第15話:名前を、君に

蒼記の庭から戻って数日後。


ラビッチュの様子が変わり始めた。


「キュー……。」


眠る時間が増え、時折、羽耳から光の粒が漏れ出す。まるで内側で“何か”が動き出しているかのように。


その夜、俺は夢を見る。


闇の中に、少女が立っていた。


「……この子の名前を、もう一度……呼んでくれませんか?」


白い髪、透き通る目。その腕には、羽耳の小さなモンスター。


彼女は静かに、悲しそうに微笑んだ。


『忘れられたものに、もう一度、名前を与えてくれる人が必要なのです』


---


翌日、サリウスが声を潜めて言った。


「“星の道”が、完全に動き出しました。“真なる名”を与える者は、記録だけでは足りません。“試練”を受け、その者の“核心”を理解しなければならない。」


「……どこで?」


「《星鏡の洞(ほら)》――あらゆる魂の記録が写し取られるという、禁断の鏡が封印されている場所です。」


---


だが、その旅の前に、俺には会いたい仲間がいた。


「カノン!」


「無事だったんだね!」


再会したのは、ディルとニール。


俺の“星片”と“ラビッチュの変化”を伝えると、二人は迷わず言った。


「僕たちも行くよ。カノンがこれから何かを決めるなら、そばで見ていたい!」


「それに……ラビッチュ、やっぱすごく強くなってるっしょ?」


ラビッチュは少し照れたように羽耳を揺らし、「キュ」と鳴いた。


こうして、旅のメンバーが決まった。


---


《星鏡の洞》。


そこは崖の奥、霧に包まれた空間だった。入り口を守るのは、かつて星術士が創った守護獣。


【守鏡の使い Lv??】




「入るには、“魂の軌跡”を問われる。おそらく――戦闘です。」


サリウスが言った瞬間、守護獣が吠えた。


「来い、ラビッチュ!」


「キュウウウウッ!」


ラビッチュが跳ぶ。


羽耳が拡がり、光の奔流を生む。それは《羽連撃》の進化型、《星翼の奔(せいよくのほん)》――


だが、まだ足りない。あと一撃が通らない。


そのとき。


ディルが叫ぶ。


「カノン!お前の“想い”を、声にしろ!」


俺は、ラビッチュの目を見て、叫んだ。


「――お前の名前は……“アルネア”!」


瞬間、ラビッチュの身体が眩く光を放つ。


“真なる名”が響いたのだ。


守鏡の使いが、動きを止める。


「……通れ。名を与えし者よ。」


洞の奥には、鏡があった。


ラビッチュ――いや、アルネアがそこに立ち、鏡に映る自分を見た瞬間、鏡は静かに崩れた。


『名前を、取り戻しました。 あなたのために、わたしは、また、戦えます』


その声は、もう「キュー」ではなく、ほんの少しだけ、言葉に近かった。


---


こうして、“真なる名”を持つ存在が、この世にふたたび姿を現した。


けれどこれは、始まりに過ぎない。


真名を得たラビッチュ=アルネア。


彼女の存在は、世界の均衡を揺るがす存在になりかねない。


“知ってはならぬ名”を抱えた少年と、想いの器である相棒。


二人の冒険は、今、星の道を歩み始めた。

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