さぁ、これで終わりスコ!」と、ヴィシャススコーピオンの声が砂漠に響く。
「まずは一リットル吸収するスコ! 脱水症状が出てくるスコ!」
「………………」
「次は十リットルスコ! これで死ぬスコ!」
「………………」
「あれ……? じゃ、じゃあ、百リットルスコ! これなら死ぬスコ!」
「………………」
「え゛……? な、中々しぶといスコ! 千リットルスコ! いくらなんでもこれは耐えられないスコ!」
「………………」
「はい……? 何が起きてるスコ!? 一万リットルスコ! 気味が悪いスコ! さっさと死ぬスコ!」
「へっちゃらだもーん!」
「だからなんでスコオオオオオオオオ!!??」
僕は再び両拳を天に突き上げた。
「〝お祈り〟したから!」
「だからそんなんで四天王の固有スキルを突破されてたまるかスコ!」
「う~ん。あ! そう言えば、僕が元々いた世界で、お姉ちゃんが言ってた! 『乾燥はお肌の大敵よ』って! お姉ちゃんは美容液を顔に塗ってて、「やってみる?」って言って、僕にも塗ってくれたんだ。もしかしたら、あれのおかげかも!」
「そんなんで防げる訳ないスコ! ふざけんなスコ!」
会話している間に、僕はヴィシャススコーピオンの巨大な顔の真下に潜り込んだ。
「あ。しまっ――」
「食らえ! 〝お祈り〟の力! たあああああああああ! 」
「ギャアアアアア! それ、ただの〝パンチ〟スコオオオオオオオオ!!!」
〝お祈り〟で強化された僕の拳で、ヴィシャススコーピオンは空の彼方へと吹っ飛び、見えなくなった。
「あっ」
あれだけ取れなかった砂粒が、ほっぺたから落っこちた。
どうやら、四天王の一人を倒せたみたい。
気が抜けると、さっきまでの戦闘が思い出される。
怖かった……すごく怖かった……!
でも、泣いちゃ駄目だ!
僕は、泣き虫を卒業するって決めたんだから!
「ル、ルドくん。た、助けてくれて、ほ、本当にありがとう……! わ、私、絶対に死んじゃうって思ってて。で、でも、こうして……生きてて……。い、生き……てて……! うわあああん!」
リンジーちゃんが泣きながら抱き着いてくる。
震える彼女の温もりを感じながら、僕もつられてしまった。
「「うわああああああん!」」
僕らの泣き声が、しばらく砂漠に響き続けた。
※―※―※
「あ、改めて、ほ、本当にありがとう、ル、ルドくん」
「どういたしまして!」
村の近くまで送っていった後、リンジーちゃんがはにかみ、僕も笑みを返す。
「確認だけど、村に戻るのよね? 本当に良かったの、孤児院に行かなくて?」
村のお爺ちゃんお婆ちゃんたちは、他の村人たちを守るためとはいえ、リンジーちゃんを生贄として差し出したのだ。僕だったら、そんな所に戻りたくはない。
そこでお姉ちゃんが提案したのが、〝帝都の孤児院で暮らすこと〟だった。
そこなら、両親を亡くしたという共通の境遇を持つ子どもたちと一緒に生活出来るし、村のことも思い出さずに済むかもしれない。
でも、リンジーちゃんは首を横に振った。
「お、お父さんとお母さんと、さ、三人で暮らした村だから。そ、それに、もしお爺ちゃんお婆ちゃんたちがわ、悪いって言うなら、お、お父さんとお母さんが、い、生贄として差し出されるのを、と、止められなかった私も、わ、悪い子だから」
「……そっかぁ……」
残念だ。
こればっかりは、本人の気持ち次第だし、無理強いすることは出来ない。
「そ、そんな顔しないで、ルドくん。わ、私は感謝してるんだから」
「……本当?」
「え、ええ。本当。わ、私は今、〝このくらい〟か、感謝してる」
チュッ
「……え?」
気付くと、ほっぺにチューされていた。
真っ赤な顔をしたリンジーちゃんが、上目遣いで訊ねる。
「わ、私の感謝……つ、伝わった?」
「うん! とっても!」
「そう。なら良かった!」
僕らは、にっこりと笑顔になった。
「あ……! 雨……!」
雨が降り出した。
ヴィシャススコーピオンを倒したから、ちゃんと雨が降るようになったんだ。
「あ、雨だよ、ルドくん! あははは! ほ、ほら! 本当に雨だ!」
大人しそうに見えたリンジーちゃんが、僕の手を取って踊る。
よっぽど嬉しかったんだね。
僕も嬉しくなって「うん、雨だね!」と、一緒に踊る。
雨は、砂漠の地に優しく降り注ぎ続けた。
※―※―※
「それにしても、あの歳で頬にキスとか、末恐ろしいわ……」
御者台で僕を膝の上に乗せるお姉ちゃんがよく分からないことを言っていて、「すえおそろ?」と、僕は首を傾げる。
あの後、元来た道を戻って砂漠を踏破、お馬さん二頭と合流した僕らは、現在馬車で北上している。
ちなみに、ヴィシャススコーピオンによって溶けていたお姉ちゃんのレザーアーマーの胸の部分は、〝お祈り〟で直した。
「そう言えば、ルド君、レベルアップしてたわよ。LV 100になってたわ!」
「ほんと!? やったああああああ!」
「くすっ。敏捷が999になってるし、本当にすごいわね……あ、あと、私もLV118になっていたわ。ルド君のおかげよ。ありがとうね」
「僕何もしてないよ?」
「ルド君には特別な力があるのよ。そのおかげ。ありがとう」
「よく分からないけど、お姉ちゃんも上がって良かった!」
※―※―※
野営した次の日の朝。
「お姉ちゃん、おはよう!」
「おはよう、ルド君」
お姉ちゃんは、馬車の外で車輪にもたれ掛かりながら寝て、見張りもしてくれているんだ。
「それ、なぁに?」
見ると、二つに斬られた矢が三本、地面に転がっている。
「ああ、これ? これはね――」
お姉ちゃんが言うには、野営している最中にどこかから矢が飛んできたらしくて、とっさに剣で叩き斬ったとのことだった。
「お姉ちゃん、すごい! カッコ良い!」
「くすっ。ありがとう」
お姉ちゃんは、一年間モンスターと戦いまくって、死に物狂いで強くなったおかげで、寝ていてもモンスターとか誰かの気配を察知したり、攻撃を防いだり出来るんだって!
すっごく格好良いし、憧れる!
僕は、神さまの力を借りて戦うことは出来るけど、僕自身はまだまだ弱いから、僕ももっと強くなるぞ! そして、泣き虫も卒業するんだ!
「あ。そう言えば、元々いた世界で、お姉ちゃんが言ってた。『ゴミを捨てちゃダメよ』って。ここにゴミを置いておくのは良くないよね?」
「え? うーん、でも、誰のかも分からないし、無理に私たちが処理する必要は無いと思うわよ?」
「ううん、処理はしないよ。ちゃんと、〝ゴミを出した人〟に責任を取ってもらうから!」
僕は、「神さま! お願いします! この矢を元に戻して、持ち主のもとに帰らせて下さい!」と〝お祈り〟した。
淡い光に包まれた三本の矢が修復され、フワリと浮かんだかと思うと、猛スピードで明後日の方向へと飛んでいく。
「良かった、これで綺麗になった!」
「……そ、そうね……」
※―※―※
朝起きた直後と夜寝る前に筋トレをしつつ、僕はお姉ちゃんと一緒に帝都に戻って来た。
「何と、もう倒してきたというのか!」
皇帝さまが、驚いて椅子から立ち上がる。
結構日数は経ったと思うんだけど、そう言えば、これまでヴァウスデラリア帝国は四天王を倒せなかったんだよね。
それを考えたら、早いのかも。
あ、でも、もしかしたら、「本当に倒したの~?」って、疑ってるのかも!
だったら!
「皇帝さま! はい、これが証拠!」
〝お祈り〟で、僕たちがヴィシャススコーピオンを倒した時の映像を、空中に投影した。
「おおお! 確かに倒しているな、パンチで」
「パンチじゃなくて、〝お祈り〟!」
「いや、どう見てもパンチ――」
「〝お祈り〟!」
「お、おう……そうか……〝お祈り〟か……」
コホン、と咳払いした皇帝さまは、椅子に座り直した。
「では、メアリーとルドに、褒賞を与える。受け取るが良い」
受け取ったのは、ずっしりと重い革袋。
中にあったのは、金貨千枚!
「すごい! 一億円だ! ありがとう!」
銅貨・大銅貨・銀貨・大銀貨・金貨がそれぞれ、十円、百円、千円、一万円、十万円に相当するんだ。
「更に、最高位である爵位、公爵の爵位も与えよう」
「お姉ちゃん、しゃくいってなぁに?」
「〝地位〟のことよ。簡単に言うと、ルド君は今この瞬間に、貴族になったってことよ!」
「貴族! すごい! 皇帝さま、ありがとう!」
更に、何故か家まで貰っちゃった!
これで、いつでもこの国にまた旅行に来れるね!
ありがとう、皇帝さま!
※―※―※
貰った金貨は、銀行にほとんど預けておいた。
元々いた世界のカードみたいに、冒険者カードを使えるみたい。
冒険者じゃない人は、また別のカードを作るんだって。
どっちも、一種の〝魔導具〟みたいだ。
「わぁ~すごい!」
「立派ね!」
貰ったお家は、豪邸だった!
せっかくなので、ここで一泊することにした。
※―※―※
翌朝。
「次は、北よ! ホワイトフローレス皇国に行くわよ!」
「おー!」
僕たちは馬車で、北上していった。
僕たちが元々いた国の北にある国なので、当然途中でオースバーグ王国を通ることになる。
野営を挟みながら進んでいく。
「ヴィシャススコーピオンは、実はすごく強かったのかな? だって、ヴァウスデラリア帝国には兵隊さんがたくさんいるのに、今まで倒せなかったんだもんね?」
御者台で僕が何気無くつぶやくと、お姉ちゃんが逆に僕に問い掛けた。
「ねぇ、ルド君。軍隊の兵士たちは、誰を守るために働いていると思う?」
「そんなの簡単だよ! みんな! その国にいるみんなを守るんだ! 格好良いよね、兵隊さんたち!」
えっへん、と胸を張る僕に、お姉ちゃんが「ハズレ」と告げる。
「えー! じゃあ、答えは?」
お姉ちゃんの声が冷たくなる。
「正解は、〝王族〟と〝貴族〟よ」
「え!? そうなの? じゃあ、他の人たちは?」
「もちろん、〝余裕〟があれば、守るわ。でも、余裕が無い時は、優先順位をつけるの。まずは王族。次に貴族。そして、大富豪よ。最後に、一般市民ね。だから、エルニコスというあの村も、軍隊が救出に来たりはしなかったのよ。もしそんなことをして四天王によって兵士が大勢殺されちゃったりしたら、〝王族〟と〝貴族〟が守ってもらえなくなっちゃうから」
「でも、それだと他の人たちが困っちゃう!」
「そうね。でも、人間は、自分勝手な生き物なのよ。特に、王族なんてのはね。私だって……」
「お姉ちゃん?」
「……ううん、何でもないわ」
※―※―※
「ただいまー!」
「なんだかすごく久し振りな気がするわね!」
六日掛けてオースバーグ王国の王都ロマノシリングに戻って来た僕らは、ここで一泊することにした。
「ん~! やっぱり、ロマノシリングのポトフが一番ね!」
レストランで幸せそうにウィンナーを齧るお姉ちゃん。
お姉ちゃんは、ポトフが大好物!
特にロマノシリングのポトフが好きなんだ。
僕も一緒に食べるんだけど、確かに美味しい!
「えへへ~」
「どうしたの、ルド君?」
「お姉ちゃんが幸せだから、僕も幸せ!」
「そ、そんなに顔に出てたかしら?」
「うん!」
ほっぺが赤くなったお姉ちゃんは、フォークに刺したホクホクのジャガイモを、恥ずかしそうに口許に運んだ。
※―※―※
翌日から、僕らは、馬車で数日掛けて北へ向かった。
その途中で、立ち塞がったのは。
「ヒャッハー!」
「持ち物全部置いていけ!」
「勿論馬車もだ!」
「服も脱げよ!」
どこかで聞いた台詞を吐く山賊団だった。
山間部だから出て来ちゃったのかもしれない。
うん、人数も丁度十人だ。
怖いはずなんだけど、既視感がすごいので、あんまり恐怖は感じない。
お姉ちゃんが「はぁ」と溜め息をつきつつ跳躍。
山賊団の眼前に着地した。
「お? 姉ちゃん、俺たちの前でストリップショーしてくれんのか?」
「ギャハハハハ!」
お姉ちゃんが無言で抜剣すると。
山賊団全員の服が細切れになったけど。
「ワ~ハッハッハ~! こういうこともあろうかと、用意していたのだ!」
山賊団は全員、股間部分のみを鉄製のプロテクターで守っていた。
「これがある限り、俺たちは不滅――」
「もう斬ったわ」
「……へ?」
男たちが、視線を下げる。
「「「「「きゃあああああああ!」」」」」
「「「「「いやああああああん!」」」」」
やはり汚い悲鳴を上げながら、男たちは逃げていった。
「鉄製なのに普通に斬るとか、ふざけんなよおおおお!」と、捨て台詞を吐きながら。
※―※―※
数日後。
ホワイトフローレス皇国の雪原地帯にて。
「ゴファファファファ! 遅かったゴン! もう手遅れゴン!」
僕らは、新たな四天王と戦っていた。
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