ラーメン定食 2018年8月19日
あれは食べていけないものだったのだろう。
~
その定食屋を訪れたのは偶然だった。
たしか暑い夏の日だった。
「久しぶりに会いたい」と連絡を受け、車で兄の移住先に向かっている途中で、どこかにいいお店がないものかと食べログを開いた。
そのときにこの地域で最も評価が高かったのが、例の定食屋だった。
早速、車を回して現場に向かうと、2組くらい他のお客さんが並んでいた。まだ昼前だというのにもう並んでいるのか、そう思ったが、すぐに、あれだけ評判がいいならと納得した。私は店の駐車場に車を止め、その列に並んだ。
少し待ってから中に入ると、店の中はガヤガヤと大勢のお客さん達で賑わっていた。
お昼から酒を飲んでいる大人や、近くの大学生と見られる人たちが仲良くしゃべっていたりする中、私はカウンターの席の方に案内された。
案内してくれたのは店員と思われる優しそうな老婆だった。おそらく、おかみさんなのだろう。店内はかなり涼しく、冷房がよく効いていた。カウンターの奥の厨房には、見るからに熟練の職人だと分かる老人がおり、この人が店主なのだと悟った。
お冷が素早くトンと置かれ、私はカウンターの上にあった古ぼけた赤いメニュー表を手に取った。
油淋鶏定食、唐揚げ定食、麻婆豆腐定食、カレー定食、和風ハンバーグ定食、サーモン丼定食、サバの味噌煮定食…
レパートリーが豊富で悩むな…と思っていると、ふと先ほどのおかみさんが厨房から持ってきた料理が目に入った。
ラーメン等で構成された定食だった。瞬間的においしそうだと思ったので、「すみません、あれと同じものを…」と、料理を置いて引き返そうとしたおかみさんに注文する。
こんな熱い日にラーメンなんて食べるなよと思うかもしれないが、なぜか自然とおいしそうに見えてしまったのだ。そのときは体温上昇のせいなのか、少し判断が鈍っていた。
「はーい」と言われ、しばらくスマホをいじりながら待っていると、おぼんに乗ったその定食が目の前に置かれた。
左上を陣取る白いラーメン。鶏か豚かは分からないが、背脂たっぷりの白濁ラーメンのようだった。手のひらサイズのチャーシューが三枚、はがきサイズの黒のりが一枚、対称の煮卵、分厚いメンマ、大量のねぎ。普通に美味しそうだった。
右下には白米、左下にはたくあんと柴漬けが置かれていた。
すでに腹が減っていたので、「いただきます」とすぐに食べ始めた。
スープを一口…うまい。濃厚な出汁のうま味が口いっぱいに広がる。
麵の方は少し太めのちぢれ麺で、啜ると熱さと芯のある麺が壮大な反応を起こし、口内を幸せにする。
具材もすべてうまい。食べ応えのある分厚いチャーシューとメンマがうれしいし、スープが染みたのりとねぎもいい味だ。煮卵もよく煮てある。絶妙なうま味がうれしい。濃くてうまい。これは案外米も進む。
これは評判通りだなと、久々に食べログとこの店に感謝を思った。
その筈だった。しかし、異変はそのすぐ後に起こったのだ。
食事が終盤に差し掛かり、スープを一気に飲み込もうと豪快にあおった直後、なぜか異様な空気と体の倦怠感が私を襲った。熱中症か?と思ったが、先ほど車内でスポーツドリンクを飲み、店内でも水は飲んでいる。ラーメンが熱いとはいえ、こんなにも気持ち悪くなるのはおかしい。
なんとか辛うじて料理を完食すると、重い体をどうにか動かしながらレジへ向かった。会計を済まし、「ありがとうございましたー!」と言う声を聞きつつ、私は店から出ていった。
車に乗り込み、再び走らせてみるが、やはり、体の調子が悪い。
そこから、ものの数分で体のあちこちに痛みが走った。
感覚的に特に胃腸が痛い。腹に棘の生えた塊が大量に入っているような、鋼鉄を入れられたかのような、体の中で何かが暴れまわっているような、そんな最悪なイメージが浮かぶほどの激痛だった。
耐えきれなくなり、車を道に止め、歩道の方にある電柱へ駆け寄る。
次の瞬間、私はソレを盛大に嘔吐した。
その中には、何かの紫色の目玉の破片が入っていた。
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