第6話 シナリオ通りの心拍数

月曜日の朝。

教室に入ると、ざわついた空気が微かに漂っていた。


原因は、僕ではない。

安藤綾の髪型が変わったのだ。


いつもはまとめていた髪を、今日は下ろしていた。

誰が見ても違和感があるほどではないが、周囲の空気の「期待値」がそれを敏感に拾っていた。


僕は、ただ座った。

席に着いた瞬間、隣の男子がひと言。


「なあ、安藤、ちょっと雰囲気変わったと思わね?」


……知ってる。

昨日の夜、彼女が髪を乾かしながらLINEで親友に相談していた内容を、僕は既に想定していた。

「印象を変えるなら、まず髪型」というアドバイスに、彼女は小さくうなずいて、ドライヤーの熱風の中で決心を固めた。


僕は顔を上げる。


安藤綾の視線が、僕にだけ一瞬、触れた。

その目に、ほんのわずかな「確信を求める焦り」が宿っていた。


……彼女の感情すらも想定通り。


授業が始まっても、頭の中では次の展開を追っている。


三時間目、数学。

この時間の黒板は、彼女のノートが少し乱れる時間帯。

集中が持続しないのは、数学教師の話し方が単調すぎるからだ。

そして、乱れたページを戻そうとする仕草に、彼女は無意識のうちにストレスを感じる。

だから、僕はその瞬間を待った。


ペンが一瞬止まり、彼女がため息を吐いた。

その「合図」を逃さず、僕はノートのページを差し出した。


「写す?」


彼女は、ほんの一瞬驚いた顔をして――すぐに、微笑んだ。


「……いいの? ありがとう」


その声色と笑顔の角度。想定通りの答えで虚しい。


このやりとりは、彼女の「僕への好奇心」が、ほんの0.5段階高まるが問題ない。

僕がどうあがいても彼女が僕のことをもっと知りたくなる。

それが水曜日の昼休みに繋がる。

あの日、あの場所で――彼女は、僕に質問する。


「君ってさ、どうして全部分かってるの?」


そう訊かれる。

そして、僕はそれにどう答えるかの最適解も決まっている。


「現実を把握して想定する能力が異常に高いから全てがわかってしまう。

全ては過去の結果で今が決まり、今が決まるから未来が決まるに過ぎない。

つまり全部もう決まっている」

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