《第十三章》えっ? わたしが、結花ちゃん!?
十一月十五日。金曜日の午前中。
文化祭で行う劇の台本ができ上がったので、秋元先生は、総合学習の時間でクラスのみんなに劇の台本を配っていった。
台本のタイトルを見たクラスのみんなが、えっ? という顔をして、目を見交わしている。中には、となりの席の子とひそひそ話をする子もいた。
(みんな、『涙のダイヤモンド』の台本を書くとは思わなかったんだろうな。夏原くんがバラした交換ノートで語り合ってた漫画だもん、普通さけると思うよね。それに、みんなの氷室くんを見る目が変わるきっかけとなった漫画だしね……)
みんな、何だか理解できないものを見るような目で、氷室くんを見るの。
氷室くんと少女漫画が、まだ上手く結びついていないのかもしれない。
(――あ、ちなみにわたしはというと……みんなから距離を置かれてる)
きっとクラスに波風を立たせたからだと思う。
辛いけど、体育祭で失敗した時と違って、入江さんがいてくれるからさびしくない。
(この台本、氷室くんはどう思ってくれたかな……?)
勇気を出して氷室くんをちらっと見てみると、大きく目を見開いていた。
どうやら氷室くんも、この台本は予想外だったみたい。
「? みなさん、どうかしましたか? 台本に何か気になる点でもありましたか?」
教室を見回しながら秋元先生が言う。
「きっとみんな、おもしろそうな台本だな~って感じてるんだと思いますよ、先生」
夏原くんが、おどけたような口調で言った。
「そうですね。おもしろい台本に仕上がったと思います。この『涙のダイヤモンド』は、元は少女漫画なのですが、漫画のおもしろさを台本に落としこめていると思いますよ」
交換ノートのことは何も知らない秋元先生が、微笑んで言った。
「――では、全員に台本が行きわたったので、台本のあらすじをお話ししますね。そのあとで劇の担当決めをしましょう。役者、照明担当、音響担当、大道具・小道具担当、衣装担当に分けます。それでは話していきますね」
と言うと、秋元先生は台本のあらすじを語っていった。
『涙のダイヤモンド』は、庶民の女の子・結花ちゃんが、セレブの子たちの通う天王高校に、特待生として入学したところから始まる。
明るい性格の結花ちゃんは、セレブの女子たちにイジワルされても気にしないようにしていたんだけど、ある日、気分転換したくなって、休み時間に学校を散策するの。
そしたら、広い校内で迷っちゃって音楽室にたどり着くんだ。
そこで、ヴァイオリンを演奏する蓮さまと出会って、切ない音色にひきつけられる。
この出会いをきっかけに、結花ちゃんは蓮さまの演奏を聞きに行くようになるんだよ。
そんな時に現れるのが、蓮さまのクラスメイトの嵐士先輩。
蓮さまに会いに行く結花ちゃんに興味を持った嵐士先輩は、結花ちゃんに、蓮さまは孤高のヴァイオリニストだと教えてくれて、蓮さまの情報をくれる。
嵐士先輩のおかげで、結花ちゃんと蓮さまの距離は少しずつ縮まっていくんだ。
そして結花ちゃんからの提案で、二人はヒミツの交換ノートを始めるんだよ。
そんな中、嵐士先輩は結花ちゃんがイジワルされていることを知って、とめてくれる。
一方、蓮さまは人と関わる楽しさを思い出させてくれた結花ちゃんに、感謝するの。
その感謝の証としてヴァイオリンを演奏してくれるんだ。
そんな時にやってくるのが、天王高校で毎年開かれているダンスパーティー。
蓮さまと嵐士先輩からダンスに誘われた結花ちゃんは、自分は蓮さまのとなりにいたいんだってことに気づいて、蓮さまの手を取る。
嵐士先輩はいさぎよく身を引いて、結花ちゃんは蓮さまとダンスするんだよ。
そのあと結花ちゃんは蓮さまに誘われて、屋上庭園に行くの。
そこでダイヤモンドのペンダントをプレゼントされて、告白される。
その時に蓮さまは、大切にしていたお母さまを亡くしたこと、その時にショックを受けて、二度と大切な人を作らないよう決意したことを明かすんだ。
でも結花ちゃんのおかげで、また人と関わる勇気を持てたって言って、笑うの。
その笑顔を見て、結花ちゃんは蓮さまへの思いがあふれて涙をこぼす。
そして蓮さまの告白を受け入れて、二人は恋人同士になるんだ――。
わたしと入江さんが作った台本は、ここまでの話を元にしたの。
台本のあらすじを話し終えた秋元先生は、教室を見わたして言った。
「では、劇の担当を決めていきましょう。まずは役者から。ちなみに役者ですが、校長先生が学年で一人ずつ優秀男優賞、優秀女優賞を決めて授与します。この賞も積極的にねらっていきたいですね。それでは、主人公の結花役を演じたい方はいますか?」
秋元先生が聞くと、クラスのみんなは目を見交わした。
(……どうしよう。だれも手を上げない。蓮さま役の氷室くんと関わっていく役どころだから、すごく目立っちゃうもんね……)
これは秋元先生が結花ちゃん役を決める流れかな……と思った時だった。
「――先生、結花役は萌木さんがいいと思います」
という声が教室に響いた。
今の声は――と思って氷室くんを見ると、氷室くんが手を上げていた。
「それと蓮の役はおれですね。ヒーローなので。おれ、優秀男優賞を取ります」
きっぱりとした口調で氷室くんが言った。
「確かに、台本の制作中、萌木さんから『涙のダイヤモンド』が好きだという話を聞いていますし、結花役にぴったりかもしれませんね。それに、氷室くんが蓮役を積極的に引き受けてくれて、先生うれしいですよ。――萌木さんはいかがですか?」
「えっ!? え~と……」
(わたしが結花ちゃん役をやるなんて、おそれ多いよ! だって推しキャラだよ!?)
もっとかわいい女子が結花ちゃん役をやったほうが、いいんじゃないかな。
(それに、体育祭のリレーで転んだ時のことを思うと……)
今回も本番で失敗したら、わたし、もう立ち直れないよ。
(……でも、氷室くんがわたしを推薦してくれたんだよね……)
ちらっと氷室くんを見ると、氷室くんもわたしを見ていた。
こくっとうなずく氷室くんを見て、わたし、わたし……覚悟を決めた!
「――先生っ、わたし、結花役をやります!」
「本当ですか? ありがとうございます! ――念のために確認しますが、他に結花役と蓮役をやりたい方はいますか?」
秋元先生がクラスのみんなを見るけど、だれも何も言わなかった。
「それでは結花役は萌木さん、蓮役は氷室くんに決定です。次は嵐士役ですが――」
「せんせ~、嵐士役はオレがやります」
(! 今の声、夏原くんっ!?)
ぎょっとして目を向けると、夏原くんが手を上げていた。
「夏原くん、立候補ありがとうございます」
秋元先生が明るい声で言った。
「せっかくなんで、オレも優秀男優賞をねらってみようかと思って」
「そうですか! やる気があっていいですね」
そのあと秋元先生が、他に嵐士先輩役をやりたい人はいないか聞いたけど、みんな無言だったので、嵐士先輩役は夏原くんに決まった。
(……まさか大事なサブヒーロー役の嵐士先輩を、夏原くんがやることになるなんて!)
ライバル視している氷室くんが、優秀男優賞を取るって言ったから、対抗したんだ。
「あのっ、あたし演出をやりたいんですけど、できますか? 劇をいいものにしたくて」
続けて手を上げたのは入江さんだった。
あ、ちなみに演出っていうのはね、役者の演技指導をしたり、照明、音響、大道具や小道具、衣装担当と連携して、作品全体の完成度を高める役のこと。
『監督』みたいな存在って言ったら、分かりやすいかな?
「入江さんは、演出に興味があるのですね! 演出は先生がやるつもりだったのですが、それなら役者の演出は入江さんにお任せして、先生は裏方の演出に回りますね。もしこまったことがあったら相談してください」
「はい!」
「ふふふ、やる気のある方が多くていいですね~」
次々と劇の役割が決まっていく中、秋元先生がうれしそうに笑った。
そのあと、主要な役割が決まったためか、役割分担はスムーズに進んだ。
役者、照明担当、音響担当、大道具・小道具担当、衣装担当と決まっていって、役者以外の各担当にはリーダーが一人、選出された。
(……まさか、結花ちゃん役をやることになるなんて思ってなかったよ。責任重大だ!)
わたしは主役としてがんばらなきゃ、と思い、ぎゅっと両手を握りしめた。
「それでは、役割分担が終わったので、授業終了まで台本の読み合わせをしましょう。セリフ以外の文章……これをト書きと呼ぶのですが、この文章は入江さんが読んでください」
秋元先生の指示に、入江さんが「はいっ」と元気よく返事をした。
そして、ついに台本の読み合わせが始まったんだけど…………ふえ~ん。(涙)
わたし、緊張しちゃって結花ちゃんのセリフを上手く読めなかったの。
ヴァイオリンを弾いていた蓮さまに初めて会うシーンでも、
「あああああのっ、ど、どうしてそんなに、せ、切ない曲をっ、弾いているんですかっ?」
って聞いちゃったし。
嵐士先輩に、イジワルしてきたセレブの女子から助けてもらうシーンでも、
「ありがとうございまちたっ。ら、嵐士せんぱっ」
って、かみかみでお礼を言うしまつ……。
(うえぇ~ん! こんな結花ちゃん、イヤだよぉ~。ぜんっぜん結花ちゃんらしくない! 結花ちゃんは、明るく元気に、ハキハキとしゃべるキャラなんだから~っ)
読み合わせが終わったあと、散々だったわたしを見て、秋元先生が優しく言った。
「萌木さん、緊張しなくても大丈夫ですよ。間違ってもいいという気持ちで、思いきって読んでいきましょうね」
「は、はい~……」
わたしは情けない声で秋元先生に返した。
(はぁ……わたしが役者の中で一番読むのがヘタだったなぁ~。やっぱり人の期待に応えることってニガテ……。逆に氷室くんと……くやしいけど夏原くんは上手だった!)
氷室くんは本当に蓮さまになりきっていた。緊張している感じはなく、冷静に台本を読んでいて、その冷静さがクールな蓮さまの役にぴったり合っていた。
夏原くんはサッカー部で声を出しているからか、セリフにはりがあって、明るく社交的な嵐士先輩を上手く演じきっていた。
それに引きかえ、わたしは……。
(はぁ~~って、落ちこんでも仕方ない。家でいっぱい台本読みしよう!)
ぜっったいに体育祭の時のように失敗しない! とわたしは意気ごんだ。
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