ヒデオからの手紙

 酒場の2階。

 南側に窓があるジャッジの部屋で、俺はようやく椅子に腰を下ろすことができた。

 脚の重さを感じる。

 あと1時間は座っていたい。むしろベッドで横になりたい。

 なんとなくわかっていたことだが、やはりこの世界の人間の体力は、1周目の世界の日本人とは桁がちがう。だるそうにしていることが多いサラリーも、自分が楽しければ何時間でも動きっぱなしだ。

 子供のころから〈伯爵〉に鍛えられてきたというウラキアの兄弟たちは特別なのかもしれないが、ふつうの子供も水やまきを人力で運んでいるような世界だ。幼いころから電線もエンジンもないところで生きてきた人間たちに、俺が体力で勝てるとは思えなかった。


 さっきからジャッジは、すごい速さで手紙に眼を走らせている。

 彼の机の上にある紙の山。

 その山に、ジョインから受けとった手紙の束が追加された。

「ネオイーサは、前回より落ちついてきたみたいだね」とジャッジが言った。「アブナガの占領政策がうまく回りだした、ってことなのかな」

「うむ。ゼネラはそう判断しているようだな」ジョインは部屋の窓際に立ったまま答える。「ネオイーサの民にとっては良きことなのかもしれぬが、こちらとしては残念な限りだ」

「次はいよいよ西こっちの番か……」

「とはいえ、いつになるかはわからぬな。アブナガのネオイーサへの進軍は、どう考えても強引な突入だ。まだ周囲の敵を処理しきれてはおらぬだろう」

「でも、西部方面軍のテヤトミ・ヒデオは、もう下準備を進めてる。そっちは読み終わった?」

「ああ」

 ジョインは左手に持っていた紙にもういちど眼を落とし、満足げにうなずいてから、それをたたんだ。


 ヒデオの使者が持ってきた手紙だ。

 ウラキアへの訪問を希望するという手紙。

 もし迷惑にならないようであればウラキアの町を訪れて挨拶あいさつしたい、という内容だった。


 その手紙をジャッジに返してから、ジョインは言った。

「ヒデオみずから、この町に来るつもりとはな。いささか驚いた。すべての方面軍がこの速さと覚悟をもって事を進めるというのなら、歴史上もっとも恐ろしい軍事国家であるかもしれぬな」

「うん。やっぱりウラキアうちは、中立を宣言するしかないと思わないか?」

「ああ。自分も少々、考えをあらためた。歴史あるマウロペアの地が踏み荒らされるのは辛いことだが、ウラキアの平和こそが第一義だいいちぎだ。初手は中立の宣言でよかろう」

「あとは相手の出方しだいか」

「うむ。テヤトミ・ヒデオ。存外ぞんがい、話せる男かもしれぬ」

「あー、たしかに。ジョインが好きそうな感じかもしれない。軍の大将が自分で表敬訪問。道中の護衛だけしか連れてこないって言ってるしね。気に入っちゃった?」

「まだ手紙を一通よこしたにすぎぬ。あとは行動で物語ってもらおう」

「ヒデオについて、何か情報はある?」

「新しい話は何もない。ゼネラとプレイズに、力を入れるよう伝えておく」

「おれも念のため、手紙に書いておくよ。あ、それとヒアの話をまだ聞いてなかったね」


 ——この世界は、話が遠くてたいへんそうだな。


 インターネットも無線通信もなさそうな世界だ。

 しかもネオイーサは占領中。

 あからさまに重装騎兵であるジョインは、帝都の警戒範囲を避けて動いているという。

 そのため、ネオイーサの防壁の内側に住んでいる二人の兄弟——ゼネラ、プレイズとの連絡は、潜伏が得意なヒアが中継しているそうだ。


「ヒアは激怒している」

 とジョインが言った。

「え、なんで?」ジャッジは高い声を出した。「それは……アブナガ軍に対して、ってこと?」

「うむ。大激怒だ」

「なんでいきなり、そんなことになっちゃうんだよ……」ジャッジは額に手をあてた。「ハッピーとサラリーがようやく落ちついたっていうのに、ここでいきなりヒアか……」

「まさに逆鱗げきりんだな。アブナガ軍は、ウワラの巨大森林に手を出した」

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