First

 交わした一言二言の重要性は、その会話の内容、目的によって左右されるだろうけれど、たかが数秒の応酬にそれほどの意味が含まれていることは多分そうない。

 行ってしまったバスが最後に見えた場所をしばらくうつろに眺め、やがて肩に下げた鞄に付けてある缶バッジの淵をなぞり始める。その円を三度描いて、思わず、その場にしゃがみこんだ。


「…まずい…」


 もちろん何も口に含んではいない。状況の悪さを嘆く三字。本当にこの状況が悪いのか、今のところ見当もつかない。

 聴覚に異常はないはずだけれど音がまともに頭に入ってこない気がする。気温が高いのか低いのか判断できないほど、体内の熱の生産量はすさまじい。なによりも胸の辺りに溜まるこの、なんというか、なんともいえない、感覚。こんなところに味覚はないはずなんだけど。明確にいうとしたら、あまい、がとてつもなく近い。その感覚に耐え切れない気管が、詰まっている。何の重要性もない会話がここまで体に影響を及ぼすなんて、想像したこともなかった。理性がどこにあるのか探すことさえ、そんなことにさえ手がつかない。

 轟音をつれて目の前の道をトラックが通り過ぎていく。排気ガスかなにかが目に染みて強く目を瞑ると、そちらよりも胸のいたみのほうが重たく感じられた。余計なものを流してしまうために、まぶたの裏に涙が溜まっていくので、二度ほど強く瞑り直して、怯えながら目を開けた。定期考査後、昼間の、アスファルト。なんてあかるいんだろう。まるで世界が変わってしまったようだ。

 ため息。


「まずい……」


 同じ言葉を繰り返していれば少しは楽になるような気がする。息が少しだけ、しやすくなる。ただそれは応急処置でしかない。記憶も景色もみんなして私のことをいじめている。

 こんなときどうしたらいいのかなんて知らない。私はこれまでそんな感情を抱いたことがなかったんだ。いつも一歩離れたところから他人の話を聞いていた。それに、友人たちのそんな話と今の私ではなんだか少しギャップを感じる。だって希望する具体的なヴィジョンがあるわけでもなければ、向こうからの何かを望むこともない。ただ先ほどの数秒間が永遠だったらよかったのにとつまらない願い事をしただけ。

 どちらにしたって正確なことがこんな状態でわかるはずもない。とりあえず誰か助けてくれる人がいたらいいのにと思う。頼れる友達を何人か思い出してみるけど、誰にだって話す気にはなれなかった。今話したいのは。話したいのは。

 私の手元できらきらと、木漏れ日が揺れる。深海から見上げた水面のようで、世界のすべての輝きをあつめたようで、この星の歴史を密やかに、私にだけ教えてくれているようだった。


 初めて見た、こんな景色は、

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