#02 豚骨、味噌、チーズ、青春
「とりあえず……どこ入る?」
終電が過ぎたあとの駅前で、誰かがそんなふうに口にした。
カラオケも閉まっていたし、居酒屋に行くにはちょっと気分が違う。
結局、一番明るくて、入り慣れたファミレスに足が向いた。
4人で並んで歩いた帰り道、ひなたが「あ、ポテトあるかな?」と言うと、みんなが「それな」と頷いた。
そうやって始まった夜だった。
深夜のファミレスには、静かな空気が流れている。
店内には、雑誌を読みながらウトウトしている中年男性や、ノートPCの画面とにらめっこしている学生らしき客がポツリポツリといるだけだった。
色とりどりに並ぶドリンクのメニューが表示されたドリンクバーの機械は、定期的に「ブシュッ」と音を立てながら、ドリンクを注ぎ続けている。
店内に流れている音楽は、ちょっと前に流行ったJ-POPだった。どこかで聞いたことのあるイントロが流れ、
「……これ、あたしらの曲じゃない?」
「あ、ホントだ。懐かし~!」
ひなたが注ぎ終えたドリンクを片手に、音楽に合わせながら小さく踊る。アイドル時代に、必死に練習して覚えた振り付けは、今でも彼女たちの体に染み付いていた。
「ちょっと微妙にキーが下げられてるやつね。著作権対策的な」
アイスコーヒーを注ぎ終えた
4人が占領しているテーブルには、食べかけのポテトの皿とチーズケーキ、そして取りすぎたドリンクのグラスがテーブルの上に散乱していて、まるで深夜の居酒屋みたいだった。
「で、何で今、私たちファミレスにいるんだっけ?」
ぽつりと梨子が呟く。
「え、りこが『おごる』って言ったからじゃないの?」
「いやいや! 私言ってないし!? そんなお財布の中身ないし!」
こぼれかけたアイスコーヒーに慌てながら、梨子は席へと戻ってくる。
「じゃあ、今日の責任者は誰?るかちゃん?」
踊りに飽きたひなたが、ソファに座りながらポテトを1つ掴んで口へと運ぶ。
「みなだろ。どう考えてもみなが言い出した」
「はい、みんな静かに。そんなことよりも、今日は最強のカップラーメンを決めようと思う」
美南がるかの言葉を遮るようにして、妙に真剣な顔で切り出した。
それが、今夜の“議題”のはじまりだった──誰にも頼まれてないけど。
「最強の、カップラーメンを、決めようと思う」
ポテトをつまみながら、美南がやけに神妙な顔で言った。
「わかったよ。でも何で?いきなり」
梨子がストロー越しにコーヒーをすすりながら、眉をひそめる。
「いや、これはね、あたしらが真剣に向き合わないといけないことだと思ってる」
「向き合うって何と?」
「人類と」
両手を組んで口元を隠しながら、美南は深刻そうな目で言い切った。
「それはさすがにスケールがでかすぎる」
るかが苦笑しつつ、テーブルの端に置かれたガムシロップを指先でくるくると回す。
「でもさ〜、楽しそう!」
ひなたは小さく拍手をしながら、チーズケーキにフォークを入れる。ひなたの目は、いつもよりきらきらとしていた。
「じゃあさ、りこからいこうか」
「え、私から?……うーん、そうだなあ……」
梨子は肘をついてしばらく考えたあと、ふっと口元を上げた。
「辛いやつ、かな」
「味覚バグってんのか?」
すかさず、るかのツッコミが入る。
「出ていけ」
美南が冷静に切り捨てる。
「初手から辛辣すぎない?私が辛いの好きなの、知ってるでしょ!」
「知ってるけど、選考基準が“本気”っぽいのよ」
梨子は思わず吹き出した。
「次。るかは?」
再び美南が神妙な面持ちでるかへと尋ねる。
「有名ラーメン店監修の、濃厚豚骨醤油ラーメン」
「はい出た、カロリーの暴力ね」
「これ一択だって。ドロドロのスープ、麺もバリカタ寄りで」
「でもそれ、結局『お店で食べた方がよくない?』ってならない?」
美南が腕を組んでジト目で詰める。
「は? これだから庶民は……」
「いや、今の私たち、全員“ど庶民”だけどね?」
梨子が即座に突っ込む。るかは「まあ、確かに」とあっさり認めた。
「じゃ、次。ひなは?」
「私は〜……カレー味かなあ。チーズ入りのやつとか、すき」
「あー、わかる。チーズなしもそれはそれで優勝」
「でしょ〜。あとね、納豆とか卵とか、いろいろ入れてぐちゃぐちゃにして食べるの!」
「いや、ひなの育ちが心配になるんだけど」
梨子が明らかに引いた顔をする。
「でも待って、それはそれで“新境地”では?」
「ないよ。そんな“異境な地”」
美南がメモを取るフリをしながら神妙にうなずき、梨子が速攻で否定した。
「てかさ、思い出すよね……」
ポテトをつまみながら、梨子が懐かしそうに口を開く。
「楽屋にさ、謎の醤油ラーメンが山積みになってたやつ」
「あった〜! あれ、全然美味しくなかったよね」
ひなたが手を叩いて笑う。
「で、文句言ったらその時のマネージャーにさ、
『地下アイドルごときが贅沢言うな』ってガチギレされたよね」
「地下アイドル時代の闇」
るかが、ポテトをひとつ美南の皿に向かってぽとりと落とす。
「……あと、ラーメンでも思い出したけどさ」
るかがふと思い出したように口を開く。
「昔、ライブ終わりにさ、全員でコンビニ寄ったじゃない?
あの日、みなだけ“汁なし担々麺”選んで、楽屋の電子レンジで爆発させたやつ」
「え、あれあたしのせいじゃなくない? 電子レンジの威力が強すぎたんだって!」
「まさか楽屋に業務用の電子レンジが置いてあるとは思わないもんね」
梨子が頷きながら呟く。
「しかも、あの後、マネちゃんが『大事な衣装に匂いがついた』って
また怒っちゃって、次の日から楽屋の電子レンジが撤去されたんだよね~」
ひなたが笑いをこらえながらフォークを置く。
「あったね、しばらく冷たいご飯しか食べられなかった時期……」
「地下アイドル時代の闇」
るかの一言に、一同が「ほんとにね〜」と笑い合いながら、ポテトをつまむ手が止まらない。
バカみたいな会話が、なぜか心にしみる夜だった。
「……ていうかさ、もともと何の話だったっけ?」
梨子がぼそっと呟くと、誰かが小さく笑った。
「だから、最強のカップラーメンを決めようって話だってば」
美南がつまんだポテトを梨子に差しながら真顔で返す。
「いや、もう完全に思い出話になってたし。投票も集計もしてないし」
「りこ、そういうところだけ妙に真面目なんだよね」
「自分で振ったくせに、一番雑なのみなでしょ!」
再びテーブルがざわつく。口々に「でも豚骨派は多いよね」とか「味噌も捨てがたい」とか、議論の熱量だけが上がっていく。
「はぁ……誰も譲らなさすぎて、これじゃ決まる気がしないよ」
美南が首を横に振りながら、呆れるように言う。
「じゃあ、もう“最強”じゃなくて“みんなの推し”にしない?」
「ひな、甘えないで。ウチらは、人類と向き合ってんの」
「向き合ってるの、麺類だけどな」
まるで授業中にふざけている高校生のようなやりとりが、ファミレスの一角で繰り広げられていた。
しばらくそんなやりとりが続いたあと、梨子がふと落ち着いた声で問いかける。
「……でもさ、みな、なんで急にそんなこと決めたくなったの? カップラーメンの“最強”とか」
美南はしばらく黙った後、グラスに目を向けてストローでドリンクをかき混ぜていた。
氷のカラカラと鳴る音が、店内に溶け込んだBGMの合間を縫うように響く。
「うーん、なんていうかさ……理由は別にないんだけどね」
ぽつりと呟くその声には、いつもより少しだけ素直な響きがあった。
「こうやってさ、あたしらが集まって意味のない話を真剣にする時間ってさ……
いつか、できなくなっちゃうのかなぁって、思っただけ」
誰かがグラスを持ち上げる音だけが聞こえた。
「なんか急にエモい方向に持ってこうとしてない?」
静寂を破るように、るかが呆れた声で笑う。
「はい、そういうの、なし! 今までのラーメントークが全部ぶち壊し! 仕切り直し!」
梨子が突然、仕切り直そうとする。
「は? なんでりこが仕切ってんの?」
「味覚バグった奴が勝手に仕切んな」
「だから、2人とも辛辣すぎるって。炎上するよ?」
わっと笑いが広がる。先ほどまでのしんみりムードは、泡みたいにあっけなく弾けていった。
「で、結局……みなは、どんなラーメンが最強だと思うわけ?」
梨子が少なくなり、端くれのようなポテトを1本つまみながら問いかける。
「スープ春雨」
真剣な表情をしながら、美南は全員に向かって言う。
「いや、ラーメンじゃないし」
「もはや麺の領域にも届いてない……」
全員が笑いながら、グラスを傾ける音が重なる。
「でも、みなにはあってると思う」
「なんでそう思うわけ?」
美南は眉をしかめながら、梨子の顔を見る。
「二日酔いにぴったり」
気づけば、誰も否定しなくなっていた。
「……あ、そういえばさ、来月のあれ、どうする?」
るかがふと思い出したように呟いた。
「あー、同窓会みたいなの?」
「そう、事務所主催の。なんか、元マネージャーも来るらしいよ」
「うわ、絶対『君たちならもう一度、やり直せると思うんだよね』とか言ってくるやつだ」
梨子が顔をしかめると、美南が苦笑する。
「でも、なんだかんだ、ちょっと嬉しかったかも。覚えててくれたってのがさ」
「わかるかも。契約解除された私らなんて、もうとっくの前に忘れられてると思ってたし」
梨子の言葉に、静かな共感がテーブルを通って伝わった。
「“灰キャン”の子たちも来るのかな?」
ひなたの一言に、一瞬その空気がピキッと凍る。
「よし、やめよう」
「はい、終了~」
わっと笑い声が弾けた。
「てか、“灰とキャンディ”って、今いちばん売れてる子たちでしょ?」
梨子がアイスコーヒーを飲みながら、苦笑いをする。
「そうそう、あたしらと同じ事務所とは思えないほど、クールなグループなんだよね」
「まぁもう私たちは所属してないけどね」
「なんなら、事務所の公式サイト、あの子たちしか載ってないからね?」
また笑いが重なる。苦笑と本気の笑いのあいだの、あたたかい音。
「……ってことで、今夜の“最強”は、スープ春雨ってことで」
るかがスプーンの背でテーブルを軽く叩きながら言った。
「人類に向き合った実に優しい結果だね」
「まぁ、麺類だけど。いや、最後はみなの胃袋だったけど」
誰かが笑って、誰かが頷いた。
ポテトはもう冷めきっていて、ドリンクの氷もとっくに溶けていた。
それでも、テーブルの上には、ずっと笑い声が残っていた。
──たぶん、こういう夜のことを、あとから「大事だった」って気づくんだろうな。
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