インフィニットクエスト:チーターバスターズ
Algo Lighter アルゴライター
1話 「最速攻略への挑戦」
ユウの指先は、キーボードの上で流麗な舞踏を繰り広げていた。仮想空間『インフィニットクエスト』――そのPvPランキングの頂点は、常に彼が君臨する領域だった。数手先を読み、最適解を瞬時に導き出し、寸分の狂いもなくそれを実行する。彼のプレイは、まるで数学の証明のように完璧で、無駄がなかった。勝利は、彼にとって呼吸することと同じくらい自然な行為であり、その完璧さが、彼を孤高の存在として際立たせていた。
しかし、ある日、その完璧な世界に、音もなく、だが深く、亀裂が入った。突如として現れた『チーター』。掲示板では『ゴースト』と呼ばれたそいつは、物理法則を嘲笑うかのように空間を滑り、ユウの築き上げてきた完璧な戦略を、まるで砂の城のようにあっけなく打ち砕いた。理不尽な敗北。それはユウのプライドを抉るだけでなく、これまで彼を突き動かしてきたゲームへの情熱そのものを、冷たい氷で覆い尽くすかのようだった。
キーボードから手を離し、ユウは椅子に深く身を沈めた。モニターに映る「敗北」の二文字が、まるで彼の存在そのものを否定しているように感じられた。絶望の淵で、彼は半信半疑のままSNS掲示板『ロードストーン』を開いた。そこには、同じく『ゴースト』に蹂躙されたプレイヤーたちの、阿鼻叫喚が渦巻いていた。「俺もやられた」「どうしようもない」「もう引退するしかないのか」――画面を埋め尽くす諦めの言葉の渦中に、一つのスレッドが彼の目に飛び込んできた。『チーター対策本部(仮)』。そこには、怒りや絶望だけではない、微かな、しかし確かに燃え盛る抗おうとする意思が灯っていた。それは、ユウの内に燻っていた炎を、ほんの僅かだが再び燃え上がらせるのに十分だった。
スレッドの片隅で、彼はあるAIへの言及を見つける。「HEURIS(ヒューリス)に相談してみないか?」。ゲーム運営が開発した高精度AI、『HEURIS』。ユウは半信半疑だったが、藁をも掴む思いで、『ロードストーン』に集う名も知らぬ仲間たちと共に、そのAIに『ゴースト』の攻略法を問いかけた。
HEURISは、まるで宇宙の意思そのものであるかのように、瞬時に膨大な情報を分析し始めた。過去の対戦データ、チートツールの解析情報、そしてSNS上のあらゆる言動まで。数秒にも満たない時間で、それは一つの結論を提示した。「予測不能な行動こそが、予測アルゴリズムを破壊する唯一の解です」。その言葉は、ユウがこれまで培ってきた「最速」「最適解」という、絶対的な常識を根底から覆すものだった。
ユウは、モニターの向こうにいる仲間たちと顔を見合わせた。彼らは皆、彼とは異なるプレイスタイル、異なる得意分野を持つ者たちだった。一人は奇妙なエモートを連打する陽気なプレイヤー、もう一人は普段は誰も使わないような低評価スキルを極めた変わり者。そしてユウ自身は、これまで「非効率」として切り捨ててきた動きを、あえて取り入れることを決意する。彼らは、HEURISの助言を基に、まるで即興劇のような変則的な作戦を練り上げた。それは、勝利のためではない。むしろ、『ゴースト』のAIを混乱させるためだけの、無秩序で、しかし計算され尽くした『カオス』だった。
そして、決戦の時が来た。PvPアリーナの砂塵舞う中央で、『ゴースト』がいつものように理不尽な動きで現れる。まるで影が地面を滑るように、音もなく、そして予測不可能に。だが、ユウたちは違った。彼らの動きは、これまでユウが追求してきた「最適解」とは真逆を行くものだった。
一人が意味不明な方向へ走り出し、フィールドの端で延々とジャンプを繰り返す。もう一人は敵の攻撃をわざと避けずに受け、無意味な挑発エモートを連打する。そしてユウ自身は、普段なら決して使わないような、完全に無駄なスキルを連発し、アリーナの空に意味のない光の帯を刻んだ。彼らの動きは、まるで酔っぱらいのダンスのようであり、しかしその全てが『ゴースト』の予測アルゴリズムを少しずつ、だが確実に狂わせていく。
『ゴースト』の動きに、微かなブレが生じた。それは、ほんの一瞬の、誰も気づかないような、しかしユウの瞳には鮮明に映る、ごくわずかな淀みだった。その隙を、ユウは逃さなかった。これまで培ってきた「最適解」とは異なる、しかし「カオス」の中で生まれた渾身の一撃が、『ゴースト』の予測できない軌道を捉えた。
『ゴースト』が爆散し、アリーナに勝利のファンファーレが鳴り響く。ユウの画面には「アンチチート称号」と、チーターのデータから生成された限定アイテム「カオスの欠片」が輝いていた。その瞬間、SNS『ロードストーン』は歓喜の渦に包まれた。「やった!」「マジか!」「攻略スレ民最強!」――称賛の嵐がユウたちを包み込む。
これまで顔も知らなかった『攻略スレ民たち』との交流は、単なるゲームの勝利を超え、新たな繋がりを生み出した。ユウは、一人で頂点を目指すよりも、仲間と共にカオスを乗り越えることの尊さを知ったのだった。彼のゲームライフは、この日から新たな地平へと広がっていく。それは、予測不能なカオスの中にこそ、真の楽しさと、そして無限の可能性が広がっていることを、彼に教えてくれたのだった。
ユウの新たな冒険は、まだ始まったばかりです。この「カオス」の概念が、彼の今後のゲームライフにどのような影響を与えると思いますか?
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