拾った“悪魔系”ダウナー美少女が思ったより訳ありだった件

さけのおびれ

【悪魔#1】雨の日のプロローグ


俺の名前は宮坂京也(みやさかきょうや)。


松ヶ丘高校の二年生で、硬式テニス部所属。


クラスでは一軍でも陰キャでもない中間層。まあ、どこにでもいる男子高校生だ。




そんな俺の毎日は、そこそこ平和だった。


部活して、飯食って、時々課題に追われて、眠くて寝て――それで満足だった。


……そう、“あの夜”までは。



__________________




「うっわ……ガチで降ってきた」



部活終わりの帰り道。空が急に機嫌を損ねて、バケツをひっくり返したみたいな雨が降り出した。


部室で着替える暇もなく、俺は半袖のまま飛び出してきたせいで、今や全身がズブ濡れだ。



「うーわ、靴の中ぐちゃぐちゃ……マジかよ……」



傘なんて持ってない。天気予報は“降水確率20%”なんて言ってたのに、ウソばっか。


シャツは貼りつくし、スマホはポケットの中で水没寸前だし、ツイてないにも程がある。


最寄りの商店街まで走ったころには、髪からポタポタと水が垂れていた。


そんな中、見慣れた提灯の光が目に入る。



――《宮坂だんご》。



うちのじいちゃんとばあちゃんがやってる団子屋だ。


両親が仕事の都合で違う町に暮らしているため、俺はここで生活している。


今日は定休日、だけど小さな和風の軒下から、ほのかに焼きだれの香ばしい匂いが漂ってくる。



ああ、早く風呂入りてぇ……。


そう思いながら店の脇を通り過ぎようとした、そのとき。



「……え?」



軒先。



店の前のベンチに、誰かが座っていた。



制服姿のまま、傘もささず。


濡れた髪が頬に貼りつき、肩からしずくが滴っている。


「……柳瀬?」



つい、口に出た。


信じられない光景だった。




彼女の名前は、柳瀬玲(やなせれい)。


クラスメイトで、窓際の最後列の席に座っている、あの子だ。



……ダウナー系美少女、ってやつ。



誰にも馴れ馴れしくしない。いつも無表情で、眠そうで、どこか夢の中みたいな目をしている。


そのくせ、容姿は群を抜いて整っていて、でも本人は全然気にしてなさそうで。


さらに噂だと何故か”悪魔”って言われてたりする…よくわからないクラスメイトだ。



「お、おい。大丈夫か?」



声をかけると、濡れた髪を揺らしながら玲はゆっくりと顔を上げた。



「……宮坂くん」



その目は、相変わらず眠たげだったけど。


雨に濡れた睫毛の奥で、わずかに揺れる何かがあった。



「なんでこんなとこに……? 傘は?」



「……ない。気づいたら、降ってた」



「いや、気づいたらって……家は? ってか、帰んないの?」



玲は少しだけ目を伏せて、ぽつりと呟いた。



「……帰る場所、ないから」




空気が一瞬、止まった。




何言ってんだ、この子。


言葉の意味はわかる。だけど、脳が理解を拒否してる。



彼女が言う“帰る場所がない”って、それはつまり――



「……その、もしかして、家出とか……?」


 

玲は答えなかった。ただ、雨に濡れたベンチの上で、小さく膝を抱えたまま、視線を落とした。



…どうしよう……でも、マジで放っておけない。


困ってる女の子を、しかも同じクラスの子を、見て見ぬふりなんてできるわけない。



「柳瀬さん…いったんウチくる?」



__________________




「――ほぉ、ずぶ濡れだな。中に入りなさい、風邪引くぞ」



じいちゃんの声は、どこか呆れつつも優しかった。



「この子、クラスメイトなんだ。帰る場所がないって言うから……ちょっと休ませてあげたいんだけど、いいかな」



「……」



隣の玲は申し訳なさそうに静かにうつむいていた。



俺の言葉に、ばあちゃんが眉をひそめた。


でも――


「まあまあ……それは大変だったねぇ。まずは温かいものを飲んで食べなさい」



俺の言葉に、ばあちゃんが一瞬眉をひそめていた。


でも――


いつも通り、あっさりと受け入れてくれた。


この人たちは、そういう人間なんだ。



玲は、戸惑いながら靴を脱ぎ、そろりと上がる。


濡れた服のまま、暖房の効いた店内へ入ったとき、体が少し震えていた。



「タオルと…お茶、いれようね。お団子も食べるかい?あんこが冷えた体に効くんだよ」



カウンターの向こうで、ばあちゃんが笑いながら串団子を焼き始める。


玲は黙って座ったまま、湯気の立つ急須と、ほのかに甘い匂いに目を細めていた。



「……甘い匂い、落ち着く」



「うちのだんごはな、昔ながらの味でな。砂糖と塩のバランスが絶妙なんだぞ」



そう言いながら、じいちゃんが小皿を持ってきた。



玲の前に、焼きたての味噌団子が一皿。


照りのある味噌だれが香ばしくて、普段食べてる俺ですらちょっと食いたくなる。



玲は、それをじっと見つめた。


まるで、“食べ方がわからない”かのように。



「……これは、串から外すの?」



「そのまま食べていいよ。がぶっと」



「……がぶっと……」



玲は、小さく一呼吸置いて、団子にそっとかぶりついた。



「あ……」

 


口元から、ほのかに湯気が立つ。



「……あったかい……」



ポツリと漏らしたその声は、さっきまでの無機質な声色とは、少し違っていた。



ほんの一瞬だけど、頬が緩んだように見えた。


団子を口にしながら、少しだけ瞳が潤んでいるようにも――



「おいしかった?」


「……うん。……知らなかった。団子って、こういう感じなんだ」


「……え?」



玲は、それ以上は何も言わなかった。


けれど、その後もゆっくりと、団子をひとつ、またひとつと噛みしめるように食べていた。



雨の音は、まだ屋根を打ち続けていた。


でも、店内は、あたたかい空気で満ちていた。



このときの俺は、まだ知らなかった。


この一日が、どれだけの意味を持つのか。


そして、彼女――柳瀬玲という存在が、どれだけ“普通じゃない”のか。



ただ、その横顔を見ていた。


団子を食べるだけの、その小さな仕草に、なぜか目を奪われていた。

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