交換ノートのその先で

幸村かなえ

《プロローグ》運命の出会い!

 九月二十一日。土曜日の午前中。

 わたし――中学一年生の萌木陽菜もえぎひなは、幼なじみの白石凛しらいしりんちゃんと、デパートの展示場で開催している少女漫画『涙のダイヤモンド』の原画展にきていた。

「ほわわぁ~、どの原画もステキだよぉ~♡」

 展示場に入った瞬間から、わたし、もう大興奮!

ドキドキがとまらないよ~っ!

「あははっ、すっごく目がキラキラしてる! ほんと~に好きなんだね、この漫画」

 凛ちゃんが黒髪のショートボブをかき上げながら言った。

 今日の凛ちゃんのコーデは、白と黒のボーダーのニットにデニムパンツ、黒いパンプス、そして黒いリュックと、とっても大人っぽい。

「うんっ! て言うか好きじゃ足りないよっ。大大だ~い好きっ!!」

 わたしは両手をぐっと掲げて言った。

 あのね、この漫画は月刊『ほし☆ぞら』で連載していた完結済みの漫画なの。

 ストーリーはざっくり言うとこんな感じ。

 主人公は庶民の女の子・結花ゆいかちゃん!

 結花ちゃんは特待生として、セレブの子たちが通う天王てんおう高校に入学するんだ。

 そこで、人を寄せつけないヴァイオリニスト・れんさまの心を開いて、恋人になるの。

 二人は様々な困難を乗りこえて、最終回では婚約者になるんだよ。

 ――あ、ちなみに原画っていうのは、漫画家さんの描いた生原稿のことねっ。

「はわっ! こ、交換ノートを持ちかけるシーンの原画もあった~っ!」

 口元に手を当ててわたしは言った。

 原画には、結花ちゃんが蓮さまに交換ノートを差し出すシーンが描かれている。

 ちょっと頬を染めてる結花ちゃん、超かわいい~っ!

 驚いて目を見開いている蓮さま、すっごく尊い~っ!

「へぇ、交換ノートかぁ。このシーン、大事なシーンなの?」

「めっちゃ大事なシーン! 結花ちゃんと蓮さまは交換ノートを通して親しくなるのっ」

 わたし、思わず早口になってしまう。

「ふぅん、でも交換ノートよりSNSを使ったほうが手軽でいいけどねぇ」

「あ、それはね、この漫画が連載してた時はSNSが普及してなかったみたい。だから仲のいい女子の間で、交換ノートが流行ってたみたいなんだ~」

「ああ、なるほど。当時の流行をしっかり描いてたってわけね」

「その通り! 作者の小野おのまちこ先生は、時代の最先端を行く漫画家でね。今も現役なんだけど、『ほし☆ぞら』で連載中の最新作も超おもしろいのっ」

 ああダメ。わたし、どうしても早口でしゃべっちゃう~っ。

「でも、陽菜は『涙のダイヤモンド』のほうが好きなんでしょ?」

「うん! わたしの最推しは結花ちゃんだからね。明るくて元気なところが好きなの! わたしも結花ちゃんみたいになれたらなぁ~って思うんだぁ……」

 結花ちゃんのすごいところはいっぱいあるけど、一番すごいなって思うのは、セレブの女子にイジワルされてもくじけないところ! 強いなって思うんだ。

「ふふ、そうなんだ。原画展、開催されてよかったね。あたしもついてきたかいがあるよ」

「うう、今日はつき合ってくれてほんと~にありがとね。一人で原画展に出かけるの、心細くってさ……。凛ちゃんは最高の幼なじみで、親友だよ~」

 わたしは胸の前で両手を組み合わせて、凛ちゃんを見た。

 実は、凛ちゃんは『涙のダイヤモンド』のファンじゃないの。読んだこともないんだ。

 だけど「一人で、都心の百貨店で開催される原画展に行くのは心細いよ~」って話したら、「ガトーショコラを作ってくれたら、いっしょに行くよ」って言ってくれたの!

 わたし、お菓子作りが趣味でね、凛ちゃんはわたしの作るお菓子が大好物なんだ~。

 定期的にお菓子を作っては、家でいっしょにティータイムしているんだよ。

 紅茶にくわしい凛ちゃんは、いつもお菓子に合った茶葉を持ってきてくれるのデス。

「ふふん。まぁ、あたしは友だち思いの最高の女子ですからね、ってじょうだんは置いといて、ちなみにさ、一番好きな漫画のシーンって何なの?」

「それはもちろん、天王高校で開かれたダンスパーティーのシーン!」

「ダンスパーティーかぁ。いいね。それじゃあそのシーンの原画、探してみようよ」

「うん!」

 わたしと凛ちゃんは、原画展の会場を進んで目的の原画を探した。

 『涙のダイヤモンド』が月刊『ほし☆ぞら』で連載を開始したのは、三十年も前。

 原画展が開催されたのは、三十周年を記念してのことなの。

 昔の漫画だからか、会場ですれ違うお客さんはみ~んな大人のお姉さん!

 未成年っぽい人は見当たらない。

(きっと、子どもの頃に『涙のダイヤモンド』を読んでた人たちなんだろうなぁ~。リアルタイムで読んでただなんて、うらやましいよ~)

「――あ、ねえ、ダンスパーティーのシーンってあれじゃない?」

「えっ!? どれどれ??」

「あそこ」

と言って凛ちゃんが指差したのは、周囲に人だかりができている原画だった。

「はっ、はわわっ! うん、あの原画っ!!」

 わたしと凛ちゃんは原画に近づいていった。

 前で見ていた人たちが立ち去るのを待ってから、原画の前に二人で立つ。

 その原画にはドレスを着た結花ちゃんと、タキシードを着た蓮さまが描かれていた。

 たくさんのバラが飾られた会場で、手を取り合ってダンスをしている。

「――凛ちゃん、ちょっと待ってね」

 わたしはショルダーバッグの中から、『涙のダイヤモンド』の単行本を取り出した。

 パラパラとページをめくって……あった! この原画に描かれているシーン!

「すご~い。当然だけど単行本に載ってるシーンといっしょだ……。結花ちゃんのドレス、リボンとレースの描きこみがキレイ……。瞳もキラキラしててかわいい。どうしよう……感動して泣きそうなんだけど……」

「わっ、目がうるうるしてる~。せっかくだから思う存分見ておきなよ。その間あたしは他の原画を見てくるからさ」

「ありがとう。ちょっと集中して見ようと思う」

「は~い。それじゃ、あとでね~」

「うん!」

と返事をしたわたしは、原画に視線をもどした。

(結花ちゃんもステキだけど、やっぱり蓮さまもカッコいいなぁ~。黒いタキシードを着て、白い手ぶくろをしてるのが最っ高! 手ぶくろのしわの描きこみも細かい~)

 じ~っと穴が開くんじゃないかってくらい見ていると、左側に人の気配がした。

 はっとして右側にずれた瞬間、やってきた人の姿が目に入った。

(――えっ? わたしと同い年くらいの……男子っ!?)

 しかも、わたしと同じように単行本を持って原画を眺めているっ。

(え~っ! 同年代のファン、いたんだぁ~。しかも男子!)

 原画に顔を向けつつ横目で男子を見ると、原画と単行本を見くらべている様子。

(めっちゃしんけんに見てる。この人もダンスパーティーのシーンが好きなんだ! どうしよう……このシーンのこと、本気で語り合いたいんだけどっ!)

 同年代のファンと話すことなんて、もう二度とないと思うし……。

 緊張で胸がドキドキするけど……勇気を出して声をかけてみよう!

「――あのっ、このシーン、好きなんですか……?」

「えっ――」

 こっちを向いた男子と目が合った。

(うわっ! すっごくイケメン!)

 黒い髪はうらやましいくらいサラサラ。目は少し切れ長で、まつ毛、長っ!

 黒いパーカーに、デニムのパンツ、黒いスニーカー、青いショルダーバッグというコーデも、すごくクール。……って、青って蓮さまのイメージカラーじゃない!

「えっと、はい。このシーンの蓮が好きで……きみもそうなの?」

「あっ、わたしの推しは結花ちゃん! ドレス姿がステキだなって」

「ああ、だから赤いスカートをはいてるの? 結花のイメージカラーだ」

「あ――うん! そうなの」

 わたしは赤いスカートを両手でつまんで言った。

 今日のわたしは、うすピンク色のブラウスに赤いスカートを合わせて、うすピンク色のスニーカーをはいていた。バッグもうすピンク色のショルダーバッグ。

 イケメン男子は、何だか微笑ましそうにわたしを見ると、原画に目を移した。

「このシーンの結花はステキだよね。精いっぱい着飾ってさ、蓮といっしょけんめいダンスしてる姿、応援したくなるよ」

 イケメン男子の言葉に、わたしは大きくうなずいた。

「そうなの! 結花ちゃん、子どもの頃からの友だちに協力してもらって、かわいいく着飾ってダンスパーティーに出るんだよね。それに蓮さまも、結花ちゃんがダンスのしろうとだから丁寧にリードしてくれてるの」

「そうそう。結花をまるでお姫さまみたいにエスコートしてるんだよね。おれ、このダンスシーンの蓮が一番好きなんだ。男のおれから見てもカッコいいなって思ってさ」

「わたしもこのシーンの結花ちゃんが一番好き。まるでシンデレラが王子さまとダンスした時みたいに、輝いてるから!」

 思わず笑顔になって言うと、イケメン男子がふっと笑った。

 ドキッとわたしの胸が高鳴る。

「何だかおれたち、気が合うみたいだね」

「う、うん。『涙のダイヤモンド』について、こんなに熱く語ったの初めて……」

「おれも……」

 じっと、わたしとイケメン男子が見つめ合った時だった。

「あのぉ、陽菜~? そろそろ他の展示も見に行かない? 向こうに結花と蓮の交換ノートっていう展示もあったよ~?」

 とひかえめに声をかけられて、わたしは、あっ! と思ってふり向いた。

 もどってきていた凛ちゃんが「やっほ~」と手を上げる。

(わたし、話に夢中で凛ちゃんを放っておいちゃった!)

「あ、あのっ、それじゃあわたしはここで……」

 わたしは、いそいそと単行本をショルダーバッグの中に入れながら言った。

「ああ、うん。お互い原画展を楽しもうね」

 イケメン男子が微笑んで言う。

 わたしは「うん!」と元気よく返すと、イケメン男子と別れて凛ちゃんと合流した。

 それから凛ちゃんの案内で、交換ノートが展示されている場所へと向かう。

「楽しく話ができたみたいでよかったね。しかもイケメンくんと」

「ね~、少女漫画について男子と熱く語る日がくるなんて、夢にも思わなかったよ~」

「しかも昔の漫画なのにね――っと、あった。交換ノートの展示はあそこだよっ」

 凛ちゃんが指差した展示場所の前には、大人のお姉さんたちが行列を作っていた。

 おぎょうぎよく順番待ちをして……ついに交換ノートとご対面!

 結花ちゃんと蓮さまの交換ノートと同じ柄のノートが、黒い台の上に置かれていた。

 しかも『手に取っていただいて構いません』という看板が、台の横に立っている!

「はわわぁ~、さわっていいんだ、この交換ノート……」

「そうなんだよ。すごいよねぇ~」

 と言って凛ちゃんが交換ノートをめくった。

 パラパラッ……とめくって現れたのは十月一日の日付。

 結花ちゃんが女の子らしい字で、テストで満点を取れたと蓮さまに報告している。

「……あー、十月一日かぁ~……」

 凛ちゃんが日付を指でなぞりつつ言った。

「十月になったら別々の中学になるなんてまだ信じられないよ……。陽菜があたしの元からいなくなるなんてさ~」

「うん……そうだねぇ。わたしもまだ実感がわかないよ……」

 十月一日になったら、わたしは住谷すみたに第一中学校に転校する予定なんだ。

 ママとパパが同じ会社に勤めているんだけど、二人そろって住谷市に転勤することになって、ママとパパと三人で引っこすことになったの。

 だから凛ちゃんといつもいっしょにいられるのも、あとわずか……。

「――でもさ、毎日SNSで連絡を取り合おうね!」

 凛ちゃんが明るい声で言う。

「うん、そうだね! そうしよっ! あと定期的にお菓子を作って送るからっ」

「ありがと~! 離れても、あたしたちの友情は永遠だからね!」

「うん! ズッ友だよっ」

 わたしはテンション高く返した。

 そして転校先ではどんな学校生活が待っているんだろう……? と思いをはせた。

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