第36話 モブ執事は解放される
試練から帰ってきた双子の弟妹、そして先代〈猟犬〉、そしてあの状況を陰ながらに案じてくれていた当主様や父による計らいによって、俺は本当の休暇を手にすることができた。
「俺は……自由だっ!!」
『念願の外出だねぇ、ご主人』
相も変わらず、脳内では軽薄な声が空気を読まず垂れ流れているが、今日に限ってはこの不快感にも目をつぶろうじゃないか。
「何せ、俺は自由なのだから!!」
『ハハッ、相も変わらずの放置プレイはキマるねぇ~』
……いや、ちょっと気にせざるを得ないかもしれない。流石に放置されて恍惚とした声をこぼすのは勘弁願いたい。この悪魔、無敵かよ。
なんて無駄な思考は一旦置いておくとして、前述したとおり俺は自由を手に入れた翌日にすぐさま街へと来ていた。
改めてだが、俺に与えられたこの休暇と言うのは、先日の悪魔との一件の功績として手にしたものであるが、それを抜きにしても俺は他の使用人に比べて、圧倒的に休暇を取る頻度が少なかった。しかもそれはお嬢様の小間使い、延いては従者として側にいることが増えてから顕著であった。
何せ、あのお嬢様、俺が休みを取ろうとするとすぐに不機嫌になるんだ。それで他の使用人らに対してあたりがちょっときつくなったりもしていた(主な被害者はリーヴェル姉さん)。なので、無理やり休んだとしても被害の方が気になって全く心休まらないのだ。
色々とあの誕生日会から変わりつつある今のお嬢様ならば大丈夫だとは思うが、それでも心配ではあった。
──まぁ、流石に今のお嬢様なら自分より年下の従者に無理はしないだろ。……しないよね?
そう言った理由もあって、久々の大型休暇でもあった。
既に身体の傷は癒えて、外出をしようが俺を咎めるものはいない。……脳内でうだうだと管を巻く悪魔はいるが……一旦それは放置なので無視。
と言う訳で俺が今来ているのは歩き慣れた商業区画であった。理由はもちろん、パーティー騒動の影の功労者、俺の今世の恩人と言っても過言ではない黒輝の錬金術師──ダリアへのお礼参りの為である。
「ここはいつも人通りが皆無だなぁ」
久方ぶりに訪れた商業区画──それも目的地のある奥にある通りは、相も変わらず閑散としており、対照的に表通りの方は大変な賑わいを見せている。逆に言えば、奥に進み人気がなくなれば、その活気とは無縁の空間が待ち受けている。
その最奥にどんよりと居を構える、店かも怪しいボロ屋こそが目的地……これまた久方ぶりのダリアの錬金工房であった。
『おお、ここがあの性悪女の根城か』
何やらそのぼろ屋の佇まいに面食らった様子の軽薄な声を無視して、俺は日に焼けた店の扉を優しく開ける。
「ごめんくださーい」
悪魔との一件以来の来訪であったが、俺は特に臆することもなく工房の中に入る。
予想通りと言うか、いつも通りと言うか店内には客など微塵もおらず、ところどころの商品棚には埃まで溜まっている。
「おぉ……これはかなりの期間、掃除をサボっていたな……」
店の顔である表側でこのありさまなのだから、奥の工房の方は更に酷い有様なのは想像に難くない。
「ふむ……」
俺は全く変わらない彼女の私生活のだらしなさに少し呆れながらも、すぐに掃除をしてやらねばと思考を巡らせて店の奥へと突き進む。
いつもならば、店に入った時点でダリアがこちらの気配を機敏に察知して出迎えてくれるのだが……今回はそれがない。
「……作業中か、それともまた錬成に没頭しすぎて気を失っているか──」
どちらにしても彼女がまた目の下に黒々とクマを湛えているのは間違いないだろう。
それに、久しぶりの来訪だ。騒動の時は分かれの言葉も碌に交わせず、彼女には具体的に訪ねる日にちを教えていなかったので、出迎えなんてなくて当然とも言えた。
「起きてますかぁ? 入りますよ~」
不躾とは思いつつも、カウンターを越えて奥の工房へと続く扉に俺は手を掛ける。その瞬間だった。
『──避けた方がいいぞ、ご主人殿』
「……は? ふべ──」
「私の工房で空き巣とは大した度胸ね!」
唐突すぎる悪魔の忠告に反応できるはずもなく、俺はいきなり開け放たれた扉に顔面を強打してぶっ飛ばされる。
不意の強襲は完璧。俺は受け身も碌に取れずに店の床に尻もちをついた。そんな俺を気にせず、頭上から捲し立てるような怜悧な女性の声が響いた。
「なに? 人も寄り付かない店なら盗みなんて余裕だってか? 店に遊びに来てくれる友達も恋人も弟子もいない、独り身の寂しい年増女だってか!!? 事実だからって言って良いことと悪いことがあるでしょうが!! 人のことおちょくってんの!?
ぶっ殺すわよ!!」
何故か開口一番、とてつもなくご機嫌斜めな様子のお師匠様は来訪者が俺であるとまだ気が付いていないらしい。……と言うか、誰もそんなこと言ってねーよ。自意識過剰すぎるだろ。
なんとも彼女の口から紡がれる怒号に哀愁が、悲壮感が漂っているのは……たぶん気の所為ではないだろう。
「いいわよ! そっちがその気ならこっちだってとことんやってやろうじゃない! 徹底抗戦よッ!!」
情けなくも尻もちをついた俺は、今にも両手で箒を振り上げて殴りかかってこようとする魔女を止めに入る。
「だ、ダリアさん! 落ち着いてください! 俺です! 貴女の一番弟子のセスナ・ハウンドロットですよ!!」
「──へ……? セス、ナ……???」
捲し立てた俺の言葉が何とか届いたのか、ダリアは箒を上にあげたままぴたりと動きを止めて、虚ろな瞳を向けた。
「そ、そうです! お久しぶりです! それと、ずっと会いに来られなくてすみませんでした──」
「今までどこをほっつき歩いてたのよ愛弟子ぃいいい!? すぐに会いに来てくれると思って待ってたのに全然来てくれないから、私ずっと寂しくてぇ! 死にそうだったんだからぁ!!?」
そして、俺を認識した次の瞬間にはギャン泣きしだした。
「えぇ……」
流石に予想外すぎる反応に、俺は思わずドン引きしてしまう。死闘を乗り越えて師匠と弟子の感動的な再会だと言うのに、これでは全く台無しだ。
「うわぁあああああああん!! 久しぶりのリアルな愛弟子マジで暖かいよぉおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
「……」
もう一生離すもんかと俺の身体に蝉のようにしがみついてくる残念女さん。
──誰だこの幼児退行おば──お姉さんは……。
ちょっとキャラ崩壊しすぎじゃないですかねぇ?
為す術なくしがみつかれた俺は困惑しながらも、とりあえず彼女の背中を優しく撫でてやる。
「えーーーっと……はーい、ずっと独りで寂しかったですねぇー、孤独は色々と拗らせすぎた師匠には重荷でしたねぇー」
何せ、再会初っ端から情けない姿を晒してはいるが、彼女は俺にとって大恩人であり、労うべき相手なのだ。
だから、ちょっと歳を考えないイタいギャン泣きぶりを見せつけられようとも俺は動じない、動じてはいけない。
『私はこんな女にまんまとしてやられたのか……』
……うん、だからまあ、いくら敵視しているとはいえ、この時ばかりはこの悪魔に同情してしまうのも仕方がないと思う。
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