夜が深まり寝息が支配する時間。

 本家道場。

 その師範代であり、頭首のオウマは静かにいた。

 明かりの代わりである蠟燭の火が僅かに揺れる。

 「影よ」

 「御意」

 影と呼ばれたものは、音も出さず姿も見せずにいた。

 「ノアを殺せ」

 「御意」

 「……そして、シンデレラを調べろ」

 「御意」

 火が揺れると気配は無くなった。

 

 ノアが見えない。

 心配したギュネスが部屋を訪れたものの返事が無い。

 なぜだか分からないが胸騒ぎを覚えたのだ。

 (あの先生なら……)

 一瞬にして最悪な想像が駆け巡る。

 そんなことはない、そんなことはない。

 そう心に安寧をもたらそうとするが、段々と最悪なものが比重を占めていく。

 「ノア殿」

 再度ノックしても返事が無い。

 また家出か?

 だが……彼は決意しそしてここに来た。

 「ノア殿……」

 多分疲れているのだろう。

 寝ているのかもしれない。

 そう言い聞かせる。

 「ノア殿」

 軋む音とともに部屋の内部が見える。

 「ノ……」

 いた。

 だが、ノアは胸元には大きな薙刀が突き刺さっていた。

 

 その日の道場はあまりにも異常な雰囲気に包まれていた。

 そして、ノアの父親でもあるオウマは気にすることも無いので、道場生たちは更に恐怖に陥った。

 「……あのものが死んだが……」

 「……」

 「気にするな」

 畏怖、恐れ、恐怖。

 本能に訴えかける、恐れが充満していく。

 「あのものはその運命……気にするな」

 ギュネスは精神が冷えていくのが感じた。

 「オウマ殿……ご遺体は……」

 「……好きにしろ」

 「……わかりました……こちらで手配します」

 

 ギュネス、忠勝、そして側近たちはノアの遺体を清めるために、納棺士たちに頼み遺体の清拭、湯灌を頼んだ。

 オウマが手を回したのか、ノアの遺体は「事件性」というものがなく、彼は自殺で亡くなったとなっていた。

 納棺士たちに頼んでいる間、側近たちの不穏な空気が漂う。

 「……やっぱり……」

 側近、そして薙刀の師範代であるノーラは口を噤んだ。

 

 『殺したのは師範だよな』

 

 みなまで言わずともわかる言葉に、側近たちは黙りこくった。

 「……ギュネス殿……」

 忠勝がそういうと黙りこくった。

 誰もが触れられない最早デッドゾーンに、誰も何も言えない。

 「話は……あとだ。まずはノアを静かに送ってやろう」

 「……」

 「……シンデレラたちにも、俺が伝えておく」

 「……俺もいきます」

 忠勝が手をあげた。

 「……分かった」

 「……すまない……忠勝、ギュネス殿。頼みます」

 弓矢師範代のリトが言った。

 「今は……今はノア殿のために使おう」

 「はい」

 

 ノアの遺体が清められ、祈りのために安置することになった。

 「今日は一日中、ノア殿の隣にいてほしい」

 ギュネスは側近たちにそう告げると、忠勝とともに重い足取りで分家道場に向かった。

 道中は沈鬱な空気が支配し、精神を爛れさせていく。

 「俺がいう」 

 ぽつりとギュネスが言った。

 分家に近づくと、彼らとは裏腹に明るく楽しい声が響いている。

 あまりにも残酷な対比に、忠勝の足が止まってしまった。 

 分かり合えたと思った。

 やっと。

 「忠勝」

 「……行きます」

 「……ああ」

 彼らは道場に向かった。

 「あの、すみません」

 「ん? 新しい人?」

 近くの道場生に声をかけた。

 「その、本家のものでして。シンデレラ殿とヒューイ殿はいますか?」

 「いますよ、呼びますね」

 道場生がシンデレラとヒューイを呼んだ。

 「あれ? 忠勝さん、ヒューイさん。どうされました」

 笑顔で来たシンデレラだが、二人の沈痛な顔にすぐに気づいた。

 「……シンデレラ殿、ヒューイ殿。少し……場所を変えてくれるか?」

 ギュネスのただならぬ雰囲気に、空気が固まっていく。

 

 「……そんな……」

 シンデレラは絶句していた。

 あまりの出来事にシンデレラは何も言えなかった。

 「……嘘……」

 シンデレラの目に涙がたまる。

 「……嘘ですよね……」

 「……」

 「……」

 認めたくない気持ちと認めなくてはいけないという気持ちがせめぎあう。

 「なんで……なんで……」

 「……」

 何も言えない。

 「ノア殿は……殺されたのですか……?」

 ヒューイの言葉に、シンデレラが驚く。

 「あの……それは……」

 「……」

 「……」

 ギュネスと忠勝が黙った。

 おかしい。 

 そう。

 おかしいのに何も言えない。

 オウマの呪縛という糸が唇を縫わせてしまう。

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