終わりへの一歩

「最近、上の空だな。亡くなったっていうクラスメイトのことか? 俺でよければ、話は聞くくらいならできるが」


 校舎の中の教室を一つ借りて、コーチが俺に言う。


 コーチは外部の先生ではあるが、仲瀬の話は聞かされているみたいだった。


 しかしなにより、コーチが俺の心配をしてくれたことが意外だ。


「怒っていたわけじゃないんですか?」


「最近クラスメイトが亡くなったやつに、そんな厳しく当たれるわけないだろう。仕方のないことだ。だが、冬も大会はあるし、ずっとこのままというわけにもいかない」


 冷徹なコーチだと思っていたが、ただ冷静なだけだったみたいだ。


 普段は冷静だけど、心の奥では熱い情熱を秘めている……。それはまるで、貴司みたいで、かっこいい。


「仲瀬のこともあるし……それだけじゃなくて、友達ともうまくいってなくて」


 学校のことをコーチに相談するのも違うような気がしたけど、他に相談しようと思える人もいない。


 だから、俺は勇気を出して話した。


「友達か。なにかあったのか?」


 貴司とのことを話そうと頭の中を整理して、気づく。


 貴司との問題はだいたい俺が原因で、責任はほとんど俺にある。


 だからこそ、それを言葉にしてしまったら悪いのが自分だと認めることになってしまう。言葉にできない。


 かといってコーチの目前、なにも言葉にしないというわけにもいかないが……少し考える。


 考えても考えても言葉が浮かばない。


 コーチが目の前にただ座っているのが、早く言えと言っているように感じられて、まるで責められているようなつもりになる。


 なんと言おうか。考えながら、周りを見渡す。


 窓の外に見える紺碧の空と、薄く緑がかった電灯の光と、銀に鋭く光るドアノブ。


 再びコーチの目を見る。


 いつもと同じような真剣な目つきが、強い圧力をもたらす。


 まるで、早く何か言えと促しているかのような、そんなわけないのにそんな気がする。


 またもや、視線をコーチの目に合わせる。


 ……怖い。


 俺はおもむろに席を立つ。コーチは目を見開いて俺を見た。


 手際よくドアノブを捻る。


 廊下はすっかり夕方の様相を呈していて、いつもより暗い中俺は昇降口に向かって走る。


「おい、玉城!」


 突然部屋を出た俺に対し、コーチが大声で名前を呼んだ。


 しかし、戻ったらどうなるかわからない。きっと良いようにはならないだろう。それを考えると、もう振り返れなかった。


 きっとしばらくは部活に行かないだろう。これが終わりへの一歩だと強く自覚しながらも、俺はそのまま終わりに向かうことしかできなかった。

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