2.「王女の密かな企み(※マリア視点)」

 最初に暗殺され掛けたのは、七歳の時だった。


「ッがぁっ!? ……あ……ぁ……!?」

「毒だ! 誰か、解毒薬を持って来い!」


 オースバーグ王国国王である父が臣下たちに常備させていた解毒薬のおかげで、私は一命を取り留めた。


 それからも、私は殺されそうになった。

 何度も何度も何度も何度も。


 犯人は分かっていた。


「あなたの仕業ね、ヴィンス?」

「さぁ、何のことだか。俺が貴様にそんなことする訳ないだろう、マリア?」


 氷よりも冷たい双眸で睨み口角を上げるのは、弟のヴィンスだった。


 父が王位継承者として私を指名してから、ヴィンスは私に憎しみをぶつけてきた。

 

 〝最愛の父からの寵愛〟と〝玉座〟、両方を奪った敵として。


 当然父は、それが弟の犯行だと見抜いていた。


 が、弟に対して何も罰を与えなかった。


「やめろ」


 ただ、そう言っただけだ。


 そして、それでも反抗的な態度を示す弟に対して、


「どうしても殺したければ、儂を殺せ」


 と告げた。


 しかし、弟は父親に対して暗殺を企てることは無かった。

 弟も父親のことが大好きだったからだ。


 弟の憎悪は、そんな父親の寵愛を、自分とは比べ物にならないほど受けている私に対して向けられた。


 否、本当は弟も十二分に愛されてはいたのだ。

 弟を処罰しなかったことからも、それは分かる(その決断が良いかどうかは置いておいて)。


 だが、それまでの伝統と慣習を無視して、オースバーグ王国史上初めて女性に王位を継がせようとしていた訳だから、私に対する愛情の方が大きかったと思われても仕方がないだろう。


※―※―※


 最初の暗殺未遂以降、私は二十四時間、常に用心するようになった。


「それではいつも通り、失礼いたします、王女殿下」


 食事の際には、必ずメイドに全ての皿の毒味をさせてから食べた。


「裏切った場合と、あとは、もし無理矢理外そうとしたり、破壊しようとした場合も、死ぬから気を付けてね」


 自分の近くに置くメイドや近衛兵たちには、首輪をつけさせた。

 それは一種の魔導具であり、私を裏切った瞬間に首が切断されて死ぬ、というものだった。


「ご苦労様。どう?」

「はっ! 異常ありません!」


 自室を常に近衛兵に警備させて、解毒薬と解呪薬を常備していた。


「我ながら、おどろおどろしい見た目になったわね」


 また、自室内には、遠隔で呪術魔法を掛けられないようにと、防呪の札を幾つも貼っていた。


※―※―※


 そんな私は、十六歳から十七歳に掛けて、一年間、冒険者として活動することにした。


 許可を貰いにいくと、執務室に座る父親は難色を示したが。


「心身を鍛えたいのです。自分の身は自分で守らねばならないですから。それとも、御父様が二十四時間三百六十五日、私を守って下さいますか?」


 そう言ったら、承諾してくれた。

 入室する前よりも父の皺が増えた気がするが、気のせいだろう。


※―※―※


 私は、金髪を赤く染めて、民衆の前に出る際には必ず施していた派手な化粧もせず、スッピンで活動することにした。名前もメアリーという偽名で。これなら、王女だとバレることもないだろう。


 更に、念には念を入れて、一年間の間は、王宮には戻らず、民間の宿に泊まることにした。


 たとえ裏口を使ったとて、毎日王宮に出入りする冒険者なんて、怪し過ぎるから。


 そのような経緯で、私は冒険者ギルドに行き、パーティを組んだ。


 三人とも自然と出会ったつもり……だけど、弟の息が掛かった者たちである可能性もある。


 というか、そうでなくとも、メンバーが決まった後に弟が呼び出して、金で買収すれば、最初の出会い方などどうでも良いし。


 だから、私は先手を打っていた。


 長年私に仕え続けてくれている近衛兵の一人を、事前に冒険者登録させて、初対面を装って出会い、冒険者ギルドで仲間になったのだ。


 これでパーティーメンバー内で一人だけは、信頼出来る者を確保出来た。


 他の二人が何か良からぬことを企てようとも、彼が止めてくれるだろう。

 そう思っていたが、一応、裏切防止の首輪はつけさせたのだが。


「俺、悲しいです。もう九年間ずっと王女殿下に仕えてきた俺のことが、そんなに信じられないんですか?」


 顔を曇らせる彼。

 これまで共に過ごして来た日々が、フラッシュバックする。


 そうだ。

 きっと私たちの間には、絆が出来ている。

 裏切防止魔導具なんて使わずとも、決して揺らがない絆が。


「分かったわ……あなたを信じる」


 私は、信じた。

 そう。

 信じてしまったのだ。


「バーカ! 簡単に騙されやがって!」


 その結果、見事に裏切られた。


 最低ランクのF級から始めて、一年間で一気にA級剣士まで駆け上がった私は、冒険者ギルドでもちょっとした有名人だった。


 三人のパーティーメンバーの誰よりも強く、簡単には手が出せなかっただろう。


 だが、油断していた。


「誰かが倒れている! 助けないと!」


 一人がそう言って駆け出した後、後を追った私の両脚を、残りの二人が剣で突き刺した。


「ぐっ! まさかあなた……ヴィンスに買収されていたの……?」

「ギャハハハハ! 今更気付いたのかよ! 遅ぇよ! こちとら、〝一番精神ダメージがでかい瞬間に始末しろ〟って指示だったから、一年も待たされたってのによ!」


 約束の〝一年間の冒険者としての活動〟最終日。


 あと三ヶ月で誕生日となり、自動的に女王として即位する。


 いよいよだ、これで長年の苦労が報われると大きな希望を抱いたその瞬間に、私は地獄へと蹴落とされた。


 弟の目論見通り、大きなショックを受けて。


「じゃあな! ちゃんとクリスタルリザードに全身喰われておけよ? 証拠残ると面倒だからよ! ギャハハハハ!」


 私が置き去りにされた最下層に巣くう〝それ〟は、美しい見た目とは裏腹に、人間の肉を何よりも好む獰猛なモンスターとして知られていた。


「ケケケケケケケケ」


 血の匂いに引きつけられたのか、不気味な鳴き声と共に現れた巨大な蜥蜴型モンスターは、地面に座り込む私を見下ろした。


「いやっ! 来ないで!」


 長剣をブンブンと振って威嚇しながら、後ずさる。


 しかし、両脚が使えない今、私が得意とするスピードを活かした戦い方は全く出来ず、しかも、相手は半端な物理攻撃は全て弾いてしまう程の防御力を持っている。


「あっ!」


 無造作に振るわれた前足によって、私の剣は吹っ飛ばされてしまった。


 クリスタルリザードが舌なめずりし、下卑た笑みを浮かべる。


 終わった。

 私はここで死ぬ。


 全ては、自分の〝甘さ〟故だ。


 他人を信じたために、自分は〝弱者〟となり、今こうして地べたを這い蹲っているのだ。


 もしもう一度機会を得られたならば、絶対に油断しないのに。

 そして、強者になるのに。それも、絶対的な強者に。


 何年共に過ごそうが、仕えようが、人は裏切る時は裏切る。


 だから、私はもう誰も信じない。


 人間は皆、〝敵〟か〝駒〟のどちらかだ。

 叩き潰すか、利用するかの二択。

 

 だがしかし、もう遅い。


 深い後悔と共に、迫り来るクリスタルリザードの大口を、私が見詰めていると。


「うわああああああああああ!」


 遥か上から落ちてきた。


 〝化物〟が。


 物理攻撃にめっぽう強く、そのため魔法攻撃無しではまず倒せないと言われるクリスタルリザードを、〝落下の衝撃だけ〟で殺した、〝人間の男の子の形〟をした〝何か〟。


 その〝何か〟は、高所から落下し、クリスタルリザードを屠っておきながら、あろうことか、傷一つすら負っていなかった。


 実は、とっさに手を出してキャッチした時、彼の唇と私のそれが触れてしまったのだが、まぁ、それは良い。


 ……いや、本当は良くない。一大事だ。

 初めてだったんだから……


 コホン。


 まぁ、それは一旦置いておく。

 彼は気付いてないみたいだし。


 ただただ真っ赤な顔で泣き喚き続ける彼は、ルドという名前の少年だった。


 少し落ち着いた後、彼は私の脚を治してみせた。


「うん! さっき神さまに〝お祈り〟したから! 『お姉ちゃんの両脚を治して下さい!』って」


 〝お祈り〟とやらで。


 彼の胸に重なるようにして浮かぶステータス画面には、こう書いてあった。


 <口付けをした者だけは、ステータスを閲覧可能>


 だから、他の者には見えないステータスを、私だけは読めたのだ。

 ……それにしても、意味不明の条件付けね、これ……

 

 そして、驚くべくは、彼のステータスだった。


 <レベルが上がりました>という文言と共に、LVが1から10へ、攻撃が1から999へと変化した。


 LV 10

 名前 ルド

 年齢 8歳

 性別 男

 HP 10

 MP 3

 攻撃 999

 防御 999

 敏捷 1

 種族 惑星の分身

 職業 ポーター

 固有スキル<〝経験値増加(パーティー全体)〟>


 惑星の分身!?

 え? 本当に!?


 以前、異世界転生者から聞いたことがある。

 この世界は、惑星――つまり、星であると。


 ルドは、分身とはいえ、惑星そのものだったのだ。


 道理で、出鱈目な強さをしている訳だ。


 しかも、まだ伸びしろがある。


 LV 1からLV 10に上がったばかりだ。

 

 最大値であった防御力に、攻撃999も加わった。

 ということは、将来的には、敏捷もきっと……

 

 見れば見る程、〝化物〟だ。


 しかも、<〝経験値増加(パーティー全体)〟>までついている。


 恐らく、偶然とはいえキスしてしまった私が、〝パーティーメンバー〟としてみなされたのだろう。


 だから私は一気にレベルアップしたのだ。


 そんな彼を見て、私は思った。


 〝使える〟、と。


 この子を利用しない手はない。


「良かったら……私と一緒に旅しない?」


 私は、彼を誘った。


「私が、あなたをサポートするわ! あなたが強くなれるように! 実は、修行するのに良い場所がいくつかあるの。そこを私と一緒に回りましょう!」


 〝修行するのに良い場所〟と言ったのは、嘘ではないが、情報が足りない。


 正しくは、〝魔王幹部がいる場所〟であり、最終的には〝魔王城〟だ。


 〝常軌を逸する戦闘能力〟と〝回復能力〟を併せ持つ〝人ならざる者〟。


 彼を利用して、私はもっと強くなって、誰も手出しが出来ない存在になるのだ。


 自身の身の安全を確保しつつ、魔王討伐を成し遂げ、現国王への手土産とし、華々しく女王として即位するのだ。


 もしそれでも弟が反逆するということならば、もう容赦はしない。

 今度はこちらから殺してやる。


 だが、これまで何度も殺され掛けながらこんなことを言うのは変かもしれないが、出来ればそれだけはやりたくなかった。


 無論、弟なんかのためではない。

 敬愛する父親が悲しむからだ。

 大好きな父親のそんな顔は見たくなかった


 ……と、そんな戴冠後の話は今は良い。


「僕に出来るかなぁ?」

「大丈夫よ。何があっても私が守ってあげるから!」


 そんな訳ないでしょ。

 あなたには、攻撃を防ぐ肉壁になってもらうわ。


「本当?」

「本当よ。だけど、私が危ない時は、逆にルド君が私を守ってね」


 いざとなったら捨て石だから、あなた。


「うん、分かった! 僕もお姉ちゃんを守る! そして、強くなって、泣き虫を卒業する!」


 純粋な男の子って、本当単純で御しやすいわ。


 私は、口角を上げた。


「決まりね。じゃあ、これから宜しくね、ルド君!」

「うん、お姉ちゃん! 僕、頑張る!」


 こうして、私たちの旅が始まった。

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