有名になる
自分の名前は嫌いだと言っていた。
政府の事務処理のためにある名前、他人が政府に差しだした戸籍名を「本名」と言うこと自体を嫌っていた。
その文字列は名前を考えた人間のことしか語っていない、とも言っていた。
その名前——前に進んでいく勢いがすごいその名前を、俺は彼女によく似合うと思っていたのだが。
「俺は、あいつの邪魔になるようなことはしたくないんだよ。けど、もういちど会ってみたいとは思ってる。その時に、〈1周目〉の話とか〈2周目〉の話とかしてみたい。楽しそうだろ」
「今のおまえがすげー寂しそうだとは思った」とラグーが言った。「なんか手伝えることなさそうだけど、エイチャはどうやってその女を探すつもりなんだよ」
「探さない。俺は威圧で有名になる」
「ん?」
「人混みではぐれた時は身長3メートルになればいい、って俺の親父が言ってた。まあ、たとえ話だけどな」
「……むこうに見つけてもらうのか」
「ああ。知らない世界でヘタに動き回るより、威圧で有名になったほうがよさそうだ。有名になって、俺がいる場所を知ってもらう。それで、会う気があるなら来るだろ。そういう奴だよ」
俺がそう言うと、ずっと考えこんでいた様子のジャッジが口を開いた。
「エイチャ。きみが言う、「威圧で有名になる」っていうのは、あの精霊の力を使って、ってことなんだよね?」
俺はうなずいた。
拳でレンガを砕き、足で鉄器を粉々にする力。
「もちろん使う。〈デモ活動〉の力を使う以外の方法は、ちょっと思いつかない」
「うん。〈1周目の世界〉のことは知らないけど、おれたちがいるこの世界は広い。ノダ・アブナガの名前だって、まだ知らない人がマウロペアの西にはいるかもしれない。念のために訊いておくけど——」
やはりジャッジには、俺の話の行き先が見えているのだろう。
「——アブナガの首をとって有名になろうとか、考えてるわけじゃないよね」
「それはさすがにない。話したとおり、〈デモ活動〉のスキルでそんなことはできないと思うし、自分の都合で人を殺せるようにはなりたくない。けど」
「それ以外でなにか派手なことができるのなら、それをしたいと思ってる?」
「ああ。俺がここにいることを知ってもらいたい。ここ、っていうのがどこになるのかは、俺が決められることじゃないけど」
「エイチャという人間がウラキアにいることを、アブナガ軍はもう知ったね」
「わかってる。この町に住ませてもらえるなら、できるだけ町のためになる形で力を使うつもりだけど、威圧の力が危険をまねくことはもちろんあると思う。その時その時で、きみたちとよく相談して、身の振りかたを考えたい」
俺はそう言って、ウラキアの兄弟たちの顔に眼をやった。
ジャッジ。
ラグー。
サラリー。
ハッピー。
ハッピーが低い声で言った。
「勝手にやれよ。気にくわなかったら勝手につぶす」
うん、まあ、世の中はそういうものだよね。
サラリーが立ち上がる。
「なんか屁の臭い奴が一人増えたなくらいの感じでいいだろ。飲みに行こうぜ」
ジャッジも立ち上がった。
「おれもきみの力を利用させてもらったわけだし、とりあえず異論はない。この話はここまでにしよう。ハッピーがそろそろ限界だ」
「あ、ちょっと待って」俺は腰を浮かせながら言った。「今の話、他の兄弟には伝えておいてほしいんだけど」
「うん」ジャッジはうなずいた。「いまウラキアにいるのは、この4人だけなんだよ。そのあたりの——おれたち兄弟のことは、外で飲みながらでも話せる」
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