第5話 王子様の裏の顔

「王子様のことは知ってるよな?」


「モチのロン」


 こっちの質問に陰キャ仲間の西野入宗助にしのいりそうすけは当然とばかりに頷いた。

 ぽっちゃりとした体を揺らしながら訝しんだ表情を向けてきた。


「モモッチ、突然どうした? 去年を知らない1年生は除いたとして、逆にこの学校で王子様を知らない奴がいるのか? すでに1年生の間でも人気が高まっていると耳にしたが」


「他には? どんなことでもいいから王子様のことで知ってることがあったら教えてほしい」


「何か訳ありか‥‥‥。そうだな王子様は俺たちみたいなオタクの深淵を歩む者と一生交わることがない陽キャだ」


「抽象的すぎるんだけど。もっと、ほら、性格とか色々あるだろ」


「―――以上だ。本当にどうしたモモッチ。何かあるのか‥‥‥? はっ!? もしかして! ついにあっち方面に目覚めたか!」


 そう言った宗助は、僕の顔をまじまじと見て距離を取った。


「いや違うから‥‥‥」


 今僕たちがいる場所は、北校舎の端にある非常階段の踊り場―――ひと気のない陰キャの退避場で、昼休みはいつもこの場所で過ごしていた。

 たまにこうしてオナ小、オナ中だった陰キャ仲間の宗助そうすけがやってくる。


「目覚めてないから。そういうのホントいらないから」


「そうか、なら一体どうしたんだモモッチ。全然元気がないじゃないか。本当の陰キャみたいだぞ」


「誰もが認める陰キャですが。今日はなんでボケ倒すんだよ」


 この親友―――もとい、陰キャ仲間は日によってキャラを変える超変人だ。

 それなのに彼女がいるなんて、僕はその事実だけで人間不信に陥りそうになる。


「もしかして―――妹絡みの案件か?」

 

 相変わらず勘が鋭い陰キャ仲間だった。

 付け加えればオナ小、オナ中だけのことはある。


「何でわかるんだ―――!?」


「顔に書いてある」


 思わず顔に手をやると、「冗談だ」と言って宗助は大笑いした。


「―――あ、ははは。って悪いな、モモッチのことだ、親友の俺には大体のことは予想がつく」


 宗助は僕のことを親友と呼ぶ。しかし陰キャに親友という概念はない。だから僕は、彼のことを陰キャ仲間と呼ぶ。


満月まんげつさんにも、それとなく聞いてみてくれないか?」


「それとなくっていうのは無理だな。美音みおんが聞いたら涎を垂らして喜ぶぞ」


「それは想像できるんだけど」


 満月美音まんげつみおんは、この陰キャ仲間の彼女のこと。

 ものすごい美人で学校では高嶺の花として知られているんだけど、それはあくまで表の顔であって彼氏の宗助と極々限られた生徒以外に知らない秘密の正体があった。彼女は腐女子BLの深淵を歩む者なんだ。


「俺が知ってることを補足すれば、剣道部の主将で頭が良く、女子にモテるってことくらいだ。これはみんなの共通認識だから、モモッチが欲しがっている情報には当たらんよ」


 宗助が口にした王子様の情報は、この学校の生徒なら誰もが知っている話。

 先週の金曜日、妹と一緒にカラオケ店に消えた男子の背中は今朝の登校時間に見かけた妹の隣を歩く男子の背中と同じだった。

 そして偶然に垣間見えた端正な横顔は、この学校で王子様と称される超有名人のものだった。


「情報があったらすぐに教えてほしい」


「勘違いするんじゃないぞ。俺は都合のいい情報屋ではない。一応は美音に聞いてみるが王子様のことがどうしても知りたいんなら、自分の足で稼げ! それがデカってもんだろ~~~!」


「絶対にツッコまない」


 今日はどうしてもボケたいらしい。でもこっちはそんな気分じゃなかった。

 ボケたつもりの発言だけど、考えてみれば宗助の言ったことは的を得ていると思う。兄として妹の交際相手を見極める責任があるのなら、それを人任せにはできない。


「放課後になったら剣道部の部室を訪ねてみる」


 そう決意したところで昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。



 ―――放課後。

 陰キャには用のない体育館を使う運動部の部室棟へとやって来た。

 人目を避けなるべく目立たないよう剣道部の部室を目指す。


「まだ始まってないみたいだ‥‥‥」


 緊張から独り言が漏れた。

 体育館の方からは、あまり人の気配は感じられなかった。どの部活もまだ準備中なんだろう。

 だから目指す部室には王子様がいる可能性が高い訳で‥‥‥。


 ―――王子様と遭遇したとして、どうする?


 陰キャの日常には波風が立たない。

 学校生活において目立たないことが鉄則であり、そうやって無難にここまでやってきた。

 だけど今の行動はかなりのリスクだった。

 

 当然、兄として可愛い妹のことが心配だ。交際している相手がいるのなら兄としてはどんな奴なのかを見極める責任というものがある。とは、思うんだけどここまで来ても王子様と直接会って話す勇気が湧いてこない‥‥‥。

 だから今日は下見というか、それとなく王子様の人となりが分ればいいと思う訳で。


 さっきからすれ違うのは、1年生の部員ばかり。

 これから始まる部活の準備だろうけど、剣道着の生徒とすれ違う時は緊張のあまりどうしてもぎこちない動きになってしまう。


「やべーよな。めちゃ怒ってたぞ」


武波たけなみ先輩、ガチギレだったぜ。2年の先輩は終わりだな」


 ―――ううん!? たった今すれ違ったのは剣道部の1年生!? もしかして王子様のことを喋ってなかったか! 


 そう、王子様とは剣道部主将の3年生―――武波陽太たけなみようた先輩のこと。この学校の生徒なら誰もが知っていた。

 

 昨年の文化祭で演劇部の応援として駆り出され、持ち前のルックスと剣道で培った動きで観客を魅了し演目の剣劇を大成功に導いた陽キャの星。

 

 当時1年生だった僕は観客としてその劇を鑑賞した。

 男でも惚れるくらいにカッコよくて、人生で初めて黄色い声援というものを近くで聞いたんだ。

 それからだ、武波先輩が王子様と呼ばれるようになったのは。


 ―――王子様がガチギレ!? なんだか穏やかではない話だったような‥‥‥


 剣道部と書かれた入口の前に立った。

 中から人の気配はするけれど、部室棟の通路には誰もいなかった。

 

 チャンスだと思い扉に耳を押し付けてみた。

 そして誰かの声が聞こえてくるより先に僕の鼻は異臭を嗅ぎ取っていた。


 ―――タバコの臭い!?


 父さんが吸っているものと同じか、よく似たニオイ。だからまず間違いなかった。

 先生が吸っているのかと考えてはみたけど、そもそも学校の敷地内は禁煙のはずだった。


 前触れもなく入口の扉が開いた。

 心の準備が整わないまま、目の前に王子様が姿を現した。


「あっ‥‥‥‥‥‥」


「―――ん!? お前は‥‥‥」


 驚いて3歩後退った。

 武波先輩はそんな僕をしげしげと見つめて何かを言いかけたんだけど、扉の隙間から漂い出てきた白い煙に気づくと止めてしまった。

 

 タバコの煙を忌々し気に両手で払う。

 そして、王子様らしからぬ脅迫じみたセリフを口にした―――。


「ったく‥‥‥おまえ2年だよな。このことは誰にも話すな。もし話したら―――」


 学校中の人気者で王子様と持て囃される剣道部主将。

 その眩しすぎる陽キャな星が口にした直接的な脅し文句は際立っていた。

 

 人間には表と裏がある。宗助の助言に従って正解だった。たった今、王子様と称される武波先輩の裏の顔を覗いてしまった。


 ―――たかが未成年の喫煙という人がいるかもしれない。タバコを吸っている未成年はいくらでもいるだろう‥‥‥


 でも、そんなことはどうだっていいんだ。

 なにより大切なのは兄として妹を守ること。

 

 校則違反―――法律違反を平然と犯し、後輩の僕を脅すように口止めした武波先輩のことを妹の彼氏として絶対に認める訳にはいかない!!


「―――聞いてんのかよ!」  


「あっ、はい、聞いてます。僕は何も見てませんから。それに風邪気味で鼻づまりですし。困ったな~臭いがわからない」


 自分でも情けない兄だと思う。心中の想いと現実の行動が一致しない。正直、怖かったんだ。武波先輩に睨まれて体が小刻みに震えていた。

 ラノベの主人公なら知恵を絞った別の行動を取ったと思うけど、でも現実はこんなもんなんだ‥‥‥。

 陰キャな僕は踵を返してその場を逃げ出した。

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